なぜ基本が大切か?
2013年02月20日 (水) | 編集 |
「基本が大切」誰でもどこでもいう言葉です。

私も常に言っています。その理由のひとつを昨日の練習のある会話の中で話しました。

あるトップ選手が、縦拳を使っているというのを聞いて、私が「縦拳の理由を訊いた?」と質問しました。
理由はハッキリわからなかったようですが、その選手がそれで勝っているのであれば、それで良いと思います。

私も縦拳の使い方をセミナーでよくやるので、縦拳のメリットを説明しました。

また、現時点では欧米の選手は、上段は縦拳を使うことはあっても、中段はほぼ100%正拳突きです。これは意図的にそうしているのではなく、中丹田優位の突き方では正拳の方が突きやすいのです。

縦拳のメリット、正拳のメリット双方を把握した上で使い分けることができれば良いのですが、まずは頭で理解しなければなりません。
頭で理解したら、実際にやってみるのですが、その時に基本ができていないと技の応用・変化が効かないのです。

「だから、組手をガンガンやれば組手で勝てるし、形をひたすらやれば形で勝てる。けれど、小中学生のうちはそこまでして勝ちにはいかない。子供のうちに勝ちに行けば行くほど、将来の伸びしろを少なくしてしまうから。」
という話をしました。

競技で勝つ勝たないは別としても、形はしっかりとやっておいた方が良いですね。

私のセミナーでも、言ってすぐにできるのは組手の選手よりもむしろ形の選手です。基礎と基本がしっかりしているし、その根本である姿勢・呼吸ができているからです。
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 素がわかる遠征
2013年02月19日 (火) | 編集 |
私はよく生徒を車に乗せて遠征をします。その時、車の中で生徒たちがどう過ごすかを観察します。すると空手の練習だけではわからなかったことが見えてきます。


最近は、生徒たちはほぼ全員が携帯を持って、いろいろな機能が付いているので、携帯ばかり見ている者が増えてきました。やはり、他人といる時は、着信やメールの確認のみにして、ずっと携帯電話をいじっていることのないようにしてほしいものです。会話をせずに自分だけの世界に閉じこもっているのはマナー違反です。

会話の内容もそうですが、生徒たちの態度を観ていると、空手の長所短所が私生活から来ていることが面白いほどわかりますね。おそらく空手だけでなく、今後歩んでいく人生でも同じような長所で社会に貢献し、同じような短所で苦い経験をするのでしょう。


最近、私が指導をしていて気になるのが、整列の遅さです。緊張感がないから整列ができない。学校でも徹底的に教えることができないから、こういうところで無駄な時間をドンドン食ってしまいます。
もっと解釈を広げると、メリハリがないんですね。

移動の途中でコンビニに寄ると10分くらい何を買うかボ~ッと考えている生徒が多くなりました。しょっちゅうコンビニに行っていれば、どこで何を扱っているか分かるだろうし、あとは新製品とこれまでのお気に入りを比べてどっちを買おうか選択すれば1~2分でレジに行けるはずです。こういうダラダラしている生徒は、社会に出て効率的に仕事ができない生徒でしょう。

ファストフード店で注文をする時も、並んでいる時はベラベラとおしゃべりをしていて自分の番が回って来てから何を注文するか考える子がいます。待っている間にメニューを決めるということが頭になく、少しでも早くして後ろに並んでいる人を待たせないようにという配慮がないのでしょう。


生徒たちを乗せた後に車の掃除をすると、その子の普段の生活がよく分かります。お菓子をボロボロこぼし、ゴミもそのまま置いていく生徒がいれば、きれいに片付けている生徒もいます。家で汚くしていても何も言われないとどこでも汚して良いと思う人間に育つでしょう。
若者がコンビニ前に座ってカップラーメンを食べ、そのままゴミ箱に捨てずに置いていくのも、まったく親に躾けられなかったか、親が同様のことをしているかのどちらかでしょうね。

全少でも、弁当の残りや飲み物等のゴミを大量に会場に置いていく団体がありましたが、そういうところなどは、指導者がだらしない生活をしているから、保護者や生徒に指導できないのでしょう。


今回の遠征で感心したのは、ある生徒が一切汚さずにシートを使いましたが、注目していると食べている時もこぼさないように配慮し、ちゃんと食べた後にごみを袋に入れてまとめており、休憩の時にゴミ箱に捨てていました。他人のゴミも一緒に捨ててやっていたので、これはご家庭での躾けが行き届いているのだと感心したものです。
その生徒は、会話もみんなに話を振って誰も仲間外れにならないように配慮していた。それが自然にできているんです。

空手の指導者は、空手を一所懸命にやっているかどうかだけで子供の評価をしがちですが、こういう私生活のしっかりしている生徒は、空手の成績は良くなくても、社会に出れば立派に貢献できることでしょう。


だから、親は子供をドンドン外に出してほしいのです。例え子供がだらしなくてもいいのです。他人にも手伝ってもらいながら躾けをして行けば良いのですから。




 無駄が無駄ではない
2013年02月17日 (日) | 編集 |
週末は、某所での合宿に参加しました。各県から強豪選手が集まり練習試合を行い、一緒に宿泊し、生徒たちは大いに刺激を受けたことと思います。

