自己評価と他者評価
2015年09月28日 (月) | 編集 |
私は、大会・練習会・合宿・遠征等、行事があった時には生徒にコメントを求めます。自分がその行事に参加してどう感じたか?話を聞くと、その生徒がどれだけの成果があったのかがよくわかります。

進化している生徒は受け売りでなく、自分の言葉で冷静に自己を語ることができます。

結論からいうと、周囲の評価に比べ、自己評価が低い生徒は進化を続け、自己評価が他者評価に比べ極端に高い生徒は、進歩が全くないことがわかります。
何でもかんでもネガティブになれということではありません。反省があるかどうかが大切なのです。ネガティブというのは、すべてを否定的に捉えてしまうことだと思います。

反省というのは、より良くするために今後どうするかということであり、むしろポジティブなことなのです。

確実に進化している生徒のコメントは、しっかりしています。そういう生徒の共通点は、下記のとおりです。

1、事前に課題を決めている。
2、単に勝つことではなく、自分に課した課題をどれだけクリアできたかに重点を置いている。
3、出来たこと、出来なかったことを客観的に把握できている。
4、出来なかったことに対して、次回はどうすれば克服できるか、自分の意見をしっかりと持っている。

こういう生徒は、勝っても負けても叱る必要はありません。自分がどうすれば良いか分かっているわけですから、励まして簡単なアドバイスを与えるだけで良いと思います。

対して、周囲の評価は30点なのに、自分は85点くらいつけてしまう生徒は少々手がかかります。
勝てる試合を僅差で落とした場合でも、自分の動きが良かったし、内容では競っていたから良しとしてしまう。
格上の相手に僅差で負けたから、よく頑張ったと自分自身で勝手に納得してしまう。
課題はまったく克服していないのに、大差で勝ってしまい満足している。

稽古中にもそれは現れます。いつも負けている相手にリードしている。そのまま勝つかと思ったら、最後の最後に逆転されて1ポイント差で負けてしまう。しかし、自分は僅差で負けたし一時はリードしていたからと満足している。これでは、その相手に一生追いつくことができないと悟るべきです。


「自分なりに精一杯頑張った。」これは今の自分のレベル・目標次第で、正しくもあり間違いでもあります。

例えば、自分は空手で日本一になりたいと思い周囲に宣言した。そういうところに進学を考えているのに、試合ではまったく攻撃せずに下がり続けて僅差で負けてしまう。でも、自分なりに頑張ったと納得しているのでしたらそれは大きな間違いだと思います。

昨日の某大会で、私は0-6ので一方的に負けた生徒を例を挙げて誉めました。今の自分にできることをやって、結果大差で負けた。負けたのは技術の差であり、気持ちの差ではありません。また、練習でやっていることを忠実にやって負けたから、結果はどうあれ誉めるだけなのです。

反面、今回も同じ叱られ方をした生徒がいます。毎回、相手が少し強くなると、ダッキングを繰り返し自分から攻めずに相手が攻めた後に手を出す。気持ちで負けているから手が出ないのです。
なまじっか器用だから避け続ければ失点せずに接戦になるが、結果はお決まりの僅差の負け。この生徒は、技よりも作戦よりも、攻めなければ、攻撃しなければ勝てない!と分かるべきなのです。逃げ回って僅差で負けるくらいなら、ガンガン攻めて大差で負けろ!と言いたいのです。

周囲は、「何ビビってるんだ?さっさと攻めろ!」と思っているのに、自分では「精一杯やったから悔いはない。」と思う。反省がないからいつまで経っても、自己評価と他者評価は開きがあり、平行線を辿る。



話は変わって、今朝の番組で、マドンナが数分遅刻したダンサーに「靴を舐めさせた」というトピックをやっていました。マドンナって酷い人間だと非難されるかと思いましたが、大方のコメントは肯定的なものでした。

理由は、本当にマドンナが酷い人間ならばその場で解雇していた。靴を舐させて許したのだからまだ優しい。舞台で最高のパフォーマンスを披露するために少しの妥協もしない姿勢が、遅刻したダンサーに屈辱を与えたことで周囲を引き締めたのだろう。

というものでした。
確かに、学校や会社で、先生や上司がマドンナみたいなことをしたら大問題になるでしょうね。でも、プロの世界で頂点を目指している人間の集団ならば、それは当然の事でしょう。コメンテイターも、みな苦労人ですから、「靴を舐めるだけで許してもらえるなら喜んでやる」なんて言っていました。

