感動の言葉
2013年11月21日 (木) | 編集 |
私が借りている中学校の剣道場にさまざまな言葉が貼ってあります。つくづく思うのは、剣道は本当に良い言葉が多いなということです。
残念ながら、剣道と比較すると空手界には感動する言葉が少ないように思います。

この剣道場にたくさん貼ってありますが、他の剣道場に同じようにたくさん貼ってあるかどうかは分かりません。
いくつかを紹介しましょう。

本当の勝ち

試合に勝つということは、
着装で勝って、礼で勝ち
蹲踞で勝って、姿勢で勝ち
構えで勝って、気合で勝ち
残心で勝って、旗で勝て
それが本当の勝ち方だ。

打たれて、打たれて
打たれなくなるまで
打たれて
はじめて本当に打てるようになる




他の人より剣道のことを想いなさい
他の人よりたくさん振りなさい
他の人よりたくさん面をつけなさい

努力は無限であり
  流した汗が自信となる


本当にその通りだと感動します。
私も空手界にいる人間として、こういう言葉で人を動かせるようにしたいものだと思いました。
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 理由は、別なところにある
2013年11月19日 (火) | 編集 |
空手に限らず、人生すべてに同じことが言えると思うのですが、空手で例を挙げてみます。

ある生徒を指導していると、突然「勝てない原因はこれだ!」と感じることがあります。それはある瞬間に突然やってくるのです。

私は以前、「形で0―5で負けるのは技術の差、2-3で負けるのは心の差」だと書きました。その後、多くの方から「そのとおりですね」というご意見をいただきました。

でも、心の差とは単純に気持ちが弱いという意味だけではないのです。

そこである生徒の例を挙げて、気持ちが弱いのとは違う「心の差」を説明してみましょう。

競技は、審判が優劣を判定します。審判はあくまでも公平に判断しようと努力していますが、どうしても審判に好かれる選手と嫌われる選手が存在します。なぜならば、審判は機械ではなく人間だからです。

明らかに態度が悪いわけでもなく身なりもちゃんとしているのに、なぜか判定では勝ったと思ったのに、いつも2-3で負けてしまうという選手が実際にいるのです。


そういう選手は、普段の稽古の風景を観ていると理由がよく分かるのです。稽古はまじめにやっています。でも、他の生徒との交わりがないのです。年長者の場合、年少者の面倒を見ないのです。
そのクラス全体を仕切ろうとせず、数名の仲間だけで固まって、他の生徒が何をしていようと関心がない。
試合会場でも、他者の応援をほとんどしない。

つまり、自分が他人に関心がないから、他人も自分に関心がない。その延長線上に審判もその選手を評価しないということなのです。
常に周囲の人間に関心があり、他人の面倒を見つつ見られつの関係を保てる子は、逆に3-2で勝てる確率が高い。

私は、そういう審判に好かれない生徒には、「みんなを仕切ってまとめなさい」と言いますが、なかなかやりません。出来れば最初からやっていますからね。

本当に、偶然とは思えないくらい形で負ける時は2-3の生徒がいますが、その生徒は面白いくらい他人に興味がないのです。

私はよく、こういう状況時に「審判を敵に回しているな」という表現を使います。
では、コートに入って審判にいちいち挨拶をして、終ったらコートで「ありがとうございました」と言えば良いのか?審判に好かれるため審判に話しかけて自分を覚えてもらえば良いのかなんていうのは、とんでもない勘違いです。
そんな薄っぺらなことをしても、逆に審判に見抜かれてしまいます。

形で2-3の負けを3-2の勝ちにするには、常に他人に興味を持ち、面倒を見て、誰とでも良好な関係を保つことが最良の方法です。常に集団を仕切り、良いリーダーとなっている選手は、形も組手も僅差で勝てる。
組手でも1ポイント負けていても終盤に追いついて逆転できるなんてことがよく起こります。

これに関連して、優秀な選手でどの大会でも優勝するが、5-0で勝つことが極端に少ない選手というのも存在します。勝ってもなぜか4-1が多いのです。こういう選手の傾向は、好き嫌いがはっきりしている性格の選手に多いと感じます。

友達も、好きな子と嫌いな子をハッキリと分ける。こんな性格の生徒は、試合でも審判全員に評価されず、ひとりは反対に上げる審判がいますね。


また、先日ある選手にアドバイスしたことです。組手で「あの態度は審判を敵に回すからやめなさい」と言いました。

まずは、コートに入る時、または審判の止めがかかり、開始線に戻る時に姿勢の悪い点です。下を向いてがに股で歩く選手は、審判は無意識のうちに嫌います。

そして、開始線に戻るのが遅い点です。一方の選手がいつも早く開始戦に戻り、審判も待っているのにユックリと開始戦に戻ると、審判のリズムが狂ってきます。そうなるとこれも無意識のうちにその選手に不利な判定をする確率が増してしまいます。


