また拍子の話
2013年04月30日 (火) | 編集 |
私が、先のアディダスカップでの解説をあとで見直した時、やはりライブでの解説は難しいと痛感しました。思っていることを全部いう時間がないのです。だから、頭の中では言っていることの何倍も思っているのに、端折ってしまった分真意が伝わっていないだろうと思うところが多くありました。

例えば、中学生女子組手の決勝戦で、私はリードされている選手に、「もっとワンツー主体で攻めれば良いと思います。」と言っていますが、彼女のワンツーは、相手に何度もダッキングでかわされています。

頭の中では「ワンツーもタン・タンではなく、拍子を変えて行った方が良い。」と思っていたのですが、言う時間がありませんでした。

なぜ、ワンツーだったのか?それはその選手のステップでは、1本では相手に届かなかったからです。だから、ツーステップで行くべき。でも、同じ拍子ではかわされてしまうから拍子を変えなければならない。
これを言えば良かったと、後悔しました。

では、ダッキングされる相手にはどのようなタイミングが良いのでしょうか?

① タ・タン
② ターン・タン
③ タンで2本突いてしまう
④ タ・・・タン

実はどれでも良いのです。動いた瞬間に相手に反応されてしまうのなら、刻み突きで相手にあえて反応させ、技が来ないで抜いた瞬間を狙えば良いのです。


ちょうど、五輪の書水の巻16の「二のこしの拍子」です。原文を載せてみましょう。

二のこしの拍子の事。
二のこしの拍子、我うちださんとするとき、敵はやく引、はやくはりのくる様なる時ハ、我うつとみせて、敵のはりてたるむ所を打、引てたるむところをうつ、これ二のこしの拍子*也。
此書付ばかりにてハ、中々打得がたかるべし。おしへをうけてハ、忽合点のゆく所也。


原文だと、読むのが嫌になってしまいますね。つまり、こちらが仕掛けると見せて相手に反応させ、その直後の一瞬の弛みの時を狙って打つということです。

私は、「相手に山を張らせて、または反応させてそれを外すと相手は一瞬固まるから、その時に攻撃しなさい。」と言っていますが、攻撃または反撃しようとしてそれを外された時には、一瞬固まり(張る)、受けようとして攻撃が来ない時には力が抜けます(たるむ)。


まあ、頭の中でこんなことを考えているうちに、試合が終わっちゃったなんてことがよくあります。


初歩的な勉強として私は、「刻み突き(逆突き)をステップやタイミングを変えていくつのパターンが考えられる?」と言う質問を生徒にします。
けっこう、言われるまでは刻み突き、逆突きそれぞれ一つのパターンしか認識していなかったことが面白いと思います。

器用な生徒は、一つの技にもいくつものパターンがあるんだと分かると、自分で試し始めます。

ワンツーも同じで、技が2つになればパターンも何倍にも増えます。まず、自分で何パターン作れるか考えてみて、それを実際に試してみることが大切でしょう。

行きつくところは、技の数がたくさんあるよりも、技は一つか二つで良いから、パターンをたくさん持っている方が勝利の確率は高くなるはずです。

拍子を研究してみると、空手に関する考え方が随分と変わると思います。





スポンサーサイト
 拍子の省略
2013年04月28日 (日) | 編集 |
前回の記事の一歩に一本しか突けないという話の続きですが、やはり一歩に一本しか突けない者と、突ける者では明らかな違いがあります。
突く時に足を踏ん張ってしまう者は、やはり一本しか突けません。

脚の力を抜きつつ腹圧がかけられれば、それほど難しいことではないのです。


今回はそれに加え、拍子の省略に関してです。

例えば、通常の組手の間合いから前足をドンと踏み込むと、一歩では届きません。さらに遠い間合いだとワンツーで2歩必要になります。
同じ距離をワンで突くことができるステップがあります。過去のJKFanですでに紹介したものですが、二歩分の距離を一歩で突けるわけです。

これは、特に小さな選手がリーチ差をカバーするにはもってこいのステップです。ただし、これは距離を稼ぐこと以上に、ワンツーと二挙動の技を一挙動で行うことによる拍子の省略が効果的なのです。

人間は、100m10秒で走る選手がどんなに練習しても5秒で走れるようにはなりません。でも、拍子を省略すると相手にとっては物凄く速いと感じるのです。極端な話、例え通常の技と同じスピードでも二挙動を一挙動にすると2倍の速さに感じるということです。
実際には、2倍には感じないでしょうが、相手の反応が間に合わないのは事実です。

