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 評価は、コートの外を見て
2014年10月27日 (月) | 編集 |
大会は、選手の本質を知るにはたいへん良い機会です。勝ちたいという緊張感故に、本質的な部分が見え隠れするのです。
昨日、某市の大会がありました。

そこで、うちの道場生なのですが、ある選手の形の決勝戦の応援でコートの近くまで行き中学生が数人固まっていました。私が他のコートから観ていると、ベラベラとおしゃべりばかりしています。ある生徒などは、コートに背を向けて決勝戦を全く見ずに話に夢中になっています。
あれで、本人たちは応援していたと思っているからたちが悪いのです。

観察していると、表彰式の時にもずっとその中学生たちはしゃべりっぱなしでした。前述の決勝戦でコートに背中を向けて話していた生徒はずっと話しっぱなしで、閉会宣言の時も下を向きっぱなしでした。
自道場の恥をここに書いてしまうことになりますが、どうも自覚のない生徒が多すぎるように思います。

いくら、コート内で勝ってメダルを獲っても、他人の試合にはまったく見向きもせずにアリーナ内で1日中話をしていたら、どれだけ周囲に迷惑をかけているかを知るべきです。
そういう人間がいると組織の雰囲気がだれます。他の生徒に悪影響を及ぼし勝てる試合が勝てなくなります。つまり、そんな生徒がいれば、組織としてはマイナスに作用してしまうものなのです。

一方、試合はメダルを期待されながら結果が出ませんでしたが、自分の試合が終わったらすぐに小さな子たちのコートに行き、ずっと声をかけていた中学生がいました。試合内容自体は誉められたものではありませんでしたが、後輩たちに常に声をかけ続けていた姿は、十分に評価に値します。

真の評価は、こういうコート外の言動で判断されるのです。上記の2名に関していえば、前者を高校の先生にお願いしますとは言えません。ここを理解できないとこの先も同様のことで苦言を呈されることになります。
反面、後者は成績は残せなくても、安心して高校の先生に「〇〇をよろしくお願いします。」とお願いすることができます。

また、終始ベラベラと話しばかりしている生徒で、本番に強い選手はほとんどいません。競り合いに弱かったり、後半に逆転される選手は、大会中に無駄話を止めてみると、大きな効果があるはずです。
本人たちは全く気づきませんが、成績が伸びなやんでいる生徒は無駄話が増えているものです。こういう何気ない変化を察知して、われわれ指導者はよく、「あの子は、しばらく勝てませんねぇ・・・」「そろそろ復活してくるでしょう。」等の話しをよくします。

また、不調で身体が思うように動けず、アップアップしながらも優勝できる選手は本物です。逆に、好調にもかかわらず今一歩で勝利を逃す選手は、この後も期待できません。勝てる時は必ず勝ち、悪い時も苦しみながらも勝てる選手。こうなれば本物です。
良い時は、誰だってちょっと頑張れば勝てるものです。しかし、ダメな時でも勝てるくらいのしぶとさ。これこそが王者になる為の絶対条件だと思います。

練習で負けた相手に本番で勝てる。これも良い選手の特徴ですね。逆に練習では強いが本番でなかなか結果が出ない選手は、練習時にひたすら一所懸命にやっているだけで、考えていない子が多いようです。練習中に微調整ができていない。間合いやタイミングがいつも同じ等、練習の時はそれでも勝てますが、試合で相手の集中力が高くなった時には、練習でできていたことができなくなっています。

常に緊張状態を想定して練習しているか? 最悪の状況を想定しているか? 集中しているか? これが「量よりも質」ということです。

また、私は生徒たちを車に乗せて遠方に出かけることが多いのですが、親から離して子供たちだけで生活をさせると思わぬ発見をすることがあります。
いつもボ~ッとしていると思ったら意外と気配りができてしっかりしている子、食べ方がきれいできちんとしている子、衣服の整理整頓が上手な子、時間前にいつも先回りして用意をしている子等、空手の試合内容と照らし合わせてみると、「なるほどぉ~、こういうことか!」と感じることが多いものです。
反面、整理整頓ができない子、食べ散らかす子、行動が遅い子等、やはりここを改めないと空手を一所懸命にやっても勝てないなと思うことがあります。

もちろん、前者はいつも勝ち、後者はいつも負けているなどとハッキリ結果が別れているわけではありません。でも、想定外の勝ちを拾うのはいつも前者、思わぬポカをするのはいつも後者です。

つまり、普段の生活習慣や言動のすべてが、空手の上達や試合の成績に関連しているということです。空手だけ頑張ったって、自分の身の回りのことが出来なければ、頂点には立てません。どこかでポカをしますから。

ここまで書いてきたように、良い選手を見い出したければコートの中よりも外を見た方が大いに参考になるのです。それも試合前の調整と、試合後の行動に選手の本質が良く出るような気がします。
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 早く叱られるようになりなさい
2014年10月20日 (月) | 編集 |
試合後の反省会で、毎回厳しいことを言われる生徒がいます。そして、あまり言われない生徒がいます。なぜ、頑張ってメダルを取ったのに叱られたんだろう? 1回戦でストレートで負けたのに誉められた? 等、個々の接し方が違うのです。