目標を決めたらあとはひたすら実行するだけなのです。そして課題を自分に課して常に反省をする。より良くなるために常に考え工夫する。

そうなれば、自己評価に比べ、他者評価は随分と高くなるのではないかと思います。
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 来日ラッシュ
2015年09月01日 (火) | 編集 |
今、日本に外国人観光客が大挙して押し寄せてきています。観光客だけでなく、我が道場にもこの夏、大勢の外国人の客人が来てくれました。

最初に来たのは、アメリカと韓国の選手団です。道場に50人余りが寝泊まりしました。そして今日まで、タイチームがAKF前に1週間当道場で合宿を張ったわけですが、タイ人のマナーには特に感心しました。

自分の生徒たちもそうですが、親から離れ集団で生活してみるとその人間の本質がよくわかります。慣れない環境で、知らない仲の50人が集団で生活したわけですから、少しはわがままが出てきそうなものでしたが、意外とみんなしっかりしていた。小学生から一般まで参加者が幅広くいましたが、若いというのは凄いものです。環境にすぐ慣れてしまいます。食事も自分たちで食べに行くし、銭湯にも喜んで行った。手間が全くかかりませんでした。

タイの選手たちも成田についてから、自分たちで電車と高速バスを乗り継いで愛知まで来てくれました。バンコックからは丸1日の長旅でしたが、疲れているそぶりを全く見せませんでした。

そして、みんな道場をきれいに使ってくれました。大きく体調を崩す生徒もなく、無事に夏休みが終了しました。

そんな中、海外の選手と日本の選手について気づいた点がいくつかあります。まずは、今回来日したアメリカの選手たちの学習能力の高さです。覚えるのがとにかく早い。英語で説明しなくても、ジェスチャーを加えた日本語ですぐ理解してしまう。

面白かったのが、東京での合宿でした。愛知での当道場での合宿の後、東京に場所を移して2回目の合宿を行い、フィリピンからも参加者が加わり、国ごとにあるルールでの鬼ごっこをさせました。3人の鬼があるルールの下、残りの全員を捕まえるものでしたが、まずは、アメリカの生徒たちはすぐに主旨を理解して、鬼同士が協力して次々に時間内に捕まえることができた。日本チームの鬼と韓国チームの鬼は、ひたすらそれぞれが目の前の人間を追いかけるだけで、時間内に全員を捕まえることができなかった。フィリピン人の子たちは最年少にも関わらず、すぐにルールを理解して相手を追い詰めて時間内に全員を捕まえました。

何度、「チームワークで相手を追い詰めなさい!」と言っても、ひたすら目の前の人間を追いかけて息を切らしていたのは日本人でした。この子たちがもし同じ環境で空手をやっていたら、日本人の子は間違いなくアメリカやフィリピンの子には適わなくなるでしょう。

特に目立ったのは、アメリカのある選手です。鬼が来る方向をあらかじめ予測して、先に先にと動くので全力で走る必要が全くなかった。開始前に鬼の位置と他の逃げる人間の位置関係を計算し、自分の周りには常に人のいない状態を作り出し、鬼が複数の方向から来ても、逃げる道を事前に探っていました。

日本人でも大学を卒業し好きなだけ練習する時間も無くなり、練習相手もなかなか探せない環境で、むしろ大学時代よりも強くなる選手がいますが、やはり考える習慣、効率的に物事を行う習慣というものがどれほど大切かがわかりますね。

ただ、日本人がすべて劣っているわけではないのです。集中力の持続は日本の子は素晴らしかったです。長い時間でも集中して稽古ができました。

そして、先週から今日までタイチームの練習を観ていましたが、調整がとても上手な印象を受けました。大会直前での技の確認に主を置き、ウォームアップとクールダウンにフルに時間をかけ、実際に組手をしたのはほんの数十分でした。
やはり、オリンピックが視野に入ってきた空手は、日本も含め世界各国どこも進化を遂げています。

夏は、インターハイ、全少、全中と、大きなイベントが続きましたが、このような国際交流もせっかく学校が休みの期間ですから今後も行ってゆきたいと思います。

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アメリカ・韓国からの選手たちと。

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ウェルカムパーティーの一コマ

ジュニアニッポン
東京に場所を移し、Jr.NIPPON強化合宿にフィリピンとスコットランドからの参加者も合流

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タイチームと。(ネコも一緒)

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キキ
そして、締めはネコの写真で。