一流とは?
2012年07月22日 (日) | 編集 |
今回のトピックは、空手に限らず、すべてにおいて共通することだと思います。

最近の私の関心は、最近ニュースで頻繁に目にする学校のいじめ問題です。学校の教員も、さまざまな板挟みにあい、思うように生徒を指導できず、ジレンマの中で仕事をしていると思います。

生徒の自殺も大きな問題ですが、教師の自殺者も年間約150人前後もいることは皆さんご存知でしたか?

ここで、学校や教育委員会の批判をするつもりはありませんが、やはり教師の資質というものも、今後は十分に考慮していくべきではないかと思います。

良い教育のためには良い教師が必要です。


教師として最も大切な要素とは何か? 私は人が好きであることだと思っています。人に興味のない者は勉強を教えることはできても、人を育てることはできない。

教育とは、そのものずばりで、教え育むことです。教えることはできても育むことができないでは、教師の資格はないと考えます。



さて、以前私は学校の管理職をしており、そこは海外のカリキュラムで授業を行うために、教師はほとんどが外国人でした。どの人間を採用するか?私が人事を任されていた時のことです。


まず、良い教師の条件で最初に挙げることは声が大きい事です。声の小さい人は、何を言っているのか生徒が聞き取れず、教室がざわつきます。

しかし、声が大きいだけではまだ一流とは言えません。とりあえず及第点には達しているのですが、絶対にうちで働いてほしいと思うまでには至りません。

では、一流の教師とはどういう人か?

すばり、腹から声を出せる人です。人間とは面白いもので、腹から声を出せる人は説得力があります。例えば、2人が同じ人に同じ事をお願いしたとします。
ひとりは快く承諾され、もう一人は断られる。この場合、腹の座った人の声には説得力があり、相手に受け入れられる可能性が大きくなるのです。



そして、さらに一流かどうかを知るには、私の場合姿勢に注目していました。背筋がピッと伸びて胸を張っている人は、例え若い女性でも生徒たちは騒ぐことなく、真剣に話を聞きます。

ある年、若いカナダ人教師が面談に来ました。日本でもそうですが、若い女性教師はへたをすれば生徒たちにからかわれ、授業にならないこともあり得ます。

ただ、私がその女性教師を観た時、素晴らしい姿勢で自然な口調、上半身に一切の力みがありませんでした。
試しに、1時間だけ授業を任せてみましたが、我々が教室に入った瞬間、生徒全員が教壇に注目し、静まり返りました。一瞬にして場の雰囲気が一変したのです。

私は、この人ならば大丈夫だと確信し、1秒で採用を決めました。

彼女はその後期待どおり、というよりも期待以上の成果を上げてくれました。



この姿勢と腹というのは、万国共通のようです。私が某国でナショナルコーチをしていた時に、日本でいう体育協会のある理事は、女性で学校の経営者でもありました。
私は、彼女の学校体育推進プロジェクトのメンバーとして1年半ほど国内を定期的に回って高校の授業として空手を指導していました。

彼女は、素晴らしい人格者で多くの人に慕われていましたが、目を惹いたのはその美しい立ち姿です。齢50に達し、肥満気味ではありましたが、背筋が伸び、胸を張った姿には気品があふれていました。

会議の時など、我々の前に笑顔で現れると会議室全体に心地よい緊張が走ります。そんな雰囲気ですから毎回有意義な意見が出され、十分な成果を上げることができました。

異国の地で、このような真の教育者の下で仕事ができたことは、私の人生において、大きな宝となっています。


一流の教師というよりも一流の人間は、その場に立っただけで人が注目し、多くを語らずとも、大きな声を出さずとも、場を引き締めることができる。


そんな教師が日本の教育現場で、何人いるでしょうか? 教師の質自体、大きく下がっていることを実感します。
これでは、学校が荒れるのも偏差値が下がり続けるのも仕方がないかと思う今日この頃です。

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