早く叱られるようになりなさい
2014年10月20日 (月) | 編集 |
試合後の反省会で、毎回厳しいことを言われる生徒がいます。そして、あまり言われない生徒がいます。なぜ、頑張ってメダルを取ったのに叱られたんだろう? 1回戦でストレートで負けたのに誉められた? 等、個々の接し方が違うのです。

特に、私はその傾向がハッキリしていると自覚しています。何度も何度も何度も特定の選手にダメ出しをすることがあります。やるたびに勝っても負けても誉められる生徒もいます。

まず、一つは、プロ野球数球団の監督を歴任された野村克也氏がそれについてしばしば語られていたことがあります。「無視・賞賛・批難」という順番です。
最初のうちはのびのびとやらせるためにあれこれ言わない。
また、指導者はとかく実績を出したいので、すぐに選手をいじりたがる。これは、選手を育てる可能性よりも、潰す可能性が高いのです。
だから、試合内容にかかわらず、何も言われないことが多いのです。もちろん、頑張れば誉められますよ。でも、技術的にあれこれ注文をつけられることはないという意味です。

次に、ある程度技術が上がってきて入賞が視野に入ってくると、良い試合をすると誉められることが多くなります。ここで、上を目指してがむしゃらに頑張ってほしい時期です。

ところが、次第に同じ内容で誉められていたことが、今度は叱られるようになります。選手は同じく頑張って同じ結果を出しているのになんで?と思う時がこの時期です。

これは、指導者の立場からいえば、同じ内容と同じ頑張りということは、進歩がないということですから、もっと上を目指してほしいと思ったら、ある時期からさらにハードルが上がるので叱られるようになっているのです。

例えば、これまでまったく歯が立たなかった格上の選手に気持ちで負けずに頑張って惜しくも1ポイント差で負けてしまった。当然最初は誉められます。そして、自分の実力が上がり、自分もトップクラスの選手になって再びその選手と対戦して、また1ポイント差で負けてしまった。
こんな時は、同じ誉められ方はされません。互いの立場が以前とは違ってきたのですから、その時点の両者の立場で指導者は意見を言い、アドバイスをします。

加えて、ライバルの選手が不調で、こちらが絶好調、おまけに運もこちらにあるなんて日があります。そういう時を逃さずにライバルに勝てば、いっきに差をつけることができるのですが、競り合っている時に心のどこかで「今日の俺は頑張っているし、押し気味に試合を進めているから負けてもいいか。」と少しでも思ったら、やはりそんな日でも1ポイント差で負けてしまいます。

指導者からすれば、そういう千載一遇のチャンスを確実にモノにする選手が頂点に立てるのを知っていますから、そのチャンスを潰した選手はいつにも増して酷く叱られることになります。

だから、どのレベルの大会でも、単純に勝った負けたの結果ではなく、その時点の選手一人一人の立場を考慮して、負けても誉められる時があれば、完勝しても叱られることがあります。

誰だって誉められればうれしいし、叱られれば不愉快です。子供だけでなく大人だって同じです。誉められてやる気が出てきてこれまで以上に高い目標を持って頑張れればいくらでも誉めてあげます。
 でも、誉められたことで今のままで良いのだと勘違いされてしまうと、本当ははるかもっと上に行けるのに誉められたがためにそれよりも上に行けなくなってしまう者もけっこう多いのです。

 先の野村克也氏も、「人をダメにしたければ、誉めまくれば良い。」と言っています。まあ、これは極論だとは思いますが、誉めるには誉めるタイミング、叱るには叱るタイミングがあるのは確かだと思います。

だから、私は選手に、「〇〇も早く反省会で叱られるようになりなさい。こっぴどく叱られるということは、それだけ期待されているということだから。」という時があります。
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