形の誤解
2013年06月13日 (木) | 編集 |
今回は、形の誤解されやすい部分について述べてみようと思います。

剛柔流と糸東流にスーパーリンペイという形があります。剛柔流と糸東流の形の違いについて、巷で大きな誤解が存在するようです。

まず、中盤で四股立ちから斜め四方向に一本拳で突く箇所があります。四股立ちで構えた時に掌を開くのが糸東流で、握るのが剛柔流だという誤解があります。実際には、剛柔流も古くは掌を開いていたそうです。それが、年代が新しくなるにつれて手を握るようになってきたということです。
宮城長順先生の教えは、若い頃から晩年にかけて変化があったということですから、どの時期に教えを受けたかで異なっているのは当然ではないでしょうか?

ですから、四股立ちのところで掌を開いていても、これだけをもって糸東流であって剛柔流ではないとは言えません。私の会派を含め、沖縄でもこの部分を掌を開いて行っている剛柔流の道場は多いのです。

また、後半部分で後ろを向いて抑え受けと掬ってから掛けるのを同時に行なう箇所があります。ここの回数も「剛柔流は五回、糸東流は三回」と、回数で流派を決めるような誤解が存在します。この部分も、回数で流派の違いとなることはありません。元々はすべて三回だったようです。

また掛け受けも、一方の手を水月におくのが糸東流で脇まで引くのが剛柔流というのも誤解です。剛柔流でも水月に手をおく道場は多く存在します。

関節蹴りは、親指を立て他の四本を下に向ける場合と第二指定形のクルルンファのように指を五本とも上に向ける場合がありますが、同じ関節蹴りでもどこをどのように蹴るかで蹴り方も異なって来ますから、どちらが正しいと断言することはできないと思います。

会派として、指定形としてどちらかに統一することはありますが、空手そのものとしてどちらかだけが正しく、他は間違っているとはいえません。


ですから、四股立ちから四方向に一本拳をするところで手を開いている。そして抑え受けと救い受けの部分が3回だから、「剛柔流と糸東流が混ざっている」というのは、明らかな間違いだということです。

同じ先生に習っても、異なる教えを受けることがあります。また、先生の教え自体が歳と共に変わる場合があります。


これらの誤解については多く存在するので、後日続編を書いてみようと思います。
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