実際に審判のことを置いといても、開始線に戻るのが遅い選手は、集中するのに時間がかかる傾向があります。組み合って審判の止めがかかり、離れた時に相手よりも構えるのが遅い選手は、相手よりも集中する時間が遅いということです。


私は指導者として、開始戦に戻るのが遅い選手や構えるのが遅い選手との対戦の時には、「続けてはじめ!から、2秒以内で攻撃しなさい」とアドバイスします。

これは、私が経験上分かったことで、大会でポイントが決まった時の状況を調べて確信できたことですが、開始から2秒以内で技を出した場合、先に攻撃した方が8割近い確率でポイントを取ります。
5秒以内に技を出すと、やはり先に攻撃した方が6割近い確率でポイントを取っています。
それが5秒を過ぎると、待ちでカウンターを出した方がポイントになる確率の方が上回ります。

つまり、通常の選手は構えてから集中力がMAXになるまでに5秒くらいかかるということではないかと思うのです。これが一流といわれる選手になると、5秒以内でもカウンターでポイントを取れるのです。
逆に、構えるのが遅い選手は、集中がMAXになるのに時間がかかるわけですから、開始早々に攻撃するとポイントを楽に取れるのです。

この場合、常に相手よりも早く構える習慣をつけることで勝率は随分上がるはずです。
整列でもそうですね。「集合」と言われたら、誰よりも早く並び、他の人間に指示を出すくらいの気持ちがあれば、成績は自ずとついてくるはずです。

こんな感じで、私は自分の生徒や他の生徒を観ているので、アドバイスが技とは全然関係ない場合も時にあります。

「もっと、友達と遊びなさい。」
「常に大きな声を出す習慣を持ちなさい。」
「整列を早くしなさい。」
「すぐに下を向く癖を直しなさい」等、

そういえば、整列が遅いのも、集中するのが遅いから。
真っ直ぐならべないのも、周囲とのバランスが取れていないから。
右と左の距離が異なるのも、空間全体を把握していないのが原因です。

ですから、極論を言えば整列の傾向だけで、その生徒の本質が分かってしまい、実際の動きを見ないでもその選手の課題を見つけることができるものです。
 日本の常識、世界の常識
2013年11月12日 (火) | 編集 |
1週間前に幕を閉じた日本シリーズで、大変興味深いことがありました。
田中将大選手が闘志あふれる投球で1敗はしたものの、楽天の日本一に最大の貢献をしました。

その中で、第2戦で巨人のロペス選手を打ち取った時に後ろ向きでガッツポーズをしたことで、第6戦でロペス選手がホームランを打った時に、そのお返しとばかり、手を高々と天に突き上げました。

田中選手のガッツポーズは、以前から国内でも指摘を受けていましたが、本人は改めることをしませんでした。

ロペス選手の言い分として、J-CASTニュース 11月7日(木)18時48分配信から抜粋すると、

「I don't like it.(気に入らないな)彼は一流のピッチャーなのだから、マウンド上でやってはいけないことを分かっているはずだ。私には彼が叫んでいるのも(三振の場面)、はっきりと聞こえた。だから私はどうしても彼から打ちたかった」(注:英訳は編集部)

 ロペス選手は2004~12年まで大リーグでプレーし、シアトル・マリナーズ時代はレギュラーを経験している。大リーグには、ルールブックには書かれていないが選手間の暗黙の了解として存在する「アンリトゥン・ルール(Unwritten rules)があり、そのひとつが「投手は相手打者を三振に取った際、派手なパフォーマンスをしてはいけない」だ。


ということです。

対して田中投手は、東スポの記者に対し、

「そもそも、あいつに対して(ガッツポーズを)やってないですよ。それに、ロペスは(本塁打を放った際に)一塁を回った時にゴチャゴチャ言ってきて、三塁を回るときも何か言っていた。あれは注意とか、そんなんじゃない。あまりにしつこく言ってくるから僕も『うるさいわ! ボケ!』って言うたりました。大体“人に言うなら自分がやるなよ”って話。日本の野球をなめているんですよ!」

