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 想定は最良の事態か最悪の事態か?
2013年05月31日 (金) | 編集 |
勝つ時は一方的に勝つが、負ける時はあっさり負ける。
練習の時はめっぽう強いが、大事な試合になるとなかなか勝てない。
スピードもパワーもそれほど目立たないが、いつも上位に名を連ねる。
プレッシャーがかかればかかるほど実力を発揮する。

選手にはいろいろなタイプがあります。上記のタイプは原因が決して一つではないので、「こういうタイプはこうなります」と一概に言えません。

ただ、普段の練習である程度は分かるのです。


誰とやっても自分の組手しかしない。得意な技しか出さず、どんなタイプにも同じ対応ばかりしている選手は、なかなかトーナメントを勝ち上がって頂点には行けないものです。

最近思うのは、何度も同じパターンで同じ選手に負ける子が多いと感じます。おそらく家庭で子供の役割がなく、つまりお手伝いをしたりせず、外で友達と遊ばなくなったことが一番の原因かと思います。
家の仕事や友人関係等、生活に工夫がないと智恵はつきません。もちろん、学校でもクラスの中で先生や同級生とやっていくのは知恵が必要です。
常に考え、「今よりもさらに良く」を考える子は、同じ間違いをしないものです。

これって、年齢ではないのです。中学生でも、いや大人でも工夫のない者はいますが、幼児や低学年でも感心するくらい智恵のある子がいます。


相手によって、またはそのたびに距離やタイミングを変えて攻撃している子がいると思えば、ひたすら必死に同じパターンだけやっている子。そういうタイプを見ていると、本番でもうダメだと思った時に、大逆転をして勝ってしまう選手と、あと一歩のところで大逆転される選手は、練習の時からそのようにやっていることがわかります。


単純に言うと、勝てる子は、常に最悪の事態を想定して技を出しています。
自分よりも動きの速い相手。
自分よりも長身の相手。
試合開始早々リードされた展開。
このような場面をおぼろげにでも想定して練習している子がごく一部ですがいるのです。

その逆が、最良の場面ばかりを想定して技を出す選手は、本番で想定外の事態が起こった時に、そのまま試合が終わってしまうことが多いのです。


随分前になりますが、ある高校の大きな大会に行った時、選手たちが練習会場で打ち込みをしていました。大きな声をだし、思い切り的になっている相手に打ち込む姿は、実に頼もしいもの…ではなかったのです。

大部分の選手は最初から思い切り自分の距離で打ち込んでいました。私は、「自分が最も打ちやすい距離から打っていたら、実戦では何もできないな」と観ていました。
一部の選手は、毎回異なるパターンで、それも最初からアクセル全開で行かず、徐々にスピードを上げて、様々なパターンを試していたのです。

本番では、どちらの選手が勝ったのか、言わなくてもわかりますよね。


でも、学校によっては最初から大きな気合いを出して全力で行かないと叱られる為に、自分本位の練習になってしまう場合があります。そういう学校にいろいろと試すタイプの選手がいたら、「まじめにやれ!」と先輩かコーチに叱られるかもしれません。


私は、プロ野球で選手時代の落合博満さんの大ファンでしたが、落合さんはロッテ時代に三冠王を3度獲りました。1987年に中日に移籍して、オープン戦で一度もバットを振らず、ファンから非難を受けています。落合さんにしてみれば、目が慣れておらず、身体も出来上がっていない時期に思い切りバットを振れば微妙に狂いが生じてくることがわかっていたから、全打席見逃しの三振をしていましたが、他から見れば手を抜いていたように思ったはずです。

また、ロッテ時代、バッティング練習で凡ゴロばかり打っていたので、当時チームメイトだった村田兆治氏が訊いたところ、3塁ランナーを返すために、意図的に芯を外してボテボテのゴロを打っていたと答えたそうです。

投手でも、大投手になれば、打たれても平気な時にあえて打者の得意なところに投げて、相手の調子と自分の球のキレを比較することがあります。例え、そこでホームランを打たれても、肝心な時に抑えるためにどうでもいい時に打たれているわけです。