特に、私はその傾向がハッキリしていると自覚しています。何度も何度も何度も特定の選手にダメ出しをすることがあります。やるたびに勝っても負けても誉められる生徒もいます。

まず、一つは、プロ野球数球団の監督を歴任された野村克也氏がそれについてしばしば語られていたことがあります。「無視・賞賛・批難」という順番です。
最初のうちはのびのびとやらせるためにあれこれ言わない。
また、指導者はとかく実績を出したいので、すぐに選手をいじりたがる。これは、選手を育てる可能性よりも、潰す可能性が高いのです。
だから、試合内容にかかわらず、何も言われないことが多いのです。もちろん、頑張れば誉められますよ。でも、技術的にあれこれ注文をつけられることはないという意味です。

次に、ある程度技術が上がってきて入賞が視野に入ってくると、良い試合をすると誉められることが多くなります。ここで、上を目指してがむしゃらに頑張ってほしい時期です。

ところが、次第に同じ内容で誉められていたことが、今度は叱られるようになります。選手は同じく頑張って同じ結果を出しているのになんで?と思う時がこの時期です。

これは、指導者の立場からいえば、同じ内容と同じ頑張りということは、進歩がないということですから、もっと上を目指してほしいと思ったら、ある時期からさらにハードルが上がるので叱られるようになっているのです。

例えば、これまでまったく歯が立たなかった格上の選手に気持ちで負けずに頑張って惜しくも1ポイント差で負けてしまった。当然最初は誉められます。そして、自分の実力が上がり、自分もトップクラスの選手になって再びその選手と対戦して、また1ポイント差で負けてしまった。
こんな時は、同じ誉められ方はされません。互いの立場が以前とは違ってきたのですから、その時点の両者の立場で指導者は意見を言い、アドバイスをします。

加えて、ライバルの選手が不調で、こちらが絶好調、おまけに運もこちらにあるなんて日があります。そういう時を逃さずにライバルに勝てば、いっきに差をつけることができるのですが、競り合っている時に心のどこかで「今日の俺は頑張っているし、押し気味に試合を進めているから負けてもいいか。」と少しでも思ったら、やはりそんな日でも1ポイント差で負けてしまいます。

指導者からすれば、そういう千載一遇のチャンスを確実にモノにする選手が頂点に立てるのを知っていますから、そのチャンスを潰した選手はいつにも増して酷く叱られることになります。

だから、どのレベルの大会でも、単純に勝った負けたの結果ではなく、その時点の選手一人一人の立場を考慮して、負けても誉められる時があれば、完勝しても叱られることがあります。

誰だって誉められればうれしいし、叱られれば不愉快です。子供だけでなく大人だって同じです。誉められてやる気が出てきてこれまで以上に高い目標を持って頑張れればいくらでも誉めてあげます。
 でも、誉められたことで今のままで良いのだと勘違いされてしまうと、本当ははるかもっと上に行けるのに誉められたがためにそれよりも上に行けなくなってしまう者もけっこう多いのです。

 先の野村克也氏も、「人をダメにしたければ、誉めまくれば良い。」と言っています。まあ、これは極論だとは思いますが、誉めるには誉めるタイミング、叱るには叱るタイミングがあるのは確かだと思います。

だから、私は選手に、「〇〇も早く反省会で叱られるようになりなさい。こっぴどく叱られるということは、それだけ期待されているということだから。」という時があります。
 同じことをしているのに・・・
2014年10月07日 (火) | 編集 |
まず、本題に入る前に。
このブログを見て、多くのご意見やご質問をいただき、ありがとうございます。ときおり、私だけがコメントを閲覧できる設定になっていて、連絡先が記されていないコメントがあり、その場合返信ができません。
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さて、本題に入ります。時々、生徒が「なぜ自分だけいつも叱られるのか?」と疑問を持つ場合があると思います。これは、空手の稽古に限らず、社会に出ても同じことが起こります。
これを指導者の立場から説明してみましょう。まず、すべてのケースを説明することはできませんが、良く叱られる生徒には下記のどれかに当てはまっているのではないかと思います。

1、クラスで一番の年長者
2、最も期待されている生徒
3、クラスのムードメーカーで影響力が強く、その子が叱られると全体が締まる生徒

これらは、すべて指導者が期待している、または信頼しているから、ある意味安心して叱れるのです。叱られるのは不愉快かと思いますが、それだけ期待をされているのだと思って頑張ってください。

私は、空手の道場全体、またはひとつひとつのクラスで、個々の役割を重視しています。例えると自然の生態系と同じです。

1、態度の悪いやつがいていつも他人の邪魔をする。しかし、その生徒がいなくなったら途端にクラス全体の雰囲気が沈んでしまった。
2、いつもみんなを引っ張ってくれている生徒がいたが、その子がいなくなったらもっとクラスが引き締まった。

