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 逆の事をどれだけ技化できるか
2016年06月22日 (水) | 編集 |
本日の某所での指導は、通常の学生が理解するには少々難しい内容でした。

ゆっくりと追い突きをひたすらさせたのです。ゆっくり動くと、技の完成度がよく分かるのです。つまり、速く動けばスピードでごまかせますが、ゆっくり動くとごまかしようがないのです。
突きの最後の瞬間にどれだけ体重を乗せ、力を集中させるか?ゆっくり動くと本当に良く分かるのです。

まず、ゆっくり動いているのに突きが極まる瞬間にドンと足音を立ててしまう、前屈立ちを極めてから突きを出す等、ボロが出てくるのです。

その中で、突きが極まる瞬間の極めを体得させるのに、相手の腹に当て突きの最後の極めを作る稽古をさせました。多くは、腰と肩を入れて拳を押しこんでしまいます。また、膝を伸長させる。とにかく、素人ほど押し込もうとします。

私は、技の熟練度が上がるほど、これらの逆を行うことになると思っています。

つまり素人は、
1、ドンと前足を強く踏み込む。
2、肩と腰を目標に向かって回転させる。
3、腕も必要以上に力み、腕力に頼る。

のに対し、強い突きを行うには、
1、突きが極まる瞬間に、膝裏と股関節を瞬間的に抜く。
2、肩は入れず、腰は突きが極まる瞬間に逆腰を取る。つまり、突く側の腰を引く。
3、腕は、下半身からの力を拳に伝える為の媒体であり、腕そのものの力にできるだけ頼らない。

と、全く逆の事をしなければならないのです。この動きを突きで覚えれば、基本的にはすべての技は共通して同様の身体操作をすれば良いのです。突きが手刀打ちになっても、受けになっても、体幹の使い方は同様です。

力を入れれば技が強くなるのが素人なら、力を抜けば抜くほど強くなるのが熟練者なのでしょう。
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 ぬめりで動く
2016年06月20日 (月) | 編集 |
私は、以前から組手の構えは真横の方が良いと主張してきました。距離的優位性、力学的優位性から真横を奨励しているものです。

しかし、いつも強調するのは「現時点では、真横の方が良い。」ということです。ということは、将来はまたどうなるか分からないということです。もしかしたら、数十年後には半身の構えの方が再び主流になっているかもしれないのです。

ある日突然、私がJKFanで「構えは半身で!」なんて記事を書くかもしれません。

やはり、筋肉で動いているうちは、真横に構える方が優位性は動かないでしょう。しかし、将来空手の技術がもっと深く研究され、呼吸や姿勢の重要性がわかって来て、丹田の使い方が武術本来のものに近づいてくると、また構えは変わってくると思うし、そうならなければ空手の進化はありえないと思っています。

ひとつのテーマとして、筋肉で動くのではなく、内臓で動くことができれば、スピードやパワーは今以上に増してくるはずです。例えば、相手に対して撃ちこむための前進運動ですが、「後ろ足で強く蹴れ!」というのは筋肉レベル。「重心移動で前進しろ」というのは、その上のレベルだと思います。


この重心移動を脚関節の抜きで行うことは、再三にわたり書いてきました。私が強調しているのは、抜きによる重心移動と伸張反射を伴う床反力で身体を飛ばすことです。
この動きをさらに発展させると、内臓のぬめりによる重心移動が加わってきます。

「ぬめり」という言葉には、あまり馴染みがないと思います。内臓は各々粘膜で覆われ、身体を曲げたりねじったりしても傷がつかないようになっています。腹をへこましたりふくらましたりするだけでも、内臓は大きく移動します。

これをどうのように動きに応用するのかというと、横隔膜と肛門の締め、骨盤の前傾等で内臓を急激に前方にぬめらせると、重心はいっきに前方に移動します。その移動を利用して前進すると、床を蹴っているというよりも、身体が勝手に飛んでいくような感覚があります。上体が後ろから突き飛ばされたように飛んで行って、足がそれに伴ってついてくるような感覚です。

ですから、関節の可動域を広げ、筋力を上げることはもちろんですが、さらなる技術を極めるには、内臓の柔軟性と、あらゆる方向に自由に内臓をぬめらせる研究も、今後進めていってほしいと思っています。