それを考えると、空手でも野球でも、一流になる人間は同じなのだなとつくづく思います。
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 前に出たければ、下がれ! (一は二に勝る)
2013年05月27日 (月) | 編集 |
昨日の第49回東日本大学空手道選手権大会を観ていて、感じたことを書いてみます。

ある選手が、前に行きたくて前進するのですが、相手が攻撃をすると下がってしまいポイントを取られてしまっていました。

チームメイトからは「下がるな!」「前に」「先に」と声がかかっており、本人もわかっているはずなのにやはり下がって失点してしまう。


そんな時、私なら「下がれ!」と指示を出します。なぜならば、前に出るから肝心な時に下がってしまうのです。

また、私得意のパラドックスですが、前に出るから下がってしまう。逆に下がれば前に出れるのです。


どういうことかというと、相手が引いて構えていてカウンター狙いならば間を詰めなければいけないのですが、このケースは相手も先に攻撃しようとしていました。
なのに、私が観ていた選手は自分も先に行こうとして前に出ていたのです。相手が動かなければ自分が踏み込めば丁度よい距離になります。しかし、相手が出てきてしまうと距離が詰まってしまい、突きが潰されてしまうのです。
だから、距離を合わせるために下がってしまう。

この場合、最良の方法は、自分が思っている距離よりも20㎝程遠くに立つことです。それならば相手が出て来ても自分も前に出て突くことができます。

相手が出てくることを想定せずに先に攻めようとするから、相手が出た時に間が合わずに下がってしまっていたのです。

だから、「前に出たければ下がれ!」ということなのです。


でも、相手が先に攻めてくれば先に突きが届いてしまい、後手に回ってしまうのではないかと心配する向きもあるでしょう。この点も下がれば解決できるのです。

相手が、一歩で届かない距離を保てばいいのです。相手が出てくる時に必ずツーステップで来るように誘導すれば、ワンとツーの間を突けば、必ず自分が先を取れます。


これが一は二に勝るという理由です。相手が二歩目で突くところを自分は一歩で突けばこちらが早いのは道理です。
相手が前に出るのを確認してから自分が前に出ても、相手のワンとツーの間を狙えば、自分の突きは1.5で届くので、2よりも早いという単純な計算が成り立ちます。

つまり、相手が出てから動き出す分、スタートが遅れるからその時点で0.5、一歩で突けば0.5+1で1.5.
相手は、ツーステップで突くので、2だから、自分が早いという意味です。
前に前に出てくる選手を相手にした時は、この戦法が効果的です。


会場で見ていると、上から観れるので、そのあたりの勝負のからくりが明確にわかるのです。




それと、昨日の試合である選手が2ポイントリードされていました。流れも一進一退の攻防で残り時間も少なく、そのまま行けば、もう一方の選手が逃げ切るところでした。
ただ、私はこういう場面でリードされている選手は起死回生の上段蹴りが出ることを知っていたので、隣の指導者に、

「○○選手は、こういう時に上段蹴りを決めるので、相手の選手は蹴りを注意した方が良いですよ」

と言って1秒も立たないうちに上段蹴りで逆転してしまいました。


これなどは、残り時間が少なくなりリードしていたために、相手選手が突きでの失点を無くそうと距離を取り始めたので、かえって蹴りを食らってしまったのです。
この場合は、思い切って距離を詰めてしまえば、蹴りを食らう確率は低くなったはずです。


この点で勝った選手のセンスはただものではないくらい素晴らしいものです。それまでは突きを中心に技を組み立てていたので、蹴りに切り替えた時に相手選手が間に合わなかったのです。


やはり、勝てる選手というのは、この辺りのセンスが他よりも秀でていますね。
 やつらが来た!
2013年05月26日 (日) | 編集 |
恐れていたやつらがついに来ました。
とはいっても、進撃の巨人ではありません。

当会インド支部の子供たちです。教えていても疲れます。泣きたくなります。だって、こっちが必死に教えているのに、全然頑張らないのですから。突きの時にボ~ッとして受けをしている子もいました。


