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 コミュニケーション
2012年09月05日 (水) | 編集 |
人と人とのコミュニケーションの手段は、いろいろあります。もっとも簡単なのが言葉です。それ以外にも、アイコンタクトやジェスチャー直接触れることもあり、この究極が以心伝心となるのでしょう。

私が気になっているのは、最近の子供たちは意思の伝達方法を知らないのではないかということです。自分の考えを相手に知らせることも、相手の考えを自分が知ることもしない。

本来、空手道の稽古は、幼児から一般人まで一緒に汗を流すことができるので、その点では格好のチャンスなわけです。

考えても見てください。野球やサッカーでこれだけの年齢層が一緒に汗を流すことはありますか?

また、先輩は後輩の面倒を見る。黒帯は初心者の面倒を見る。とにかく、自分だけ一所懸命やっていますではダメなのです。
これって、人間形成においてすばらしいことだと思うのです。


で、この他人とのコミュニケーションですが、先輩に後輩を指導させると、話をせずに手を触れてちょこっと治すだけの子が多いですね。直されたほうは、数センチ腕をずらされただけなので理解できないでいます。

また、整列のときも言葉を発せず、先輩が一人一人の手をいちいちつかんで引いていくから、わずか20~30人の生徒が並ぶのに何分もかかってしまう。


もちろん、当道場の黒帯ともなれば、このあたりはきっちりと指導しているので大丈夫ですが、今までは教わる立場だったのが、後輩ができて教える立場になると、黙って教える生徒が多いと感じます。

私は、「できる限り言葉で教えてください」と言っています。それは、言葉が一番明確に伝わるし、教えたほうも自分自身の復習になるからです。

自分の考えていることを言葉で表現できないということは不幸なことです。それを空手を通じて訓練することは、技を覚えると同じくらい重要なことです。


今の子供たちは、子供同士暗くなるまで遊んだり、他人の家にしょっちゅう泊まりに行ったりせず、家でも兄弟が少ないと会話がほとんどないと思います。

そんな環境で育っていくと、言葉で意思の疎通ができなくなることを心配しています。

やはり、親や兄弟以外の多くの人との接触が必要だし、家の中でも会話が必要です。会話のほとんどは仲の良い一部の友達だけなんてことになると、やがて会話よりもメールのほうが多くなり、口よりも親指のほうが頻繁に動いているなんてことになってしまいます。


学校教育もそうです。先生の話を一方的に聞いて、テストの点数のみで成績がつけられるなんて、そんな教育は低次元のものだと思います。
グループ学習や共同作業を多くし、みんなでいい点数を取れるように頑張らせなければ、何のための教育かわかりません。



言葉での意思の疎通は、何も気の利いたことを言い続ける必要はありません。

まず、声に力があるかどうか?声に力があれば、声は相手の耳の奥に入り、脳まで届きます。声に力がないと、声は鼓膜にはじき返され、脳に届きません。それでは、相手にとって単なる音でしかありません。

そして、要点だけを簡潔に言えるかどうか?説明は長いけど、結局何を言いたいのかわからないでは困ります。

空手を通じ校外での活動でそういった社会性を補うことを心がけてゆきたいと思っています。


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