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 同じことをしているのに・・・
2014年10月07日 (火) | 編集 |
まず、本題に入る前に。
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さて、本題に入ります。時々、生徒が「なぜ自分だけいつも叱られるのか?」と疑問を持つ場合があると思います。これは、空手の稽古に限らず、社会に出ても同じことが起こります。
これを指導者の立場から説明してみましょう。まず、すべてのケースを説明することはできませんが、良く叱られる生徒には下記のどれかに当てはまっているのではないかと思います。

1、クラスで一番の年長者
2、最も期待されている生徒
3、クラスのムードメーカーで影響力が強く、その子が叱られると全体が締まる生徒

これらは、すべて指導者が期待している、または信頼しているから、ある意味安心して叱れるのです。叱られるのは不愉快かと思いますが、それだけ期待をされているのだと思って頑張ってください。

私は、空手の道場全体、またはひとつひとつのクラスで、個々の役割を重視しています。例えると自然の生態系と同じです。

1、態度の悪いやつがいていつも他人の邪魔をする。しかし、その生徒がいなくなったら途端にクラス全体の雰囲気が沈んでしまった。
2、いつもみんなを引っ張ってくれている生徒がいたが、その子がいなくなったらもっとクラスが引き締まった。

このような例は、日常茶飯事です。

例えが悪くて申し訳ないのですが、自然の生態系の中で、人間に害を及ぼす虫、いわゆる害虫を駆除したら、生態系全体が崩れてしまったなんていうのに似ています。一見、他の生物に害を及ぼしているようでも、全体を見るとその存在でバランスがうまく取れていた。それを強制的に駆除したらバランスが崩れ、他の生物もいなくなったというのと同じです。

問題なのは、存在だけで周囲をダレさせる生徒がいることです。実際にこういう生徒をどう指導していくかが指導者の腕だと思います。その子がクラスにいるだけでクラス全体が明るくなり、みんながやる気になってくれる生徒がいる反面、その子が別に邪魔をしているわけでもないのに、周囲に悪影響を及ぼす場合があります。でも、本人にはその意識がないので、なぜ自分が叱られるのかわからないのです。

これは全体の空間に存在する雰囲気を感じ取ることができると明らかに空気が変るのが分かります。その子がいるだけで雰囲気が締まる。またはいるだけで雰囲気がダレる。本当に人間というものは面白いものです。いてもいなくても同じだという子はいないのです。いなければ微妙に全体の雰囲気が変わってくるのです。

存在だけで雰囲気が締まる、または良くなる子はそのままいけば、幸福な人生を歩むことができるでしょう。しかし、いるだけで雰囲気が悪くなるような子は、空手を辞めてもどこかで損をし続けます。
しかし、これに関しては私は生まれつきのものではなく、後天的なものが非常に大きいと思っています。やはり、周囲をダレさせる子は、私生活に必ずその原因を見い出すことができるのです。
しかし、指導者としてのジレンマは、それをどうやってその子や保護者に分かってもらえるかという点です。
本人と保護者が理解して、現在の環境を変えることができれば、後天的な要素が大きければ、直すことも十分に可能だと思うのです。

例えば、Aがおしゃべりをして騒いでいる。するとみんなが笑顔になって稽古が始まるとやる気が出ている。Bがおしゃべりをして騒いでいる。するとみんなが笑顔になるが稽古が始まると全体の雰囲気がダレている。
この場合、Aは騒いでも何も言われないが、Bは騒ぐと叱られるとなるわけです。

大会当日の朝、まだ試合が始まっていないのに「今日は行ける!」とか「今日はダメだ!」と分かる時があります。それはグループ全体の雰囲気が感じ取れるとその日の結果も8割方分かってしまうのです。
よく、稽古の時も雰囲気がダレている時に怪我人が出ます。この場合も、予め「今日は誰か怪我をしそうだな。」と分かる時があります。

これは、先輩たちが来てくれた時も同様です。どこの道場でも高校でも大学でもそうですが、先輩が応援に来てくれたのは良いが、その先輩が来ると雰囲気がダレてしまい負けてしまう。逆にその先輩が来るとなぜかみんな元気が出るなんてことがあります。

なぜ同じ態度を取ってもこれほどの違いが出るのか?まず原因をその生徒と保護者に噛んで含むように話をしなければなりません。雰囲気をダレさせている場合、一つ一つを指摘しなければなりません。ただし、その場合本人も保護者も分かっていないのだから、やさしく丁寧に説明しなければならないのです。

ですから、指導や子育て、躾という類いのものは、杓子定規的なやり方では絶対にダメだと思うのです。まず全体を見て、その後に一人一人の最良の方法を見い出し、異なるアプローチをしなければいけないのです。
そこを理解されないと、不公平だという不満がつのる結果になります。


事例が変わりますが、例えば一人一人は良い子なのだが、2人になると盛り上がってしまい全体の邪魔をする、先生の言うことも聞かなくなるなんてことも学校や習い事には多いものです。私も子供の頃は邪魔をした方のタイプでしたし、私が指導者になり、叱る方の立場になった今でも2人になるとふざけてしまい、周囲に迷惑をかけてしまう生徒がいます。
私は、典型的多動性障害の子供でしたから、周囲の邪魔をする、または集中できない子の気持ちはよ~~~~く理解できるのです。
私は、2人そろうと先生の話を聞かずに周囲の邪魔をするような子がいたら、稽古中は絶対に2人を一緒にさせないことを徹底します。話すこともダメ、組手の時に2人で組むこともダメ、整列の時もなるべく離します。
最初は、やる気がますますなくなりダレるでしょうが、何か良い事をした時や頑張った時に誉めてあげれば、何かが変わる場合があります。
必ず変わるかどうかはわかりません。指導者も試行錯誤の中でやっていますから、失敗する時もあれば成功する時もあります。また、叱り時と誉め時のタイミングが最も重要ですから、それこそが指導者の腕となるのです。

人間誉められれば誰でも気持ちが良いし、叱られるのは誰でも嫌です。そこをうまく効果的に調整できる者こそが優秀な指導者といえるのではないかと思います。
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2014/10/07(Tue) 23:03 |   |  #[ 編集]
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