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 褒めすぎは、ダメ?
2014年06月18日 (水) | 編集 |
面白い記事を見つけました。下記のURLで読むことができますが、厳しい教師の方が成果が出るというものです。詳細は、記事を読んでいただくとして、私はこれを読み、「我が意を得たり!」の気持ちでした。

最近は、生徒や部下を誉めて育てる方が成果が上がるという意見が大半を占めています。確かに、それは事実だと思いますが、誉めてばかりだと効果が薄れるような気がしていました。やはり、誉めるにも誉めるタイミングというものがあります。何度もダメ出しをされ、最後に褒められれば物凄い効果が上がりますが、最初っから誉められていると、それが当たり前になってしまい、効果が薄れるのです。

でも、この記事のような教師になるのは、至難の業であることも事実です。厳しく指導するには、指導者の人格が伴わなければ、生徒の心を傷つけることになってしまいます。
ここがポイントでしょうね。

ですから、この記事を読んで、「よ~し!私もこれから生徒に厳しくあたるぞぉ~!」なんて軽率に指導方法を変えれば、マイナスの効果にしかならないでしょう。
また、生徒の質も十人十色です。初めから厳しく指導できる生徒もいれば、そうでない生徒もいる。ダメ出しを何度されても頑張れる生徒もいれば誉める方が良い生徒もいる。

ここからは、異論・反論のある方もいらっしゃるかと思いますが、私が指導で心がけている点があります。それは、「空手は本来つまらないものだ」ということです。
野球やサッカー等のボールゲームは、最初からゲームとして成立していますから、練習そのものが面白いのです。
しかし、空手は本来、殺し合い(殺傷術)自分の身を守るもの(護身術)ですから、「面白さ」に関してはボールゲームには適いません。

だから、私は「つまらない稽古をいかに面白くさせるか、と同時に厳しくやれるか?」を心掛けています。

元来、私は飽きっぽい性格なので、指導していても生徒よりも先に指導者の私の方が飽きてしまうのです。「あ~、こんなことして、つまらないなぁ~・・・」と、生徒よりも私の方が思ってしまいます。
すると、「なんか面白いことしようかなぁ~」と思い、「こんなのはどうだろう?」と知恵を使うようになりました。

あれ?これでは記事に出ていたミスターKと全然違うタイプの指導者じゃないかと今気がつきました。まあ、無理して背伸びして指導してもうまくいくわけありませんから、やはり自分の器の範囲内で頑張るしかないのかもしれませんね。

でも、下記の記事はぜひ読んでください。本当に参考になりますよ。

http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304827404579106511854921736




http://jp.wsj.com/news/articles/SB10001424052702304827404579106511854921736
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 わからない
2014年06月18日 (水) | 編集 |
強者に弱者の惨めさはわからない。
弱者に強者のプレッシャーはわからない。

金持ちに貧乏人の不安はわからない。
貧乏人に金持ちの孤独はわからない。

若者に年寄りの助言はわからない。
年寄りに若者の冒険はわからない。自分も昔若者だったにも関わらず。

子供に親の小言はわからない。
親に子供の夢はわからない。


人間、その立場になってみないと分からないものです。

例えば、健康な者が厳しい練習に耐える苦しさと、怪我や病気でどんなに頑張りたくても出来ない者の苦しさと比較したら、後者の方が何倍も苦しいものです。
でも、前者から見ると「あいつはサボっている」と思われているかもしれない。

指導者が良かれと思って子供に指導したことが、保護者からは我が子に対するひどい仕打ちと捉えられることがあります。保護者が我が子可愛さに取った行動が、指導者から見れば子供が自立できないのは親が子離れできないからだと思われることがあります。

自分を基準に世の中を判断してしまうと、わからないことだらけになります。自分と同じ考えの人間ばかり周囲にいると、知らず知らずのうちに偏った考えの人間になってしまう。
常に反対意見を持った者、ブレーキをかけてくれる者が近くに必要です。

 本質は別なところにある
2014年06月09日 (月) | 編集 |
当道場では、先輩の黒帯または茶帯の生徒に小さな子を指導させる時があります。それは、けっして小さな子のためだけではありません。教える人間の方が教わる人間よりもより勉強になるからです。

ここのところ、高校進学に関して強豪校の先生方は生徒のどこを観て評価しているのかということを書くことが多くなっています。
私は、先輩に指導をお願いした時に、先輩の指導法を観察し、時々道場を出て、距離を置いて眺めながら他の指導者や親と話すことがあります。
その中で、面白いことを発見しました。

ある生徒は、選手としてはさほど結果を出していないのに、高校に練習にいくと頻繁に先生に「ぜひうちに来てください!」と誘われます。そういう生徒は、必ず指導をさせると、担当した子をうまくさせようと一緒懸命に指導しています。また、休憩中に年齢が下の子と遊んであげています。
どこに行っても面識のなかった小さな子がすぐになつくのです。