ここで、「インド人あるある」を考えてみました。

1、有段者も帯は、縦結び

2、立ち方で「もっと広く」「もっと低く」は聞こえないふりをする。

3、基本の時に、「もっと速く」「もっと強く」も聞こえないふりをする。

4、気を付けの時、半数は私を見ている。例え横に立っていても、私を見続けている。

5、一昨年直したところが去年元に戻っていた。去年必死に直したのに今年もやはり戻っていた。今必死に直しているが来年もやはり・・・。

6、暑いのに、男子は空手着の下にシャツを着ている。それも柄物。それも長袖。それも襟付き。

7、練習ではこれ以上ないくらいにダレているのに、試合になると異常に張り切る。時にはるかにうまい日本選手に勝ってしまう。ただし、組手だけ。

8。指導者は、親と一緒に私服で見学している。

9、指導中に時計を見て、「あと何分で終わる」と自分を励ましているが、時間の進みが悲しいほど遅い。

10、インド人に教えた後に日本人の子を教えると、皆理解力があり運動能力に長け、素直で集中力のある良い子に感じる。


とまあ、当会では、これが常識となっているわけですが、実はあまり彼らをバカにできないのです。むしろ、尊敬の対象であると感じるのです。


というのも、この子たちはみんなインドでは大富豪の家に生まれており、一人の子などはネパール王室の血を引く子もいるのです。親の1日の稼ぎが私の1年の稼ぎをしのぐと思われる家庭もあります。


空手だから、私だって先生なんて威張っていられますが、もし私がインド人ならば、この子のうちの運転手か庭の芝刈りをやっているかもしれません。カーストも上級に位置する子供たちです。


人間というのは将来どのように育っていくか分からないと思うし、インド人の子供たちに教えられることが多くあります。
来日する彼らのうち、何名かは明らかにADHDの傾向があります。でも、ほとんどの子は、大人になるにつれ立派に親の跡を継いで行くのです。ADHDの子は知能が高いので、うまく育てば常人以上の活躍を社会でするかもしれません。


日本のようにストレスを与えず伸び伸びと育てるから、大人になると皆立派な青年になるのかもしれません。
その点が本当に立派なのです。

これだけ子供がだらしなくても、親は皆紳士で立派な方々であり子供もいずれ立派に育って行く。


無理やり厳しく躾けなくても、自覚を持てば皆立派になるのだと思います。


空手も同じで、あまり勝負にこだわらず、ストレスを感じずにやらせた方が良いのかな?などと反省しながら、今週は日本の子供たちにも優しく教えました。


日本の我が生徒たちよ!「今週は先生、随分と優しかったな」と思ったら、インド人の子供たちに感謝しなさい。
 縁のある土地
2013年05月23日 (木) | 編集 |
私は、幸せなことに南極大陸を除く世界の全大陸を空手で訪問しました。今も日本全国を回る機会を皆さんに与えていただいています。

もう30年くらい前に気づいたのですが、その土地を初めて踏んだのに、ものすごく親近感がわくところがあります。俗に言われるデジャヴー(既視感)ではないのです。
「ここは以前来たことがある」という感覚ではなく、「ものすごく居心地がいいなぁ…」という感じなのです。

因みにいうと、日本でいえば縄文文化の栄えた土地に私の場合、ものすごい安堵感を覚えます。それと、出雲系の神様を祀っている土地ですね。

理由はわかりません。


想像するに、古くから人が住んだ地は、地脈・水脈が豊富で、人々を心地よくさせる「気」にあふれているからではないかと思います。
そこにいるだけで、心が安らかになるんです。

世界でも稀にそのような土地があります。そこに来ただけで故郷に帰ったような安らぎを感じるのです。

また、私が知り合う人も、縁の深い人は決まってそれらの土地の人たちです。
腐れ縁というか、切っても切れない人は決まってその土地の人です。例えば、その土地に何も感じることがなくても、「私の祖先は、○○からこの地に移ってきた。」なんてことを聞くと、「やっぱりなぁ・・・」と思ってしまいます。