文章にすると魔法のように感じるかもしれませんが、決して魔法でも秘技でもありません。空手の基本的な歩法を組手に応用すればそれが可能になるだけです。


昨日も、朝の9時から夜9時半まで指導を行いましたが、主にこのステップを指導しました。みんな速くなりました。
問題は、これを実際に使う勇気があるかどうかです。練習ではできても本番で使えなければ何もしなかったと同じ事ですから。


例えば、この拍子の省略と似たようなことは、サッカーやバスケットではごく普通に行われています。ドリブルで相手チームのディフェンダーをかわす時、スピードでかわしていたら絶対にボールを取られてしまいます。よく見ていると、ビートの変換をしています。ものすごく単純に説明すると、8ビートから16ビートに変換するだけで、同じスピードで動いていても2倍のスピードになったと感じるのです。
 一歩に一本ではダメ!
2013年04月25日 (木) | 編集 |
先日の大会で、うちの生徒が手にひびが入っていました。試合の前の週から効き手が使えなかったわけで、大会の日も蹴りばかり出すから何をやっているんだろうと思ったら、やはり相当痛かったそうです。
そんな状態ですから、優勝を逃してしまい、あと一歩のところで最優秀選手賞を獲得できませんでした。

逆突きが出せないのなら前拳を使えばいいのですが、さすがに一本調子の突きでは絶対に決まるわけがありません。

大会が終わって、その生徒と他の生徒にも、利き腕が使えない場合の戦い方を教えました。

逆突きを囮にして、前拳で決める。しかし、単純な刻み突きではすぐにばれてしまうので、様々なパターンで距離とタイミングを変える。スウィッチからの逆突きも有効ですね。
それに加え、足を触ってから突いたりと、相手の集中を散らせばいいのです。

これは、前の手を使えない時も同様です。前の手を囮として逆突きで決めればいい。それに蹴りや様々なコンビネーションを交えてゆけば、腕1本くらい使えなくても大丈夫だと思います。

ということで、競技の達人シリーズにも紹介してある。高速上段刻み突きを指導しましたが、ドンドンと足を踏み込んで突く選手はどうしてもできなかった。それは、高速上段刻み突きは、一歩踏み込んで1本突くのではなく、後ろ足を寄せて足が揃っている時に既に2本を突いていなければいけないのです。

それが、どうしてもできない生徒は、後ろ足を寄せて1本突き、前足を踏み出して1本突く。2本突くのに2歩必要なのです。


例えば、7年ほど前かと思いますが、JKFanで連続写真で紹介したのですが、後ろ足を前に踏み出す、つまり一歩で人間は何本つけるでしょうか?
つまり、通常は追い突きの場面です。

私の実験では、7本も突くことができるのです。それに要する時間は、約1秒です。

通常は3本までだと思いますし、それでも1本1本の突きは弱くなりがちです。
強く7本突くにはコツがあります。

① 腹圧をかけ続けること。
② 床を蹴って前進しないこと。
③ 股関節の抜きを伴って移動と突きを行うこと。

です。

もし観れたら良いのですが、だいぶ前の映像です。長男が中学1年生の時のもので、この時点では6本を0.8秒で突いています。この直後、7本まで突くことができるようになりました。

ただ、この突きのスピードが上がりすぎて、手首が亜脱臼しているとある先生に指摘され、入れてもらったことがあります。そのくらい、突きのスピードって上がるんですよ。

見れない時は、他の方法を考えます。

高速突き
 超能力は突然に・・・
2013年04月23日 (火) | 編集 |
アディダスBMJカップは、14都府県から強豪選手が集まる高レベルの大会でした。

その中で、「新種」の人間が出現しました。これまでにないタイプの能力を身に付けた選手がいたのです。身体能力ではなく、感覚で組手を行う選手でした。

私はその選手を何年も前から知っていますが、こんなに組手が強いとは全く思っていませんでした。突然、能力が開花したのです。
形では全国レベルの大会で上位に入っていましたが、組手はほとんどやらないと思っていたくらいです。それが圧勝で勝ち上がり優勝したのです。


大会前日のセミナーで、相手の気をコントロールする方法をやったところ、参加した大多数の子供たちができるようになりました。相手の気を上げてしまうと力が入らなくなり、腕相撲で簡単に勝てる。気を下げるとこれまで以上に力が入る。
これって、誰でもできることなんです。だって、私のセミナーに出たほとんどの子供たちが5~6分の説明だけで出来ちゃったんですから。
 観ただけでは「魔法でも使ってんじゃないの?」と思うでしょうが、小学生が5分で出来るんですから魔法ではありません。秘伝でも奥義でもありません。ただの宴会芸です。