反面、指導をしても小さな子がピンと来ていないのか、全く覚えない。言っていることは間違っていない、でも教わる方がなかなかできない。そんな子は声がかることが少ないのです。

黒帯にそれぞれ初心者の子をつけて指導させると、その生徒のことがよく分かります。教えているのを観ているだけで、

「こいつはこう指導すれば伸びる」

「負ける時は、こういうパターン、こういう選手にやられるな」

「なるほどぉ・・・、私が指導したことをこう捉えていたのか!」

等、指導する姿をみているとその生徒の本質的な部分が私が指導している時よりも何倍も分かるのです。



以下は、先輩が指導をしている時に、われわれ指導者がその姿を観ている時の会話です。

「○○は、空手の成績はあまりパッとしないけれど、高校の先生によく誘われるのは、人が好きだからでしょうね。小さな子供に一所懸命に指導していますね。小さな子がすぐになつく。」

「一方、△△は他人にあまり興味がないのでしょうね。言ってることは間違っていないけれど、なかなか教わる方ができるようにならない。言葉が教わる方の心に響かないのでしょう。」

「××は、頭が良いですね。無駄なことは言わないし、アドバイスをするにしても小さな子が分かり易いように比喩がうまい!」

「物静かに教えていますけど、結構彼の声は説得力がありますよ。教わっている子の動きがみるみる変わってきました。

また、指導方法を観察していると、空手のことだけでなく、勉強時間を長く取っても成績が伸びない傾向の者はよく分かります。
例えば、教えている子ができない部分を指摘します。指摘自体は合っています。でも、言っておしまい。そこをできるまでやらせないのです。だから、次にやった時にまた同じ失敗をする。また、それを指摘するだけ。どうすればうまくできるかを言わないし、繰り返しできるまでさせることもしない。だから、時間をかけても全然そこが直っていない。

当然、自分の勉強でも、出来ないところを集中的にやるでもなく、要領よくするでもなく、日常の勉強にメリハリをつけるでもなく、成績も全然伸びない。なんてことになってしまいます。


随分前になりますが、私は他人に興味を持たないことがその生徒の空手の欠点だったために、それを説明した上でしばらく自分の練習をそこそこにさせて小さな子を指導をさせたことがありました。でも、他人に教えることで自分の欠点を自覚し、空手の実力が付くということは、当時保護者や生徒に言っても理解してくれなかったことがありました。

「なんで、会費を毎月払っているのに、他の子を教えさせられているの、教えるのは先生の仕事でしょ!?」

と、憤慨されてしまいました。

また、うちは他道場からの出稽古の生徒さんが多いのですが、出稽古の生徒に関しては懇切丁寧にアドバイスをしました。すると、

「なんで先生は、他道場の子に親切に教えて、自分の道場生には教えないの?」

との苦情を受けたことがありました。

これも必ずしも教わったから空手がうまくなるわけではないのです。指導を受けている場面を見て聞いていれば、条件は同じなのです。だから、自分の道場生には、

「今日は、出稽古の生徒が来た時には丁寧に説明してくれるのでチャンスだ!」

と思ってほしかったしそれを説明もしましたが、やはり空手は時間をかければ、直接指導してもらえばもらうほど上達するとの思いがあり、理解してもらえなかったことがありました。


例えば、ある子に10回以上同じことを直接指導して、器用ですからその場ではちゃんとできる。でも、そこ後教わったことさえも忘れており、言われた時だけやるけれどこちらが再び言わないと全くやらない。だから、いつになっても覚えない。

と思ったら、私がその子に指導したことを聞いていた別の生徒が、ふと見ると練習時にいつもそれをやっていて、結局その子は私が教えていないのにその技を自分のものにしていたなんてことが実際にあります。

こういう部分は、家庭環境も大いに関係してきます。だから、朝の起床、整理整頓、食事の摂取量やマナー、食べ物の好き嫌い、掃除の仕方、大部屋での他人との過ごし方等、空手とは全然関係ないことの方が、その生徒の本質を探るうえで大いに参考になるのです。

極論になりますが、強豪校の先生の目に留まるには試合で成績を残すよりも、他人に興味を持ち小さな子と遊んであげる、そして好かれるようにした方がよほど強豪校の先生方の目に留まると思います。

まず、保護者は我が子を自分の手から離し、他人に預け他人の評価を聞くことが大切でしょう。その上で、家庭でできることがあればそれをやっていく。そういう考え方が大切ではないかと思います。
 楽しむということ
2014年06月03日 (火) | 編集 |
「試合を楽しみたいと思います。」