さて、話はまったく変わりますが、今日昼食を食べている時に、ふとしたことを思いました。味を感じるのは、口に入れた時か、噛んだ時か?こんな初歩的なことでさえ、50年以上生きて来てハッキリわからないんですから、慣れというのは恐いですね。

生まれてから何万回と繰り返したことでさえ、考えてみるとハッキリとわからないんですから。まあ、味って口に入れた時から感じているのですが、あらためて口に入れたまま噛まずに食べ物をそのままにしておいたり、噛みながらどのように味を感じるのか気をつけたりと、食事が実験の場になってしまいました。

空手でも、「こんなの当たり前だ」と分かっていたつもりでも、改めて考えてみると分からないなんてことがたくさんありそうです。
 格言・名言
2013年05月22日 (水) | 編集 |
世に格言・名言はたくさんあります。結構、漫画やドラマの中でも心に響く言葉はたくさんあります。

今回は、その中で私が好きなものをコピペしてみましょう。


努力した者が全て報われるとは限らん。 しかし、成功した者は皆すべからく努力しておる!!.
出典:はじめの一歩  キャラ:鴨川会長

明日からがんばるんじゃない。 今日をがんばり始めた者にのみ明日がくるんだよ!.
出典:賭博破壊録カイジ  キャラ:班長

勝つことは、人を止める。負けることは、人を進める。.
出典:NHK大河ドラマ武蔵  キャラ:柳生石舟斎

諦めるな。一度諦めたらそれが習慣となる.
出典:がんばれ!ベアーズ

「マーちゃん、俺たちもう、終わっちゃったのかな?」 「バカヤロウ! まだはじまっちゃいねぇよ!」.
出典:キッズリターン


因みに、ネタ元は下記のURLです。

http://www.meigensyu.com/


この中でも、はじめの一歩の鴨川会長の言葉は大好きです。努力をすることは、勝利への挑戦権を得ることだと解釈します。努力しない者には、挑戦権そのものを得ることができないということですね。

例えば、努力とは練習を一所懸命にすることだけではありません。試合の日の勝利をゴールと設定し、そこから逆算して今何をすべきかを考える。今から勝利のゴールまでに考えられる限りの最良の方法を選んで、コートに立った時までに出来るだけのことをすべてやっておけば、結果を恐れることはないということですね。

言葉にすると簡単ですが、実際に実行することは難しいと思います。




 負けた時の反応
2013年05月21日 (火) | 編集 |
今回の話題は、非常に微妙なトピックですので、私も注意して書かなければいけません。今、巷で大きな問題となっている某市長の発言のようにならないよう、気をつけて書いて行きます。

私がこのブログで、なぜ親のことを書く機会が多いのかというと、子供を育てるという作業は、とりわけ空手の選手を立派な選手と同時に立派な人間として育てるには、指導者・保護者・子供自身が方向性を同じにして三位一体で取り組まなければいけないと思っているからです。

私も20年前は、生徒の保護者はほとんどが年上の方々でした。10年ほど前は同年代、そして今となるとほとんどの方が私よりも年下、時には20歳以上若い保護者の方がいらっしゃいます。
そこで、自分自身の子育ての経験(失敗も含め)を踏まえ、思うところを書かせていただいているのです。

なぜ、指導者のことよりも保護者のことが多いかというと、あまり保護者に対し「こうするべきだ」という意見を他に見ないことが理由です。
また、子育ての話題を書くと拍手が飛躍的に増えます。これは賛否両論を含め、皆さんが思うところがあるということだと思っています。


さて、今日の話題は子供が負けてしまった時、またはふがいない試合をした時に、どのような態度を取るべきかという点です。考えられる態度としては、

1、負けても誉める
2、怒る(怒鳴る)または叩く
3、親が泣く
4、無視する

等が挙げられます。

まあ、理想的な態度としては、「穏やかに諭す」という方法がありますが、これは誰でもほぼ理想的な態度と分かるので、ここではあえて述べません。

で、結論として上記の4つのうち、どれがいいのかと言うと答えはありません。単にその時点だけのことで子供にどう接するかなどという単純な問題ではなく、普段の接し方、子供の心境等、条件が違えば、結論は大きく変わってくるからです。
また、単純に文章としてではなく、結局は言う人の人間性が大きく関わってくるからです。