その中で、毎回合宿やセミナーに参加していただいている子の様子というか雰囲気がこれまでと違っていました。顔つきも先月のセミナーで見た時とは違っていました。それを感じながら私は漠然と「○○○ちゃんは・・・、なんか違うな????」と思っていたんです。
そうしたら、次の日の大会であれよあれよという間に勝ち上がり、決勝戦では見事な試合を見せてくれました。相手選手も強かったんです。でも、試合は一方的な展開になりました。なぜなら、相手に全く空手をさせなかったからです。


先の相手の気をコントロールすることですが、本当に凄いのは、「その能力」で空手をやることなんです。宴会芸程度であれば私が5分教えれば誰でもできるようになります。
問題は、その能力を空手に活かせるかどうか? それができる子がついに現れたんですよ!
これまでもいなかったわけではありません。全日本5連覇の松崎沢宣選手なんか、もろにその能力で空手をやっていました。



空手の競技化に苦言を呈する人もいるかと思いますが、私は物事が進化すると最終的には原点に回帰すると思っています。つまり、競技が進化すると元々の武術に近づいていくと。

自分のイメージではそれが強烈にあるのですが、やはり他人に対しそれを指導し、そのレベルにするにはどうすれば良いのか?それがジレンマでした。


私の稽古は、これって空手なの?というくらい変なことをさせるわけです。みんな、「こんなことやって何の役に立ってるの?面白いけどこれで強くなるわけないよね。」って思っているはずなんです。

でも、私の中では、「これができたらこういう能力が身に付くはず。するとこういう空手ができる。ならば負けるはずがない」というイメージがあるんです。でも、知らない人から見ると、ただのへんてこな体操だったり、お遊びだったり。



なかなか思い通りの、イメージ通りの選手を作れない。そんな中、これほど突然にそういう子が出現したことに驚いたわけです。

やっぱり、家庭環境や親からの遺伝が重要です。いわゆる不思議人間の方が特殊な能力が備わっていることが多いのです。以前から、ここは【変な家族】だったので、「私の感覚を一番理解していただけるのはここかな?」とは思っていました。
もちろん、ご両親とも立派な方ですよ。変というのは、感覚が鋭いという意味です。


この子もいわば不思議ちゃんなのです。まあ、私からすればこの子こそ「当たり前の子」なのですが、他から見ると変わった子に見えるだろうなと。

なんで、こんな変な子が突然能力を開花させたのかといえば、この子の変なお父さんが指導し始めたとか。
お父さんが変な人ですから。変な度合いが急激に加速しちゃったんでしょうね。


いよいよ、空手が新たな時代に足を踏みこんで来たかもしれません。単なる筋力に頼る「速さ」ではなく、感覚を伴った「早さ」の時代に。

それには、筋力ではなく意力とでも言いますか、脳みその中身が大切なんです。


この能力を持った子が空手界にどんどん増えると、異質の空手が確立してくるかもしれません。まったく技を出さずに相手が「まいりました」なんて言ったり、一瞬金縛り状態にしてから攻撃したり。


それじゃ、競技空手は成立しないかな、なんて思うのですが、実はこれ過去の王者たちもこういう人が存在したのですよ。


信じない人は無理に信じようと思わないでください。私のただの妄想だと思ってください。

でも、永年私がイメージしてきた空手が、このように突然にできる子が現れたことが驚きです。

だからといって、この子が全日本王者になって世界も獲るかというと分かりません。まず、高校の空手部の集団練習について行けないでしょう。競技に勝つことに意義を見出せないかもしれません。
みんなで一緒に空手をやっているくらいなら、寺で座禅を組んでいた方がよほど強くなるというタイプでしょう。


さて、この子に私の秘伝(まあ私の秘伝ですから大したことはありません)を授けたいと思います。名付けて「忍法金縛りの術」です。


とりあえず、どの子のことを言っているのか、当ててみるだけでも楽しいのではないかと思いますよ。

http://www.ustream.tv/channel/adidas-cup-2013
 大会終了しました
2013年04月22日 (月) | 編集 |
adidas BMJ cup Karatedo Championships in Aichi 2013 が無事終了しました。ご協力いただいた関係者の皆様には厚く御礼を申し上げます。

この大会のユニークなところは、同じ学年でもビギナー・インターミディエット・チャンピオンと級・段によって3クラスに分けて競技を行うことです。

ですから、初心者は初心者同士、中級車は中級車同士、上級者は上級者同士で覇権を争うのです。
メダルはありません。すべてトロフィーです。ですから、あんまり勝ってしまうとたくさんのトロフィーと副賞で荷物が多くなり過ぎて帰るのに大変苦労します。