空手の練習メニューに、腹踊りを取り入れる日も近いかもしれません。
 稽古の心構え
2016年06月06日 (月) | 編集 |
そろそろ、どの都道府県も、全少と全中の予選は終わる頃です。

当道場生も、一昨日ですべて予選は終わりました。毎年思うのですが、組手に関して、「この子は今回行けるかも?」「この子は難しいなぁ・・・。」等、コートに上がる前にわかってしまいます。

みんな頑張っているんです。でも、大切なのはどう頑張るかなのです。稽古中の態度で、基本でも形でも組手でも同じなのですが、まずみんなに言ったこと。これは、一般論としてみんながやらなければいけないことです。特に大切なことは、私は繰り返し、強い口調で言うことにしています。
そして、生徒一人一人へのアドバイスです。それは、その生徒がまず何よりも優先して心掛けることです。

上記2点を常に念頭に置いて稽古するのか?ただ、ひたすら必死になって稽古するのか?これで、試合の結果は大きく異なってきます。

勝つ生徒は、試合での最悪の場面を想定して稽古していますね。試合というのは、強いものが必ず勝つとは限りません。なぜならば、試合は必ず0-0から始まるからです。AがBよりも強いから5-0から始めますなんて試合はありません。
そして、戦いには流れというものがあります。勝負は、流れに乗った者が勝つのです。

ですから、試合開始早々に相手の流れであり続けることが良くあります。相手の流れの時は、ひたすら我慢です。でも、ただ我慢して防御に徹するのではなく、失点を絶対にしないように最大限の注意を払いながら攻める気持ちが必要ですね。
流れというのは、通常は20秒で変わります。相手の流れが突然ニュートラル状態になるか、いっきに自分に来ることがよくあります。
また、負傷や安全具の着け直し等の一時的な試合の中断で、流れが変わる場合など。

自分の流れになった時に、もたもたせずにポイントを取れるかどうか? ここは、集中力がものを言います。


どんなに強い選手でも、流れが相手にあることがあるし、もしくは自分の苦手なタイプの選手と対戦することがあります。「今回は、調子が良くて一方的に勝ち上がっているけれど、次の対戦相手は右構えだから、次が山だな。」なんて会話は日常的ですね。

さて、試合とは前述のように流れが勝負を左右するということから、どのように稽古に取り組むかというのがテーマです。結論を言えば、最悪のケースを想定して稽古すれば良いのです。普通にやってもダメな時に何をするか?そのパターンをしっかりと稽古しておけば、相手のタイプがどうであれ、流れがどうであれ、何とかなるのです。
自分のやりたいことだけをやっている。「この技を極めたいな」「こうやって相手に入りたいな」というのは、願望です。願望が悪いというのではありません。願望だけの稽古をするなということなのです。

自分がこうありたいと思うなら、どうすれば思い通りになるのかをまず考え、もしうまく行かなかったらどうするのかを次に考えるのです。

ここまで、想定して稽古している者は、本番に強いし、安定した成績が残せます。考えずに、ただひたすら稽古している者は、勝つ時は凄く強いが、負ける時はすごくもろいものです。

試合後の反省会で、選手にしつこいくらいに質問責めにすると、なぜ勝てなかったのか?なぜ勝てたのかがよくわかります。

やはり、原因は9割9分自分にあるということです。常に審判がどうのという人間は、永久に同じ失敗を繰り返します。なぜ、審判はあの時ポイントをくれなかったのか?なぜ、相手に有利と思われるジャッジをしたのか?なぜ、判定で相手に旗が揚がったのか?

審判にはもちろんミズジャッジはあります。でも、それを単に審判のせいにするのではなく、なぜそうなったのかを考え修正してゆけば、同様のことは起こらなくなるはずです。また、保護者は、我が子よりに試合を判断しがちです。「なんでポイントじゃないの?」という場面は良くあります。

でも、審判の目と親の目は違うということです。もちろん、指導者の目も違います。ですから、判定に疑問を持つなら、厳しい第三者の目に意見を求めることが最良の手段だと思います。

長くなってしまいました。今日の結論です。

稽古は常に最悪の事態を想定して行うこと。

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