しかし、それではこのトピックはここでおしまいになってしまうので、無理やり先に進めましょう。


まず、負けても誉めるということ。これって、けっこう子供にとって効くんです。本人がふがいない試合をしたと自分で反省している時は、それ以上追い込まず逆に全体的には悪い中でも良かった点を挙げて誉めてあげる。
すると、子供自身は、余計に悪かった点を反省することがあります。あまのじゃく的な性格の子には効きますね。

次に、怒る(怒鳴る)または、叩くです。
これは誰でも良いことではないと感じているのではないかと思います。私も反対です。試合会場で負けた子供を叩く親が最近目立っています。
確かに、負けたら相手よりも怖い親が、相手よりも強力な突きと蹴りで叩くのですから、負けたくないとの恐怖感から子供は頑張ります。でも、それは自ら頑張るのではなく親への恐怖感から頑張っているのだから、本当の頑張りとは言えません。

ここは誤解されても仕方がないかもしれませんが、私は保護者に、「私だって今勝たせたければ、子供を引っ叩きますよ。もし、これだけで良いならです。でも、それでは子供が自分で頑張って、自分の意志で勝ったことにはなりません。だからしません。」と話します。

勝たせるために最も手っ取り早い方法は体罰なんです。でも、長い目で見るとそれは良い方法ではありません。子供の人格にも影響してきますから。


次の親が子供が負けた時に泣いてしまう。これが一般的には最も子供に堪えるのです。堪えてさらに頑張ろうという子供も存在しますが、ごく少数ですね。大方の子供は、親が沈んでいると自分も沈み込み以後頑張ろうという気持ちもなくなってしまうようです。

親は、子供に弱みを見せてはいけません。親である限り無理をしてでも強く装ってください。会場で、勝ってうれし泣きをするなら良いのですが、負けて悔し泣きをしてはいけないと思います。
子供の前で弱いところを見せてしまう親を見ると、子供も踏ん張りが効かなくなってしまうことが圧倒的に多いのです。
会場でならまだしも、家で自分がふがいない試合をしたことが原因で親に泣かれでもしたら、子供はいたたまれないでしょう。


最後の無視をする。負けると無言になり口を利かない。これは、子供にとって最も嫌なパターンです。無視をされるくらいならば、怒鳴られた方がまだましだと思ってしまいます。
無視をするようならば、いずれ子供は反発するでしょう。


今回、好ましい態度をあまり書かずに、あえて好ましくない態度を多く書きました。子育てに明らかな正解はありませんから、時には叩くことも必要かもしれないし、泣くことも必要かもしれないし、無視することも必要かもしれません。
しかし、それは最後の最後に使う手段だと思います。親も覚悟の上でしなければならないでしょう。


では、親はどのような態度を取るべきか、一つだけ言えることは、親は常にポジティブに物事を考えるべきだということです。その日は負けても次は勝つと信じる。今年は勝てなくても来年は勝つと信じる。子供のうちは勝てなくても大人になれば勝てると信じる。
選手としてはダメだったかもしれないが、指導者としての素質は人一倍あるかもしれない。みんなを束ねる力は並外れてあるから社会に出れば立派なリーダーになれる。

親が「うちの子はもうダメじゃないか?」と思ったら、本当にダメになります。「まだ挑戦は終わっていない、いつかは勝てる!」と信じていれば、本当に頂点に立てるかどうかは100%保証できませんが、悲観的に考えるよりははるかに良い方向に進んでいるはずです。


私は、「今回ダメかもしれないな」と大会前に感じる時があります。しかし、本当はそれさえも感じない方が良いのです。かえって鈍い方が、選手を心から信じることができるかもしれません。
ましてや、他人ならいざしらず、親が子供を信じなくて誰が信じるのか?