この後東スポも、

 田中が繰り出す雄たけびやガッツポーズは決して相手を挑発する行為ではない。実際に相手打者の顔を見て雄たけびやガッツポーズをしたことは一度もなく、第2戦でもロペスを見ずに後ろを向いて右こぶしを握っている。

と、擁護していますが、その東スポも、第2戦を報じた時に、

「ロペスから三振を奪いド派手なガッツポーズを見せる田中」

と書いていました。


賛否両論あるでしょうが、私はどう見ても田中選手は改めるべきではないかと思うのです。田中選手も東スポの記者も、大きな勘違いをしているのではないかと思えてなりません。

決して、武道的観点から「相手の前で、喜びを露わにしてはいけない。」なんて言うのではありません。

ここは日本だから、アメリカのルールなど関係ないというのも、違うと思うのです。ならば、沢村賞を受賞した時もマウンド上の振る舞いで苦言を呈されることもなかったはずです。

今ではWBCもあり、世界を相手に野球をする時代です。せめて、トップ選手であるならば「アンリトゥン・ルール」くらいは勉強し、特に外国人に対しては細心の注意を払うべきだと思うのです。



メジャー1年目の新城選手が、ホームランを打った時にホームベースに手でタッチしたことで大きな批難を受けました。やはり、場所が変われば常識も変わります。


ここで、空手と野球で共通する点を挙げてみましょう。

ピッチャーがデッドボールを与えた時に、絶対に謝ってはいけない。プロ野球ならまだしも、高校野球であれば帽子を取って謝罪するシーンを観た人は多いと思います。私も高校までは野球をやっていましたので、ピッチャーの時に相手に当ててしまった時は帽子を取って謝罪していました。

しかし、これはアメリカでは絶対にやってはいけないのです。ボールをぶつけた後に謝罪するということは、日本ではぶつけたことに対し申し訳ないとの気持ちで謝罪するわけですが、アメリカでは謝罪するということは故意にぶつけたとみなされます。ですから、相手は余計に立腹するのです。

たまたま手が滑って相手にぶつけてしまったのは、故意ではないから謝罪の必要はない。「謝罪したということは、わざとぶつけたんだな?」というわけです。


これと空手が何で関係あるのかといえば、ウォーニングを受けた時に、一歩出て相手に頭を下げるよう審判に促されますが、私は個人的に必要ないと思っているのです。

事実、全空連では謝罪せよとは指導していません。(いないと思います)

空手は日本発祥ですから、こういう行為も他の競技よりは外国人に理解してもらっているでしょう。しかし、何度も何度も礼をしたり、ウォーニングのたびに頭を下げる行為というのは、多くの外国人からは「とても奇妙な行為」に写るはずです。

オリンピック種目になることを視野に入れているのであれば、このような部分において国際化した方が良いのではないかと思うのです。

こういうことを考えながら、競技空手を考えるのも、国際感覚を磨く上で面白いのではないかと思います。
 反省会
2013年11月11日 (月) | 編集 |
大会に参加するたびに、私は反省会を行うようにしています。そして保護者の方にも生徒と一緒に聞いていただいています。

勝っても叱られる者、負けても誉められる者、精神面を指摘される者、技術的な部分を指摘される者、内容は様々です。

大方、指導者の私と保護者が同じように感じている部分があり、まったく逆の評価をしていた部分もあります。

そして、指導してくれている先輩たちと生徒ひとりひとりの評価をする時は、普段の練習態度から大会に至るまでの経緯が主となります。

稽古風景をよく観察していれば、結果はだいたい予想できます。

大会ごとに同じことを言われ続けている者は、全く成長していない証拠です。
叱られても良いのです。以前と異なることを指摘されているのであれば、成長している証拠です。10個指摘されたら、10回分成長できるわけです。


それそれの選手には勝ちパターンと負けパターンがあります。試合の序盤で大方は予想できます。

相手との相性、当日のコンディション、審判の傾向により、自分の勝ちパターンに持って行ける時と、負けパターンに陥る時があります。
負けパターンに持って行かないためには、普段の稽古からあらゆる場面を想定してやることが大切です。ただ、一所懸命にやっていては、自分の傾向は全く変わりません。

私も審判をしながらですから、一部の生徒の試合しか観れません。内容としては4パターンあります。

1、何も言われない。
2、誉められる。
3、叱られる。
4、技術的な助言を受ける。

何も言われないのは、期待していないのではなくまだじっくりと観察する、または試合参加が少なく経験が必要な時期の生徒です。そんな生徒にも思うことはたくさんあります。しかし、まだ経験が浅いうちにあれこれ言われても混乱してしまうだけです。
こういう生徒は、ただ必死に試合ができればそれで良いと思います。