白帯でもトロフィーをもらえるチャンスがあります。

昼には抽選会があり、多くの景品がもらえます。ですから、全く勝てない選手でも豪華な景品が当たるチャンスがあります。今年の特賞は、お掃除ロボットでした。

ここまで何かをもらえるチャンスがあって何ももらえなかった人は、運がなかったと諦めてください。(w


今年は、メンホーを着用せずWKFの公認の足甲・脛サポーターの着用を義務付けました。もちろん、全員に買いなさいとは言いません。こちらで全部用意しました。


今年の目玉は、ダブルス組手です。2対2で組手を行うもので、私が随分前からセミナーや稽古でやっていたものを競技化したものです。
これで、チームワークや作戦を学びます。

期待どおり、会場は大変盛り上がりました。歓声の中に笑い声があり、悲鳴があり、個人種目にはない興奮があります。
3・4年ダブルスでは、黒帯2名を相手に初心者チームが今一歩のところまで追いつめました。

墓穴を掘って、一方的に勝てる試合を大苦戦なんてこともありました。やっぱり、集中力のない子は墓穴を掘ります。

14都府県からの参加者がありました。


でっかいトロフィー・赤青の足サポーター・アナウンサー付の実況中継と出費がかさみましたが、貧乏をしてでも参加者に喜んでいただければそれが一番です。
明日から生活を切り詰めて支払いを済ませます。

そして、来年はまた新たな試みを考えています。


世界の先端を行く大会にしなければなりませんから、よそ様と同じことをやっていては何もなりません。これでもかというくらい常に10年先を考えて行きます。


決勝戦は、下記URLから観ることができます。ぜひ観てください。

http://www.ustream.tv/channel/adidas-cup-2013

__.jpg
 気を上げる
2013年04月19日 (金) | 編集 |
最近は、家でゆっくりする時間がありません。3月4月と家にいれたのは何日だろう?

忙しいのは大変ありがたい事なのですが、年なのか物忘れが激しくなってしまい、ちょっと前の記憶が完全に飛んでいるなんてことがあります。

さて、本日朝から某大学生が稽古に来てくれたので、指導しました。その中で、「気」について説明しました。「組手に気?」と不思議に思うかもしれませんが、ちょっと指導したら全員が相手の気を上げたり下げたりすることができるようになりました。
掌を見たら、熱を持って赤く斑状になっていた。空手に基本があるように、気の使い方にも段階があって、段階を踏めばちゃんと使えるようになるのだと思います。

さてさて、では気を使って相手をコロコロと転がすのか? それとも金縛りのように動けなくするのか? なんてことはしません。

そんな魔法のようなことをせずに、ちゃんと組手に活かせるように指導しました。

「こういう入り方をすると相手が反応できない」
「こうして突けば相手はカウンターを打てない」

それには気配を消したり、気を飛ばしてあえてその気に反応させたり、呼吸と抜きと手の動きで説明しました。これは、私だけができることではなく、過去の王者たちでやっていた人がたくさんいるんです。それを私が体系化して順を追って習えるようにしただけです。




以前私は、下記のように記事に書きました。

「カニステップは、現時点では最良のスタイルで世界王者たちの多くはすでにこのカニで組手を行っている」

「最速の構えがカニである」

「しかし、カニが未来永劫ベストなスタイルではなく、競技が進化すればまたカニの次のスタイルが世界を凌駕するかも?」


つまり、カニの次か次の次か、それはわかりませんが、人々が気を理解して組手に活かせるようになると、身体はまた正面を向く時代が来るかもしれないと思うのです。
やはり、へそが相手に向いていないと、気を使って組手を行うのは難しいものです。



まあ、言ってみれば「相手の気を浮かす」ために、いろいろな事をやっただけなのです。そのいろいろなのこととは、

「瞬間脱力」「逆腹式呼吸」「イメージ」「手の使い方」等をするのです。

これなんかも、セミナーで行っていたものですが、それを少人数に対する指導でいろいろな道具を使えたので、より深く指導できました。


今日は、午後1時まで愛知で指導して午後6時半からは埼玉で指導でした。


さて、話は変わりますが、4月21日(日)のアディダスBMJカップは、午後4時ごろより1時間の予定で下記URLで決勝戦のライブ中継を行います。その後も同URLにアクセスすれば見れるようになっています。

個人組手は、赤と青の足甲・脛サポーター着用を義務付け。また、これまでの大会にはなかった新種目も行います。
ぜひご覧ください。

http://www.ustream.tv/channel/adidas-cup-2013
 動物と会話する方法
2013年04月16日 (火) | 編集 |
動物と会話をする方法って、皆さんわかりますか?

