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 見ていない時ほど見ている
2016年03月04日 (金) | 編集 |
私は、生徒の本性を探る時には、意図的に指導をしないようにしています。離れたところで他の人とあえて話をしながら練習風景を観るようにします。

先生が目の前にいれば誰だって手を抜かずに懸命にやるからです。先生が席を外した時に、変わらず集中してやっているか?途端に手を抜き出すか?その時が一番よくわかります。

また、きつい稽古をした時も本性がよく分かる時ですね。
最初はセンスが良いのでちゃんとできる子でも、疲れてくると急に集中力が落ちて雑になる子。
最初はあまり目立たないが、みんなが疲れて雑になってきた時に、変わらずに集中して取り組んでいる子。

プレッシャーのかからない場面では、技術と体力が勝っている子が勝ちます。ただ、団体戦などでここ一番絶対に落とせない場面では、普段の稽古を見ていると、どの子を大事な場面で使うべきかわかってきます。雑な選手はポカをしがちですが、常に集中してやっている選手は、とても頼りになります。

最近の当道場は、生徒たちの体力をつけたいと思いきついエクササイズをさせるのですが、最初の頃は、みんなちゃんとやります。
疲れてくると個人差が顕著に表れてきます。実は、ここを見ているんですよ。本当に面白いほど差が出ますから。

ゴール前に最後の数メートルをいつも手を抜いてしまう子がいます。練習を自らやっているのではなく、やらされている感の強い子でしょうね。
ドンくさくても手を抜かずに、他人よりも遅れてゴールするが、キッチリとフォームを崩さずにやり抜く子がいます。家や学校でもキッチリと生活しているのでしょうね。
足がもつれたふりをして毎回数歩ごまかす子がいます。いつも楽な方に流される子です。
低学年でみんなから遅れても一所懸命にやり抜く子がいます。良い意味で自分を持っている子です。他人に流されません。

ですから、指導者は見ていない時に一番見ている。
疲れていない時にはできてもあまり評価はしないが、疲れた時に必死にやっている姿は大いに評価する。


反面、終始全力でやっている姿だけでなく、手の抜き方もしっかりと観察する必要があります。いわゆる、要領が良いか悪いかも見極めが必要だということですね。
少々手を抜いても良い時に抜いているのか?絶対に手を抜いてはいけない時や場面で手を抜いてしまうのか?
ここは、人間としてのセンスの問題でしょうね。

また、組織としては仲が良いのは良いことですが、良すぎることで個人が育たなくなることもあります。道場や試合会場での挨拶はちゃんとできるが、ひとりでの行動時は、挨拶せずに素通りしてしまうなんて子も時々います。普段はみんながやっているから自分もやる。でも、ひとりの時はどうふるまって良いか分からない。これでは挨拶が身に付いているとは言えません。やらされている感が強いのでしょうね。

合宿で自主練習の時、全少・全中で成績を残している子は他と群れません。自分のペースで誰にも影響されずに稽古しています。仲良し組で一緒に来て一緒に稽古して一緒に帰る。これでは、上位に来ることはあってもトップになることはできません。
終始、一緒にいて良いのは、初めての参加、道場から一人だけで参加した、外国人で日本語がわからない等で、どう行動して良いかわからない子がいたら、しばらくの間はずっと一緒にいてあげる必要がありますが、慣れている状況で常に群れているのは、心が弱い者同士である証拠です。
ここでもその場での状況判断が必要だということでしょうね。


最後は、内容がまとまらなくなってしまいましたが、指導者は見ていない時に見ている。直接指導している時よりも、普段の行動の方をその何倍も見ているということを言いたかったのです。
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2016/03/28(Mon) 23:11 |   |  #[ 編集]
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