このセリフは、オリンピックはじめ大きな大会に臨む選手たちからよく聞く言葉です。

「楽しむなんてことは、言語道断だ!」

こういうコメントを嫌う人もなかにはいるでしょう。

しかし、私は勝負を大いに楽しんでも良いのではないかと思っています。

ここで、楽しむということはどういうことかを考えてみましょう。

楽しむに該当する英単語は、funとenjoyがあります。実はこの2つ、大きな違いがあるのです。パーティや遊園地などで楽しい思いをするのは、funの方です。辞書を調べると「戯れる」「冗談」等、どちらかといえばあまり真剣ではない状況の時に用いられているようです。

一方、enjoyはどうでしょうか? 様々な辞書から抜粋すると、「楽しむ」以外に、「享受する」「経験する」「味わう」「喜びを得るまたは引き出す」等、単に楽しいというよりも、ある行為の結果喜びを見出すという意味に近いのではないかと思います。まあ、enjoyという単語自体、en(中へ、入る)と、joy(喜び、成功)の合成です。
つまり、自ら行動を起こし、その過程の充実度を楽しむという感じですかね。
特に、享受するということは、「受け入れて自分のものとする」「味わい楽しむこと」という意味です。

例えば、空手でいえば、「組手って楽しいなぁ」単に組手という行為そのものが楽しいのは、funの方です。しかし、自分の課題を見つけ、その課題を達成・克服するために努力する過程を味わい、目標への達成感を味わうことはまさにenjoyなのです。、

ですから、大会の優勝という目標を掲げ、優勝に向かって努力する。そして、迫りくるプレッシャーを跳ね除け試合に集中する。その過程や結果に充実感を感じるならば、楽しむことに大きな価値があると思います。

私は、上記の理由で、空手は大いに楽しむべきだと思います。多くは、enjoyの意味です。ただし、funがダメなのかといえば私はそうは思わないのです。なぜならば、自由な発想というのは、精神的にリラックスした状態の時がより得られるものです。ですから、組手でも、仔猫がじゃれつくように、遊びの延長で行う時にこそ、新技や独自のリズム、コンビネーション等が浮かんでくるのではないかと思っています。

また、今年の夏も全少・全中・インターハイ等、全国規模の大きな大会が2か月後に開催されます。そこに出られる選手は、優勝に向けて努力することに充実感を得て、勝負へのプレシャーを味わうことができます。緊張もするでしょう。しかし、この緊張は試合に出れる者だけが得られる特権です。誰でも味わえるものではないのです。不安だって、本気で勝とうと思えば誰だって不安になります。しかし、それさえも、選ばれたものの特権だと思えば、楽しみに変わるはずです。

惜しくも今回、全国の切符を得られなかった人達も、「全国の切符は次に取っておいたんだ」くらいの心境になって、次に勝つにはどうしたら良いか?を次回以降の全国優勝から逆算し、今何をすべきかを考えましょう。そしてそれを負けた瞬間からすぐに実行に移しましょう。

そうすれば、勝った者も負けた者も、みんな空手を楽しむことができるはずです。常に勝ちっぱなしの人間よりも、負け続けて挫折を何度も味わい、最後に勝った者の方がうれしさは何倍も大きいのです。

自分が今勝てないのは、将来勝った時に他人よりも何倍もうれしさを得るためだと思えば良いのではないでしょうか?

もう一度言いますよ。試合に向けて不安でいっぱいの人は、その不安こそが選ばれたものの特権だと思い、逆にそのプレッシャーを楽しみましょう。人間は、不安だから努力をするのです。何人もの王者を観ていると、結構ビビりの人間が多いものです。
ビビっているから努力をする。そして、ビビりがエスカレートして開き直った時に物凄い試合をして勝ってしまう。そんな選手が多いものです。

ビビりも私は一種の才能だと思っています。

王者の資質とは、最高に憶病で最後に思いっきり開き直れるところにあると思っています。

ですから、「空手はfunしてenjoyできなけれダメだ。」というのが私の結論です。

 親孝行
2014年06月02日 (月) | 編集 |
現在、各地での全少予選・全中予選が行われ、ほとんどの都道府県で代表が出そろったのではないかと思います。

先日も書きましたが、選手は勝つことで周囲の人々を幸せにできます。特に親はわが子が頑張っている姿を見るのが一番の幸せなのです。我が子が頑張る姿を見るためならば、無理して仕事を休むし、費用も惜しみなく出すでしょう。

だから、選手の勝利は自分一人だけの勝利ではないのです。関係者みんなの勝利なのです。

でも、例え一所懸命にやって結果的に勝てなくても、選手の努力は親が一番知っています。必死に努力する姿を親に見せる。これが一番の親孝行なのですよ。

全力を出して例え負けてしまっても、親は我が子を誇りに思うでしょう。

だから、選手は頑張ってください。頑張って周囲の人たち、特に家族を幸せにしてあげてください。

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