それは、会話をしない事なのです。

「会話をするためには会話をしない??????」

またまた、私お得意のパラドックスです。

どういうことかというと、動物の鳴き声をいちいち人間の言葉に訳さないということなんです。人間の言葉に訳した瞬間、それは動物の感情とかけ離れてしまいます。なぜならば、人間の言葉に訳した瞬間に、それは人間の側からの一方的な解釈になるからです。

つまり、 「動物が鳴く→人間の言葉に訳す」 というプロセスが間違いであり、正しくは、「動物が鳴く→動物の感情をそのまま感じる」ことが必要なのです。


こちらから会話をする時は、人間の言葉を言っても動物はそのトーンで人間の感情を読み取るので、人間が動物を理解するよりも、動物が人間をより理解していると思います。


私は、幼少時、山奥に住んでいたため、幼馴染がいませんでした。兄弟もいないので、来る日も来る日も動物たちが私の遊び仲間でした。どんなに山奥に住んでいたかというと、家にマムシが入ってきたり、猟師が裏山でクマ狩りをして、解体した熊を猟師が背負って家の前を通り、母親が猟師から熊の肉を買ったりしていました。

月に2度、40分歩いて山を一つ越えたところにバス停があり、街に買い出しに行っていました。

近所には、恐い犬もいて、まだ3歳くらいの頃に脚を噛まれたり、蛇の巣が家の近くにあったりと、ワイルドな環境でしたが、私は原因不明の病で人並みの運動ができないという、大いなる矛盾の中で育ったものです。



さて、動物との会話に戻りますが、動物は人間の言葉をいちいち動物の言葉に訳さない。なぜなら、動物は言葉を持ちませんから。その分、感情を読み取ることができるので人間をより理解できる。人間は、動物の鳴き声を無理やり人間の言葉に置き換えるから、さっぱり理解できない。


ですから、動物の鳴き声をどのように理解すれば良いかというと、鳴き声を感じることなんです。人間の言葉に訳さずに鳴き声を感じることができれば、何を欲しているのか理解することができます。


これって、空手を習うことにも大いに役立つことです。教える側と習う側の共通認識がなければ、いくら言葉で説明しても習う側はわかりません。つまり、教えたいことが伝わらないのです。

私の場合は、その人の中に自分の意識を入りこませて他人の意識を感じ取ります。簡単にいうと、その人に乗り移るんです。すると、「この人はこういう意識で動いているのか」ということがよくわかります。

まあ、全員がそれでわかるということはありませんが、ある程度の境地に至った人であれば、乗り移るのは可能です。なぜならば、意識が強いですから、その分感じることが容易なのです。

ですから、素人や幼児なんかは難しいですね。意識が育っていませんから。


長々と書いてしまいましたが、もし家に動物を飼っていたら、動物の感情を感じてみませんか? 言葉も言語としてではなく、感情の表現として発してみてください。動物とより親密になれると思います。
 セオリーの必要性
2013年04月15日 (月) | 編集 |
何年も同じパターンで負け続ける。技術的な課題がいつまで経っても修正できない。

多くの選手がこれで勝てる試合を落し、伸び悩んでいます。

選手の研究が足りないと言ってしまえばそれまでですが、私は空手界にセオリーが存在しないことも大きな問題だと感じます。

例えば、中段突きの踏み込みが浅く、何度突いても届かない。こんな選手に「届かせろ!」と言っても無理です。言われて届くなら、最初から届いているからです。それができないから何度も何度も失敗しているのです。

では、そんな時にどのようなアドバイスをすれば良いか?これが指導者の腕だと思います。

指導者が生徒に何らかのインスピレーションを与えることができれば、問題は解決するのではないでしょうか?

野球などは、ブルペンでのピッチングはよりキレのある球を思ったところに投げるためのアドバイスを受けますが、実際に打者を立てて打ってくるとコース・球種をどのように使って打ち取るかといったことを学びます。
投球の定石というものが存在し、打者心理を巧みについて、裏をかくことをその時に教わるのです。
打者も同様に素振りでスウィングを作り、実際にバッターボックスに立った時は、ピッチャーの配球を読み自分のスウィングができるかどうかが課題です。打者は打者の定石が存在し、いわばピッチャーとバッターの読みあいなのです。

空手は、基本稽古で野球のピッチングやバッティングの仕上げ方に類似した、いやそれよりも体系化されたメニューがありながら、なぜか活かされていないと感じます。

野球であれば、ピッチャーはいかにバッターに自分のスウィングをさせないかが課題であり、バッターはいかに自分のスウィングができるかが課題です。攻撃と守備が別れているので、その点では空手よりも楽です。空手は一人でピッチャーとバッターの一人二役を同時に行わなければいけません。

