縁のある土地
2013年05月23日 (木) | 編集 |
私は、幸せなことに南極大陸を除く世界の全大陸を空手で訪問しました。今も日本全国を回る機会を皆さんに与えていただいています。

もう30年くらい前に気づいたのですが、その土地を初めて踏んだのに、ものすごく親近感がわくところがあります。俗に言われるデジャヴー(既視感)ではないのです。
「ここは以前来たことがある」という感覚ではなく、「ものすごく居心地がいいなぁ…」という感じなのです。

因みにいうと、日本でいえば縄文文化の栄えた土地に私の場合、ものすごい安堵感を覚えます。それと、出雲系の神様を祀っている土地ですね。

理由はわかりません。


想像するに、古くから人が住んだ地は、地脈・水脈が豊富で、人々を心地よくさせる「気」にあふれているからではないかと思います。
そこにいるだけで、心が安らかになるんです。

世界でも稀にそのような土地があります。そこに来ただけで故郷に帰ったような安らぎを感じるのです。

また、私が知り合う人も、縁の深い人は決まってそれらの土地の人たちです。
腐れ縁というか、切っても切れない人は決まってその土地の人です。例えば、その土地に何も感じることがなくても、「私の祖先は、○○からこの地に移ってきた。」なんてことを聞くと、「やっぱりなぁ・・・」と思ってしまいます。




さて、話はまったく変わりますが、今日昼食を食べている時に、ふとしたことを思いました。味を感じるのは、口に入れた時か、噛んだ時か?こんな初歩的なことでさえ、50年以上生きて来てハッキリわからないんですから、慣れというのは恐いですね。

生まれてから何万回と繰り返したことでさえ、考えてみるとハッキリとわからないんですから。まあ、味って口に入れた時から感じているのですが、あらためて口に入れたまま噛まずに食べ物をそのままにしておいたり、噛みながらどのように味を感じるのか気をつけたりと、食事が実験の場になってしまいました。

空手でも、「こんなの当たり前だ」と分かっていたつもりでも、改めて考えてみると分からないなんてことがたくさんありそうです。
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