自分を変える勇気
2014年01月21日 (火) | 編集 |
自分を変える勇気、漠然としていますがやはり空手を指導しているとこれがないと上に行けないように思います。


みんな、自分なりには頑張っているつもりでいます。でも、他人から見ればとても頑張っているようには思えない生徒が多いものです。

気合が小さい生徒に「気合を大きくしなさい」というと、ちょっとだけ大きい声を出す。「まだ聞こえない。もっと大きな気合を出して」と言うとまた少しだけ大きくなる。
こんな生徒で勝つようになった例はありません。

踏み込みが浅くて、いつも突きが届かない生徒に、「もっと深く踏み込みなさい」というと数センチだけ深く踏み込む。でも、相手はさらに30㎝先にいる。
こういう生徒も、何年経っても同じことしか言われません。
 

このような傾向の生徒は、自分では頑張っている「つもり」になっているので、親には「一所懸命にやっているのに、先生が認めてくれない」と愚痴をこぼします。でも、他の指導者や生徒も「あいつはいつも手を抜いている」という意見で一致しています。

これは、例えて言えば、「宇宙に行くのに富士山の頂上に上って、少し宇宙に近づいたと勘違いしている」と同じだと言えるでしょう。これが富士山でなくエヴェレストでも同じです。標高8848mに到達しても海辺の標高0メートルにいる者と変わりないのです。

「頑張りが足りない」と言われて、数パーセントしか余計に頑張れないものは、何もやらないと同じです。目一杯やってあと数パーセントであれば大きな価値がありますが、ほとんど頑張らずに数パーセント余計にやっても無駄だという意味です。

自分を変えて2倍でも3倍でも頑張って、初めて他人は頑張っていると認めてくれるのだと思います。周囲から、「それはちょっとやりすぎでは?」と思われるくらい頑張って初めて他人は評価してくれるのです。


また、いつも本当に一所懸命に頑張っているのに、毎回同じパターンで負けてる生徒がいます。一所懸命具合ではどこに出しても恥ずかしくないくらい練習態度が真面目なのです。でも、心に余裕がなく、いつも同じことしかしないから、同じパターンで負けてしまう。

この子の場合、思い切って練習の時にいろいろと試し、負ける覚悟が必要です。練習の時に負けたくない一心で得意なことしかやらずに勝ってしまうから、いつまで経ってもワンパターンの空手しかできない。だから、ちょっと強い相手になるともう通用しなくなる。



頭を使う習慣、これも常にそういう考えを持っているかどうかに関わっています。

実は、19日の日曜日に大きな大会がありました。ある2名の選手が決勝戦で、相手は両名とも右構えで逆体の相手でした。この2名は対照的な空手をします。一人は相手を対戦前に分析し、事前に何をすれば良いか、何をしてはいけないかを分かっている。もう一人はひたすら頑張るタイプ。

結果は対称的でした。

試合内容をみていると、ひとりは上段蹴りのブロック法も、稽古でやった事を実行していた。そして質問すると、相手が逆体と分かった時点で、対策を練っていた。

もう一人は、相手が逆体と分かっていたが、何も対策を練っていなかった。上段蹴りのブロック方法も、まったく教わったことをやろうとせずに、やはり食らってしまった。

私は、この生徒が全く相手のことを考えずに自分だけ必死になって戦っているのを知っているので、横にいた先生に、「この子は、上段蹴りがたまたま入れば勝負は分かりませんが、突きでは1ポイントも取れないはずです。」と試合前に言いました。案の定、上段蹴りを食らい、本人は1ポイントも取れずに負けてしまいました。


前者の対策を練っていた生徒は、狙っていた技を決めて優勝しました。これも、そばにいた先生に、「彼は必ず相手を分析していますから、優勝間違いありません」と言っていました。


また、投げられないための対策をここのところしつこいくらいにやっていましたが、この決勝戦で負けた生徒は、何度も同じパターンで倒されていました。


技を習ってもいつもその時に聞いているだけで、全部忘れてしまいその後何も練習をしないから自分のものできない。対して、勝った生徒は教わったことを覚えていて、その後の練習で使い続けるから自分のものにできます。

この問題に関しては、生まれ持っての資質もあるでしょうが、やはり育ってきた環境が大きいのではないかと思います。


上記の3例で、伸び悩んでいる傾向にある生徒は、「自分を変える」勇気が必要です。自分が変わろうとしない者は、言い訳が多くなります。自分を正当化する理由をいつも考えている。まあ、人間とはそういうものかもしれません。


しかし、こうやって偉そうなことを書いている私自身も、自分を変えることは物凄い勇気が必要なことはよく知っています。そして、私自身も自分を変えることは容易にはできません。


こんな時、何か具体的な目標があれば、大きな決意をもって事にかかれば、自分を変えることはできると思います。そして、いつ自分を変えるのか、それは大事な試合に負けて悔しくてたまらない時がベストではないかと思うのです。


19日に試合を終え、20日の稽古でさっそく、これまで以上のやる気を見せてくれた生徒が何人かいました。こういう生徒がいてくれると、指導者は「、またイチから頑張ろう!」という気持ちになります。

その点では、人間の真価は勝った時ではなく負けた時にあるのだとつくづく思いますね。
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