つまり、相手には自分の空手をさせず、自分は自分の空手をいかに徹底できるかということです。

思うに、自分よりも相手の方が実力が上の場合、何も考えず真っ向から勝負してしまえば負ける確率が高くなりますが、どうにかして相手の実力が10のところを6まで戦闘能力をさげれれば、8の実力で勝てるわけです。

それは、心理的に揺さぶる。技術的に欠点をつく。体力(または体格)的に相手よりも勝っている部分で勝負する等、方法は様々です。
私の場合は、構えと立ち位置で相手の戦闘能力を殺ぐことを最も重視します。

本来であれば、形を正当に学んでいれば、その中にセオリーがぎっしりと詰まっているんですけど、最初から競技として形を学んでしまうとそれができません。形のチャンピオンが一番形を知っているとは限らないのです。

1冊目の本を出した直後であり、2冊目を出そうという話しもまだ出ていませんが、さっそく2冊目を書く用意をしています。
今度は、そのあたりの「こんな時どうする?」といった戦い方中心の内容です。

この内容が日の目を見る時を信じて、少しずつ書き溜めて行きます。
 パラドックス
2013年04月10日 (水) | 編集 |
このたび、チャンプより各地でセミナーを行ってきた内容をまとめ、1冊の本にしました。

題して「競技の達人的パラドックス」です。パラドックスとは逆説であり、これまで定説と考えられてきたものを、正反対からの視点で捉え、新たな展開への第一歩とできれば良いと思い、発刊いたしました。

ぜひとも、ご一読ください。


パラドックス
 子供のサイン
2013年04月08日 (月) | 編集 |
空手を指導していると、いうまでもなくさまざまなタイプの子供を指導しなければなりません。そして、子供のタイプからある程度、家庭内の状況をはかり知ることができます。

例えば、試合後の反省会で、歯がゆい内容の試合でも格下の相手に負けても自分に合格点を付ける生徒は、要注意かもしれません。というのは、こういうタイプの選手は、ふがいない試合をすると家で親にけちょんけちょんに言われている可能性があるからです。
おそらく、長時間言われ続けるので、自分を守るために無意識のうちに自分では反省しないのでしょう。反省すれば親からだけでなく、自分自身も自己を否定することになるわけですから、反省をしないことが自己の精神破壊を免れる方法となっている可能性があります。

面白いことに、反省の弁がない生徒はプレッシャーがかかると萎縮してしまうタイプが多いのです。これも、負けたらまたけちょんけちょんに言われると予想し、思い切って戦うことができなくなるのではないかと思います。
頑張ろうという気持ちと一緒に、常に「負けたらどうしよう」という不安と共に戦っているのだと思います。


また、過度にプレッシャーを受けている子は、幼児化の傾向にある場合があります。これも無意識だと思いますが、プレッシャーがかかると、くだらないことにはしゃいだり、言葉が幼くなったりと精神年齢が下がってしまうのです。
顔つきもポワ~ッとした表情になります。
これも、幼児化することで敗北の際の責任を回避したいというサインではないかと思います。

私が試合前に生徒の表情を観て、「随分と幼い顔をしているなぁ・・・」と思う時がありますが、決まって結果は悪い方に出ます。


意見を訊くと、大人の期待どおりの答えを探すあまり、なかなか言い出せない子は、おそらく自分の意見を言うと親に論破されてしまうのでしょうね。だから、考えた挙句、答えたと思ったら当たり前の答えしか言えない。



いくら教えても、自らそれを試そうとしないが、それを試すように言うとちゃんとできる。でも、言わないとまた試すことがなくなる。これは、指示待ち人間の典型ですから、自立心のない子がこの傾向にあります。親が何でもかんでも面倒を見てしまい、子供はいうことだけを聞いていれば良いのでしょう。



私も自身の指導で反省すべきことが多いのですが、叱られた者が「自分は能力がない」と思わせないよう叱らなければなりません。「やればできるのにやらなかったから叱られたんだ」と思わせることができれば、人間は頑張れると思います。

だったら誉めれば良いのですが、誉められてばかりだと人間というものは気が緩んでしまうのではないかと思います。誉めるにしても、叱るにしても、「やればできるんだ!」ということを忘れずに接しなければいけないと思います。
 些細なところで良くわかる
2013年04月07日 (日) | 編集 |
子供たちと遠征や合宿をしていると、本当に些細なところでその子の器というか、将来の可能性が分かることがあります。