試しに、ふがいない試合をした時に、

「お前は次は勝てる!次はダメでも次の次は勝てる!次の次もダメでもいつか絶対に勝てる!」

と念仏のように唱えてみればどうでしょうか?
もしかしたら、別人のように我が子が変わってしまうかもしれません。
 選手の資質
2013年05月20日 (月) | 編集 |
一作日、某強豪校に生徒4名を連れて行ってきました。今年になり、高校を訪問する機会が例年よりも増えています。
なぜ、今年高校に行く機会が多くなったのかというと、今年は中学2・3年生に高校で空手をやりたいという生徒が多いからです。


こんな時は、他の子も連れて行って練習に加えていただくのですが、保護者と一緒に観るので保護者に解説をしながら指導者はどこを見ているかを説明できるので助かります。
私の普段考えていることを理解いただくのにもってこいの機会でした。


今回説明するのは、選手の資質についてです。まず、最初に言っておかなければいけないのは、資質があるからこの選手は良い、資質がないから悪い、という目先の勝負にこだわった内容ではないということをまず最初に言っておきます。
これは、学校でも将来仕事についても、このような傾向は一生付きまといます。
ダメならば、一生ダメなのではなく、そこを直せば良くなるわけです。



では、某校での見学の話に戻ります。
基本練習の時、面白いことがわかりました。私は、高校の部員は数名を除きほとんど名前もわかりません。でも、練習を観ていると、レギュラーの者とそうでない者、今後伸びる者と伸びない者がよく分かるのです。私は横に座っている保護者に、

「構えて!」と言われ、構えた時の様子を見てください。何人かは逆突きをした後、いったん構えを解くでしょう。または、キョロキョロしますね。こういう傾向の選手は集中力がいまいちです。一度だけでなく毎回やりますよ。ほら、いつも構えを解くでしょう。途中、指導者のアドバイスを聞く時もそういう生徒は必ず手をさげて、膝を伸ばして立ってしまう。」

「5~6人は必ず構えた後に動きますよね。うちの生徒でいうと、○○はピタッと構えて目線もまっすぐで瞬きもしない。集中力がある証拠です。でも、○○はすぐに構えを解いてキョロキョロするでしょう。」

「こういう何気ない部分が、試合の最も大事な場面で致命的に出ちゃうんです。」

と解説します。

もちろん、これだけで生徒のすべてを理解することはできません。しかし、こういうチェックポイントが無数にあり、それで生徒のだいたいの傾向を把握することができるわけです。

選手の実力・体調等に加え、普段の習慣や癖を総合的に判断すれば、7~8割の確率で試合のシュミレーションを立てることができます。


また、組手で一方が攻めてもう一方が避け続けるメニューの時に、うちのひとりの生徒が随分と先輩の突きを食らっていました。でも、大きく避けすぎていては、避けるだけの練習になり、その後の反撃につなげることができません。彼は、先輩の突きを食らい続けていながらもしっかりと突きを見切ろうとしていたのです。おそらく、口の中は出血していたでしょう。でも、当てられる事を怖がらず、しっかりと突きを見続けていた彼を見て、「こいつは強くなって当然だな」と納得しました。

私がもしも彼と同じ小学生で高校生の先輩の突きを食らい続けていたら、おそらく涙目になっていたでしょう。

そして、彼は攻守交代の時、指導者の「はじめ!」の声で、誰よりも早く攻めていました。毎回一番早く反応していたのです。「はじめ!」と聞いた瞬間にはもう相手を攻めている。クタクタになってもこれだけ集中力があるというのは凄いことです。


選手の中に、「勝負、はじめ!」の審判の声を聞いた瞬間にいつでも攻撃できるように集中力がMAXになる選手がいます。反面、構えていますが「いつでも行ける」まではいかず、なんとなく構えて徐々に集中力が増してくる選手がいます。
後者の選手は、今の延長戦も再試合もないルールの下では明らかに不利になってしまいます。試合開始と共に相手のペースで試合が進むことがありますが、集中力に欠ける選手は、途中で自分に流れを引き込むことができず、ズルズルと相手の流れで最後まで行ってしまうものです。

また、組手をしていて、「やめ!」がかかった時にすぐに構えを解いて目を下にやる生徒は、勝負への執着心が足りない傾向があります。このような傾向の生徒は、勝負を早く諦める傾向があるので、ポイントをリードされるとそのまま終了してしまうことが多いものです。