このような例は、日常茶飯事です。

例えが悪くて申し訳ないのですが、自然の生態系の中で、人間に害を及ぼす虫、いわゆる害虫を駆除したら、生態系全体が崩れてしまったなんていうのに似ています。一見、他の生物に害を及ぼしているようでも、全体を見るとその存在でバランスがうまく取れていた。それを強制的に駆除したらバランスが崩れ、他の生物もいなくなったというのと同じです。

問題なのは、存在だけで周囲をダレさせる生徒がいることです。実際にこういう生徒をどう指導していくかが指導者の腕だと思います。その子がクラスにいるだけでクラス全体が明るくなり、みんながやる気になってくれる生徒がいる反面、その子が別に邪魔をしているわけでもないのに、周囲に悪影響を及ぼす場合があります。でも、本人にはその意識がないので、なぜ自分が叱られるのかわからないのです。

これは全体の空間に存在する雰囲気を感じ取ることができると明らかに空気が変るのが分かります。その子がいるだけで雰囲気が締まる。またはいるだけで雰囲気がダレる。本当に人間というものは面白いものです。いてもいなくても同じだという子はいないのです。いなければ微妙に全体の雰囲気が変わってくるのです。

存在だけで雰囲気が締まる、または良くなる子はそのままいけば、幸福な人生を歩むことができるでしょう。しかし、いるだけで雰囲気が悪くなるような子は、空手を辞めてもどこかで損をし続けます。
しかし、これに関しては私は生まれつきのものではなく、後天的なものが非常に大きいと思っています。やはり、周囲をダレさせる子は、私生活に必ずその原因を見い出すことができるのです。
しかし、指導者としてのジレンマは、それをどうやってその子や保護者に分かってもらえるかという点です。
本人と保護者が理解して、現在の環境を変えることができれば、後天的な要素が大きければ、直すことも十分に可能だと思うのです。

例えば、Aがおしゃべりをして騒いでいる。するとみんなが笑顔になって稽古が始まるとやる気が出ている。Bがおしゃべりをして騒いでいる。するとみんなが笑顔になるが稽古が始まると全体の雰囲気がダレている。
この場合、Aは騒いでも何も言われないが、Bは騒ぐと叱られるとなるわけです。

大会当日の朝、まだ試合が始まっていないのに「今日は行ける!」とか「今日はダメだ!」と分かる時があります。それはグループ全体の雰囲気が感じ取れるとその日の結果も8割方分かってしまうのです。
よく、稽古の時も雰囲気がダレている時に怪我人が出ます。この場合も、予め「今日は誰か怪我をしそうだな。」と分かる時があります。

これは、先輩たちが来てくれた時も同様です。どこの道場でも高校でも大学でもそうですが、先輩が応援に来てくれたのは良いが、その先輩が来ると雰囲気がダレてしまい負けてしまう。逆にその先輩が来るとなぜかみんな元気が出るなんてことがあります。

なぜ同じ態度を取ってもこれほどの違いが出るのか?まず原因をその生徒と保護者に噛んで含むように話をしなければなりません。雰囲気をダレさせている場合、一つ一つを指摘しなければなりません。ただし、その場合本人も保護者も分かっていないのだから、やさしく丁寧に説明しなければならないのです。

ですから、指導や子育て、躾という類いのものは、杓子定規的なやり方では絶対にダメだと思うのです。まず全体を見て、その後に一人一人の最良の方法を見い出し、異なるアプローチをしなければいけないのです。
そこを理解されないと、不公平だという不満がつのる結果になります。


事例が変わりますが、例えば一人一人は良い子なのだが、2人になると盛り上がってしまい全体の邪魔をする、先生の言うことも聞かなくなるなんてことも学校や習い事には多いものです。私も子供の頃は邪魔をした方のタイプでしたし、私が指導者になり、叱る方の立場になった今でも2人になるとふざけてしまい、周囲に迷惑をかけてしまう生徒がいます。
私は、典型的多動性障害の子供でしたから、周囲の邪魔をする、または集中できない子の気持ちはよ~~~~く理解できるのです。
私は、2人そろうと先生の話を聞かずに周囲の邪魔をするような子がいたら、稽古中は絶対に2人を一緒にさせないことを徹底します。話すこともダメ、組手の時に2人で組むこともダメ、整列の時もなるべく離します。
最初は、やる気がますますなくなりダレるでしょうが、何か良い事をした時や頑張った時に誉めてあげれば、何かが変わる場合があります。
必ず変わるかどうかはわかりません。指導者も試行錯誤の中でやっていますから、失敗する時もあれば成功する時もあります。また、叱り時と誉め時のタイミングが最も重要ですから、それこそが指導者の腕となるのです。

人間誉められれば誰でも気持ちが良いし、叱られるのは誰でも嫌です。そこをうまく効果的に調整できる者こそが優秀な指導者といえるのではないかと思います。

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