誉められる者は、出来る出来ない、勝った負けたに関わらず、普段から言われていることを心掛けて試合ができた生徒です。時折、「おっ、この前言われたことを気をつけてやっているな。」と私が気づく時があります。そんな時は、勝っても負けても誉めてあげなければなりません。

叱られるのは、期待が大きかったわりに、内容が悪かった場合です。期待をしなければ叱りません。きつい言葉で叱られれば叱られるほど、期待が大きいということです。

技術的なアドバイスを受けるものは、精神面が安定し、基本的な部分がしっかりとできてきたので、あとは具体的にどうすれば良いかを教えるだけの生徒です。

昨年と違うことを言われている者は、昨年よりは進歩している証拠。昨年と同じことを言われている生徒は、進歩していない証拠です。



昨日、面白いことを発見しました。ある生徒が決勝戦までは圧倒的に勝っていながら、決勝戦で実績のある選手に完敗した者がいました。

相手選手は全国レベルの強豪でしたが、気持ちで負けていたわけではありません。技術で負けていたわけでもありません。スピードでは負けていましたが、パワーでは勝っていました。

では、なぜ完敗したのかと言えば、負けパターンに陥ったからなのです。この選手の負けた原因は内股です。内股の選手は、内から攻めるのは得意で内から攻められても強いのですが、外から攻められると弱い傾向にあります。

相手は逆体で、外から刻み突きで攻めてきました。自分から見て左側から技が来ると右にしかダッキング出来ないので、避ける方向に突きが追ってきてしまい、ほとんどがポイントになってしまっていました。

自分の左からくる攻撃に対し、左にダッキングして相手の外側を取ることができれば、展開は全く異なる展開になっていたはずです。
それには、内股を直さなければ根本の解決にはなりません。股関節を開き、がに股気味に構えれば、失点は半分で済んだはずです。

なんていう風に、選手一人の試合を観ると、それこそ本1冊書けるほどの情報が生まれます。それを今日の稽古でどのように体系付して指導するか、今それを考えているところです。

選手は自分自身の反省をすれば良いのですが、指導者は生徒の数だけ反省しなければならないので、その量は膨大になります。膨大な量を素早く処理しなければならないわけです。

指導者の脳は、スーパーコンピューター何に大容量で処理速度が早くなければいけないということですね。
 引き手にこつがある 3
2013年11月01日 (金) | 編集 |
さて、引き手についての第3段です。

引き手を取る時に、ではどうすれば良いのか? これは直接指導しないといけない部分であり、文章では書きません。ただ、引き手の取り方ひとつで肩甲骨を自由に使うことができる。結果としてすべての動きに良いように作用する。

受けや突きの威力・スピードだけでなく、おこりのない動きも可能となることは既に書きましたが、構えも隙がなくなり、蹴りもうまくなる。極めつけは、引き手で姿勢が決まるとバランスが良くなり反応も早くなる。おまけに打たれ強くもなるのです。

こんなにメリットがあるのならやらない手はないでしょう。

最近思うのですが、子供たちのほとんどが肩が異常に凝っていますね。指で軽く僧帽筋を押しただけでのたうちまわって痛がる。これも姿勢が悪いために思わぬところに負担がかかっているためでしょう。
このまま成長したら、成人になった頃には万年肩こりと頭痛持ちになっていはしないかと心配です。

でも、私たちの子供の頃はどうだったのでしょうかね?案外今の子供たちと変わらなかったりして。

肩から背中にかけて凝っているから肩甲骨が固まっている。固まっているから突きは腕だけで突く。だから短いし威力もない。
以前、テレビで観ていたK-1の選手やプロボクサー、総合格闘技の選手は、驚くほど肩甲骨周りが柔らかいですよ。せっかく基本に引き手という素晴らしいものがあるのに、肝心の空手選手が肩甲骨を使えないのはおかしなものです。

さて、ではどのように引き手を取るのかというと、具体的に書いても誤解される恐れがあるので詳しくは書きませんが、拳を引いた時に肩をロックさせるのです。

肩をロックさせると書くと、固めるのかと思われてしまうかもしれませんね。実際には、矢を射るのに弓を目一杯引いて、いつでも射れるようにしている状態という方が正しいと思います。
ですから、決して固めているわけではありません。短距離走でいうならば、「イチについて」「用意」「ドン!」の用意の状態が引き手です。あとはドンと突くだけです。

本当に空手って面白いと思います。引き手一つで技のイメージが無限に広がるのですから。