何となく思った
2012年07月17日 (火) | 編集 |
最近なんとなく思ったことです。それぞれの内容に関連性はありません。
というよりも、全然違うことを書いています。昨日と今日、なんとなく自分が思ったことを書いてみただけです。

気軽に読んでください。


1、旗の巻方
審判をやっていて、旗を巻いた時、どちらの旗が表になっているか? 通常は赤が上になっているが私は青になります。巻き方が逆だからです。
だから、審判がローテーションで回る時、他の審判の使っていた旗をいったん広げて、再び逆に巻いています。
でも、私が使った旗を次に使う審判も逆に巻かれているので、面倒でしょうね。

昨日、お手伝いに行った某大会で、同じコートの審判8名中、私ともう一人青を上にしている先生がいました。一般的に左利きの人は巻き方が逆になりますが、その先生は右利きだそうです。

私は、元々左利きでした。箸とクレヨンを持ち始めた時、両親が右に改めたようですが、おかげで字と絵が悲しいほど下手です。
これから、お子さんを育てる方にアドバイスします。お子さんが左利きならば、無理して右に直すことはしない方が良いと思います。
多少の不自由はありますが、才能を伸ばすにはそのままでいいと思います。

今、パソコンを使ってこの記事を書いていますが、私はマウスも左手で操っています。
子供の頃、男の子はほとんど野球をしていました。私は本当は左打席で打ちたかったのに、みんなと違うと何かと迷惑がられ、無理して右で打っていました。
グローブも左用だと気に入った物がなく、結局右投げになってしまいました。
おかげで二流選手になれたかもしれないところを三流選手で終わってしまったのです。

でも、こうして改めて文章にしてみると、結局左で突っ張り通せなかった自分のせいですね。


2、最近の事件
 今日は、二か月に1度あるかないかのお休みの日でした。とはいっても、1日中今書きかけの本の原稿を書いていましたが、休憩中にネットで今話題となっている、大津中2自殺事件を調べていました。
 加害者と思われる生徒とその親には正直憤りを感じざるを得ないのですが、気になった事があります。

 テレビにたびたび出演される有名な教育者の先生方のコメントが、判で押したように机上の空論しか言わないことです。
 そりゃ、誰だって加害者が悪い、被害者がかわいそうだと思っています。しかし、いじめというのはそれほど単純なことではありません。学校側がなぜ何の措置も取れなかったのか?教育委員会がなぜ調査をろくにできなかったのか? 
 そこを言わずして、学校の批判、教育委員会の批判をしても、私は興味をもてませんでした。

 今回の件は、個人的には明らかに加害者と思われる生徒が一方的に危害を加えていたのではないかと予想しますが、だからといって世間のすべてのいじめをいじめた方が100%悪いと言うのは、非常に危険な考えだと言わざるを得ません。
 「いじめられている方が、いじめと感じたらそれはいじめなんです。」という考えにも半分は賛同し、半分は反対します。

時に異常に神経質な子供がいます。ちょっとからかっただけで大げさにいじめだと騒ぐ。それは良いとしても、これまでいじめる立場にあった者がある日を境に、いじめられる立場になった子。親の性格がきつく、他の親や子供にきついあたり方をして、大人である親を非難することができないので、子供に批判を返すこともありました。
いじめが100あれば、対策も100通りあると思った方が良いのです。

その場のいじめに限って言えば加害者が悪いと思いますが、元を辿って根本を解決しないと真の解決にはなりません。

 こう思うのも、私が過去に、そして現在、教育の現場(学校)に身を置いており、これまで数多くの事例に関わってきたからです。
 10年前は、私はどちらかといえば、そういった元気の良すぎる子の担当であり、経営者からは「いつ生徒や警察から電話がかかってくるかもしれないので、携帯電話は24時間離さずに持っていなさい」と言われていました。
夜中の2時すぎに警察から連絡があり、親の代わりに生徒を引き取りに行ったことが何度もあり、ついには刑事さんに名前と顔を覚えられたほどです。

 やはり、いじめは悪いです。でも、それなりの器量を持った教員が対応に当たらないと、余計に悪い事態を引き起こすこともあります。
 先生の対応としては、「いじめた方もいじめられた方も悪い」と両方に平等に説教する人は、非常に危険でしょう。「喧嘩両成敗」的に、簡単に解決できないのがこの「いじめ」なのです。

 それと、私はこの加害者と思われる生徒たちに憤りを感じますが、やはり本人と家族を実名で、それも写真付きで掲載されることには、危惧を覚えます。
 個人的には、相当ひどいことをしたと思っていますよ。でも、それを立証できない限り、彼らを加害者と断定はできないのです。にもかかわらず、現時点で様々な情報がネットに流失し、中には誤報もあるでしょう。
 しかし、一度メディアに流れてしまえば、例えそれがデマであっても既成事実化してしまうこともあるのです。

 ですから、我々は憤りを感じながらも、ここは冷静に考えて行かなければいけないのではないでしょうか。あくまでも、しかるべき機関による事実解明が第一であり、憶測で行動を起こしてはいけないということです。

 この事件を読み解くには、学校を取り巻く環境を冷静に第三者機関が分析し、そこを解決していかない限り、同様の隠蔽体質は、今後も続くと思っています。



 前置きが長くなってしまいました。私は、世の中に出れば、人は理不尽なことも汚いことも経験するとは思いますが、学校や空手等の未成年の教育に関わる場では、きれいごとを通さなければいけないのではと思っています。無理やり大人の都合を教育現場に持ち込んだりしてはいけないと思うのです。

 そりゃ、空手の先生だって時には反面教師になる場合もあります。間違いはしょっちゅうしでかします。学校の先生も同じです。
 でも、あくまでも自分の関わる範囲においては勧善懲悪を貫き通し、すべての生徒を平等に扱わなければ、教育とは言えないのではないかと思うのです。努力した者、頑張った者、勇気ある者は報われる社会、せめて空手界だけでもそのようなきれいごとが通用する社会にしたいものです。