普段の練習から「やめ!」の後も構えを解かずに相手を1秒でも見続けている生徒は、粘り強い試合をします。最後の最後まで勝負を諦めません。



選手を評価する時、動きがいいか悪いかは、素人でも分かる。今強いか弱いかは試合をすれば分かる。でも、今後どれだけ伸びるか、プレッシャーのかかった大一番で頼りになるかどうかは、技や運動能力そのものよりも、ここに書いたような何気ない仕草や癖を観た方がよく分かるのです。


もちろん、集中力のない生徒に対して、指導者はどうすれば集中力が増すかを指導しなければなりませんが、やはりそれには保護者の協力が絶対に必要なのです。
例えば、試験の勉強をする時に机に座って1時間ゲームをやってその後に勉強を始めたかと思ったら、30分で飽きてテレビを観てしまう、なんて生活習慣の子は、空手でいくら頑張っても集中力はつきません。

このように空手で選手が勝てるように指導することは、大きく言えば社会に出ても立派な社会の一員として生きて行くことを指導することだと思っています。
 教える素質よりも学ぶ素質
2013年05月14日 (火) | 編集 |
道場では、生徒全員に同じことを教えています。時間も同じ、内容も同じ。でも、ドンドン上達する生徒もいれば全く上達しない生徒もいる。

それが単なる意欲の差であれば何の疑問もないのです。上達したいから一所懸命やる。だから上達する。反面、ただ親が入門させたから来ているだけ。うまくなろうと思っていない。
これならば、単純な図式で収まるのです。

しかし、中には懸命にやっているのに一向に上達しない。同じくらいやっている仲間の一人は、ドンドン強くなっている。こんな時、上達する生徒としない生徒の差は何なのか?

これは単純に「こうだから」という答えが出ないのは事実です。

指導者の指導法や性格が生徒に合っているのかいないのかという相性の問題がまず挙げられます。

そして最近目立つのは、形を認識できない子が増えているということ。教える方が、「こうして」とやってみせても、右が前か左が前か、受けなのか突きなのかさえも認識できないから、全く真似ができない子がいる。
かと思えば、形を観ただけですぐに覚えて、ある程度は勝手にできている子もいる。

また、言われたことはやるが言われないことはやらず、結果自分の技として身に付かない。
一方は、その日にやったことを忘れずに以降の練習にも繰り返し行うことで、いつの間にか自分の技として身に付いてしまう。


道場生の中で、いつも私が言っていることを100回言い続けても全然頭に入っていない生徒がいますが、セミナーに1度出ただけでもう自分のものになる生徒がる。
何度直接教わっても覚えない者がいるが、映像で見ただけで本質を見抜いて技を盗む者もいる。


これらを一言でいえば、上達は教える側の能力よりも教わる側の能力が大切であるということです。

教わる側の能力は、生まれ持っての素質の部分も大きいと思いますが、もっと大きいのは後天的な家庭環境で培われたものだと思います。
 日々の習慣が結果に出る
2013年05月08日 (水) | 編集 |
今日のトピックは、選手の習慣についてです。

練習の時に、いつも考えてやっている子がいます。明らかに、構え、間合い、拍子を変えて試している。

反面、自分の都合で同じことばかりやっている選手がいます。

これは、常に創意工夫することか習慣になっているかどうかなのです。


選手の動きをみていると、日々の生活習慣が空手によく表れていることに驚きます。


例えば、朝いつも親に起こされている選手は、瞬間的に集中出来ない、または集中がmaxにならず、不完全燃焼になる場合が多い。こういうときはいくら練習で直そうと思ってもダメです。
家で毎朝自分で起きる習慣を身に付けた方が早いのです。
私が生徒ひとりひとりの自宅で指導するわけにはいかないので、ここは保護者に協力していただくようになります。
保護者が子供を毎朝起こしておいて、「うちの子はなんで本番で力を発揮出来ないのでしょう?」と言われても、「家庭環境でしょうね。親が変わるしかありません。」としか言えません。