例えば、車の中で寝ている姿です。これから出稽古や試合に行くのに車で移動する時、子供が車の中でどのように過ごすか、これは本性が良く出て面白いものです。
やはり、本番で実力が発揮できる者は、車の中で既に集中が始まっています。寝るにしても、大きな口を開けて股を広げて寝ることはしません。

本番で力を発揮できない生徒を見ていると、車の中の寝姿に共通点があります。緊張感が足りないのです。これは、大事な大会前のしぐさや態度でも同様で、ほんの些細なことでその選手の違いが良く分かります。
本番に強い選手は、試合時間が近づくにつれて徐々に集中力が増してくるのがわかります。選手によっては、それが不可解な単独行動になったり、わがままになったりなんてこともありますが、とにかく、勝ちたいという意思が良く伝わってきます。

いつも本番になると力を発揮できない選手は、逆に試合時間が近づいても、集中が増さず、行動も極めて普通です。



子供の器の判断は、突然インスピレーションのように湧いてくる時もあれば、私なりの独断と偏見の基準を設定して試す時もあります。
例えば、道場に寝泊まりしていて、「ここまでには起きてほしい」という時間を私は勝手に設定します。子供たちに起床時間は伝えません。つまり、起床に関しては自由として子供たちの様子を見ると、適度な緊張感を持っているものと、ダレているものでは起床時間が違うのです。
それも、ほんの10分ほどなのですが、私は「やっぱりな」と思ってしまう。

例えば、本番で必ず実力を発揮できる生徒は8時10分に起きるのが、本番に弱い生徒は8時20分になる。逆にそれよりも早く、7時30分に起きてしまうのもよろしくない。

というのも、

「前日の子供たちの疲れ具合や何時ごろ寝たのかを予め知っておき、私なりに朝何時から練習が始まるので、緊張感が伴っていればここまでには洗面や着替えの用意ができているだろう。それをするには何時に起きていなければ・・・」

なんて計算を私は頭の中でしているのです。これは、早ければ早いほど良いという類いのものではありません。あまり用意が早すぎても練習が始まった時には緊張感が持たず疲れてしまいます。

だから、この10分単位の時間でその子の器を計っているのです。

センスと言っいいのかどうかわかりませんが、ピタリと期待通りに起きて用意をする子供は、ちゃんと今日の行動と明日の予定を頭に入れて、逆算して起床時間を決め、計算通りに行動しているのです。


最近の子は、家での緊張感が足りないから、大事な場面で実力が発揮できない者が多いのではないかと思います。普段緊張していないから大事な場面でかえって萎縮してしまう。
大会の日に寝坊しても親が優しく起こしてくれますし、何をしなくても食卓には朝食が並んでいます。大会会場までは親の車で移動するので、ずっと寝たままで会場に着いてしまう。こんな選手が大事な場面で勝てるはずがありません。



それと、子供のそういった態度でセンスが最もわかるのは挨拶なんです。遠くから互いを確認し近づいてくる。先生に最初に「おはよう」と言われ、あとから「あっ、おはようございます」という子は、総じて本番に弱いです。緊張感が足りない証拠ですから。
だからといって、相手が遠くにいるうちに挨拶をしたらいけない。互いの間合いに入った時にいち早く言えるかどうか、これがポイントなのです。

ですから、自分の生徒だけでなく、全国クラスの大会で他道場の生徒さんに挨拶される時も、その子の間が良いかどうかを知るのが楽しみになっています。


これを考えると、子供が良い選手になれるかどうかは家庭環境に左右される場合が多いと感じますが、じゃあ子供の頃はだらしないと一生ダメなのか、家庭環境だけがその子の将来を決めるのかというとそうではありません。

やはり道場、高校や大学に入ってからの指導者次第でも大きく変わることがあります。



私は、仕事が空手になっちゃっていますから、頻繁に高校や大学にも顔を出させていただいていますが、「えっ!あのだらしないどうしようもなかったやつが随分立派になったものだなぁ・・・」と感心することがよくあります。

環境が変わって、その子の潜在能力がグンと引っ張り出されたのでしょう。面白いもので、人間は人格が向上すると人相が変わります。眼に力がなく口を開けてアホ面していたやつが、生活態度を改めるとキリッとしまった顔になるのです。

他の道場生でも、立派になった生徒を見ると、無性にうれしくなります。
 これからの投げは・・・
2013年04月05日 (金) | 編集 |
最近は、投げが浸透してきたおかげで、選手の腰が随分と強くなってきました。ここまで投げ技が進化してくると、投げられる方も簡単には、崩されなくなってきました。

以前の記事にも書きましたが、投げ技が進化すると掴みはほとんど必要なくなってくると思います。空手本来の崩しである、「掛け」や「挟み」で十分のような気がします。むしろ、掴まない方が投げが決まり易いのではないかと思うのです。