もっと面白いのは、お菓子や飲料を摂取した後に容器をかたづけない、つまり食べっぱなしにしている子は、技を出した後に隙が出ます。だから、そういう人間を相手にした時は、技の出し終わりを狙うとよく決まります。

私は、変なところで生徒のパフォーマンスと生活習慣が結びついていることを発見します。

コンビニでの買い物に時間をかける生徒は、競り合いに弱い。買い物に5分以上かかる生徒はだいたいこの傾向があります。
判断力に欠けるからだと思われます。また、先を読むことができないからでしょう。


生徒が先生に挨拶するとき、正面に立たない。または、歩きながら顔を見ずに挨拶する生徒は、何事も中途半端になります。踏ん張りが効かないこともこういう子の傾向です。他人の正面に立てない、顔を見れないということで、挨拶の時に気持ちの弱さが出てしまうからです。

ベテランの指導者が、私生活を律しなければ大事な試合には勝てないと口を揃えて言うのも、このような関連性をいっているのではないかと思われます。



これらは、家庭では気づきにくいと思います。他に比較の対象がないからです。私が言えるのは、子供のうちからドンドン外に出して、他人に大いに叱られることが必要だということです。
最近は、他人に叱られると腹をたてる親が増えています。

その行為または考え方自体が、子供の将来の芽を摘む結果になっています。

他人に我が子が叱られた時は、「叱っていただき、ありがとうございます。」と感謝できるくらいの親の余裕がほしいものです。



そういった意味では若い指導者も悪くありませんが、年寄りのくそジジイに我が子を預けるくらいの気持ちがあっても良いのではないかと思います。

そういえば、最近は、大会で選手だけでなく役員審判にも厳しく指導するくそジジイがずいぶん少なくなってきました。私も指導者になってから、ずいぶんと叱られましたが、後になれば感謝の気持ちしかありません。

皆さんも、周囲に偏屈のくそジジイがいたら大切にしてください。最近では貴重な存在ですから。
 勝負の綾
2013年05月06日 (月) | 編集 |
本日、関東学連の試合を観戦してきました。組手決勝戦のもようをどのように勝負が決まるかを隣の選手に解説していました。

どのような時にポイントが入り、流れが変わるのか? 物事には見えないところで法則があり、それを感じることができれば、これから起こることを予想できるのです。

私は、日本武道館が大好きです。上からコートを観ることができるので、勝負の綾がよく分かるからです。


まず、互いに構えた状態で、赤はどうすればポイントが取れるのか?青はどのように攻めれば良いのか?

女子組手は1-0の接戦でしたが、S根選手の立ち位置がもう少し、具体的には5㎝左に立っていれば、逆に1-0で優勝できたと思います。
私が、「この位置では突きが届かないよ」といっている間にU草選手にポイントを取られ、そのまま終了しました。

対して男子組手は点の取り合いで面白い展開でした。これも両者の位置取りでどちらのポイントになるか、はっきり分かれていました。
私は、「今ならI塚のポイント!」「こうすればS田が点を取る!」と、すべて言ったとおりの展開になりました。


残念ながらそれを言ってしまうと、特定の選手の対策になってしまうので、具体的に言うことができません。でも、両者の立ち位置、まっすぐ入るか斜めに入るか、どちらが先に攻めるか等で、予めどちらの選手のポイントになるかが分かってしまうのです。

低い位置で横から観ていてもある程度(70~80%)はわかりますが、日本武道館のように高いところから観ていると90~100%の確率でどちらのポイントになるかが分かります。

空手は位置取りさえ分かれば、0-6で負けていた選手に6-0で勝つことも可能なんです。

このあたりの勝負の綾を感じ取ることができる選手が天才といわれるのでしょうね。

私は、俯瞰(ふかん)で観ているから分かるわけですが、選手は目の前の相手と対峙しながら相互の間を俯瞰(ふかん)で感じろと私は要求していわけですから、メチャクチャ言うなぁと思われて当然なのです。


今回は、自分の目で見た相手ではなく、自分と相手を含めた空間を俯瞰(ふかん)で感じ取れる能力を身につけるべきだという無理難題のお話でした。




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