理由は、空手着を掴むことによる遊びの部分です。空手着は、どんなに細いものでも、皮膚と空手着の間には多少の隙間があります。この隙間がくせ者なのです。
というのは、空手着を掴んで、ある方向に力を加えると、皮膚と空手着の隙間によって力が伝わるまで少し時間が空いてしまうのです。
その時間の差で、相手はある方向へ加えた力に対し、対処できてしまう可能性があるのです。

手を掛けるか挟むかすると、空手着と皮膚の間の隙間はほぼゼロになる分、すぐに相手に作用します。ですから、私はあまり相手の空手着を掴むことはしたくありません。

では、腕を直接つかめば良いのでは?という疑問が湧いてくると思いますが、これも私は好みません。腕を掴んでしまうと、十分な力が発揮しにくくなるからです。私は、手を開いて指を張って、掛けるか挟むかした方が力が出ます。
唯一、引き込む場合は掴んでも大丈夫です。

ですから、何でもかんでも掴むのがいけないのではなく、「引き込む以外は手を開いて掛けるか挟む」となるのです。


これからの投げ技は、確実に掴まない方向に向かうはずです。




 思いはうつる
2013年04月02日 (火) | 編集 |
子供は、常に頑張り続けるとは限りません。ふがいない試合をした時などは、指導者も親も選手を叱りたくなります。

実際、私も気持ちの入らない負け方をした時は、叱ります。それも、相当きつい言葉を使ってしまう時が多いです。

俗に、「負けて一番悔しいのは選手本人なのだから、叱ることは良くない」という言い方もされます。しかし、一番悔しい時だからこそ、きつく言った方が良い場合もあります。

このあたりは、選手の心理状況を見ながら判断を下さないといけませんね。私が最も気を遣うのは、家庭環境です。親がガミガミ言うタイプだと、指導者もガミガミ言ってしまうと子供の逃げ場がなくなります。また、夫婦二人ともきついことをいうタイプか、片方はなだめ役になるか、それとも二人とも優しく言うタイプか?

親がガミガミ言いすぎるならば、指導者はガミガミ言うわけにはいきません。親が優しすぎて子供がダレている場合は、指導者は厳しく接しなければいけないでしょう。


これを考えると、生徒一人ひとりが状況が異なるわけですから、同じように誉め、同じように叱ることはできなくなってしまいます。だから、指導者はこういう一人一人の状況に応じた指導を差別と思われないよう、注意すべきだと思います。私なども、随分とそのあたりのところを誤解されたことがありますね。
やはり、多くの人がそうであるように、期待が大きければ大きいほど、その選手には要求が厳しくなりますから。

差別はダメですが、区別はしないと生徒一人一人を最大限に伸ばすことはできません。



さて、前置きはこのくらいにして、今日の本題に入ります。親が子供にどう接するかということは大事ですが、たとえ言葉に出さなくても、親の思いが子供に伝わることがあると思うようになりました。

どういうことかというと、親が「うちの子はダメかもしれない」と思うと、言葉に出さなくても子供は、「自分はダメかもしれない」と思ってしまうものです。

親が、「今はダメかもしれないが、絶対にうちの子は何とかなる!」と思っていると、子供は不思議に頑張るのです。もちろん、言葉に出すのは大切ですが、何も言わなくても親の思いも子供に影響していることが不思議でなりません。

過保護や子供の過大評価はダメですが、子供を信じ続けることは大切だと思います。子供がダメになる時は、親が先に諦めてしまうことが多いなと、30年以上の指導経験で感じます。

だからといって、親が信じ続けても子供が勝てるかどうかはわかりません。というよりも、短期間では無駄に終わることの方が多いでしょうね。
世の中、そんなに甘いものではありませんから、どんなに親が信じて応援しても、ダメなときはダメだと思います。

ところが長い期間でみれば、親がいつも子供の可能性を信じて育て続けているとそうでないのとは雲泥の差が出てくるのではないかと思います。

親はあくまでも強気でポジティヴに考えなければ、育つ子供も育たないということでしょうか。

もしかしたら、今は1回戦負けでも、10年後には全日本王者になっているかもしれません。選手としてはダメかもしれないが、指導者になったとたん王者を次々に育てるかもしれません。空手はダメでも、社会に出て大成功をおさめ社会に貢献しているかもしれません。


私もこの歳になって思うのですが、学校の同級生の今の状況を見ると、当時では絶対に考えられなかったほど出世している者が結構多いのです。「あのアホが・・・」とか、「あのビビりが・・・何で?」なんてやつが山ほどいるのです。