さて、今回印象に残ったことがあります。うちの生徒で怪我のために昨秋から練習がろくにできず、4月に手術を受ける予定の生徒がいます。彼は今回、試合ができないにも関わらず合宿に参加し、空手着を着て他の参加者たちのお手伝いをしていました。
母親も子供は試合ができないのに、ずっと試合を観ていました。

私はこれまでの指導経験で、このような態度の生徒は本番に強いことを知っています。競り合った時、ここ一番で絶対に勝たなければいけない時、こういう生徒は力を発揮するのです。
なぜならば、自分が動けない時でも空手に関わることで、忍耐が養われるからです。

自分はできないにも関わらず、ずっと仲間の試合を観てアドバイスを送り、良い選手を観て参考にする。健康な時よりもこういう時の方が頭への吸収は早いものです。
また、自分ができない悔しさの中で他人の手伝いをすることは、怪我が治った時にはこれまで以上のペースで上達するはずです。


例えば、伸び悩んでいたり、テンションが下がっている時などは、リフレッシュのために空手から離れることもありだと思います。

しかし、自分は試合をできないから出ても仕方ない。単純にこういう理由の者は、いざという時に踏ん張りが効きません。または、あと一歩のところで負け続けることが続きます。やはり、自分の事しか考えられないというのは、周囲からの人望も得られず、結果的に損をしますね。


指導経験が長くなると、試合以外の部分で生徒の評価をする割合が大きくなってきます。今強い弱いは見れば誰でもわかります。しかし、5年後に誰が強くなっているか?20年後に誰が立派に社会に貢献できているか?
これは、空手そのものがうまいか下手かというよりも、空手を習っている過程で、どのような心構えでいるか?どのような振る舞いをするかに注目します。



しかし、子供の心構えも親次第です。親が「できないのなら行っても無駄だから休んじゃいなさい」と言ってしまえば、子供は踏ん張りの効かない子になります。自分の身体は動かなくても、目は他人と同じく見ることができるし、脳みそは他人と同じく考えることができる。
ならば、身体を使えない分、目と脳みそをフルに使えば、他の生徒以上の成果を得られるかもしれないのです。



私は、幼少の頃は極端に身体が弱く、小学校の運動会は3回しか出ていません。後の3回は病気でお休みでした。人並みに運動すると筋肉が硬直する病気にかかっており、体育も見学が多かったものです。

だから、自分ができない惨めさや悔しさは誰よりもわかっているつもりです。まあ、極端に身体が弱かった反動で、将来はスポーツ選手になることが夢で、その延長で今は空手で生活しているのだと思います。
しかし、多くの選手の動きを見ただけで特徴を把握でき、対策を練ったりできるのも、身体が弱かったおかげで子供の頃に人並みに運動ができず、来る日も来る日も見取り稽古をしてたことが大きく影響していることは確かだと思います。

世の中、何が得して何が損をするかわからないものです。もしも、私が人並み以上に丈夫な身体を持って、子供の頃から病気もしないで育っていたら、今のような分析力は身に付いていないかったはずですから。


先の生徒に話が戻りますが、自分ができなくても参加して仲間の手伝いをしている姿を見れば、指導者であれば「治ったら絶対に勝たせてやる」と思うでしょう。

だから、ここに書いたことを考えれば、彼が今回の参加者の中で一番成果を得たと言っても良いのではないかと思います。「でるだけ金の無駄だ」と思わず、子供を参加させたご両親も立派だと思います。

こういうことの積み重ねが将来の大きな財産になっていくのです。
 調整力
2013年02月15日 (金) | 編集 |
なぜか、最近は技術のことを書くとアクセスが減って、教育論を書くと飛躍的にアクセスが伸びます。
しかし、私の分野はあくまでも技術なので、久々に技術のことを書こうと思います。


最近の稽古は、形や組手といった明らかな空手ではなく、変な体操やバランス感覚を養うエクササイズだったり、インナーマッスルを鍛える鍛錬だったりと、マニアックになっています。
昔、香港映画で観たような、一見非科学的なものに非常に似てきたようです。


その中で、もっとも私が重視するのは調整力です。単に力んで鍛錬を行えば、空手にとってマイナスになることがあります。
細かい筋肉を1本1本鍛えるには、不安定な状況を作り出し、その中で動けばよいのです。

写真は、一例ですが蹴りも両足を丸太に乗った状態で行いました。まず、乗るだけでもそうとうに難度が高いのですが、そこで片足になりかつ足を高く上げるので、少しでも気を緩めれば落ちてしまいます。

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 10勝よりも1敗が大事
2013年02月13日 (水) | 編集 |
当道場は、どうも練習試合の数が他と比べて少ないと思います。

今日は、練習試合を生徒たちがしていて何が大事かということを書いてみます。

ある生徒が10勝したが、1度だけ負けたとします。その場合、どうやって10回勝ったかということよりもなぜ1回負けたのかを10倍深く考えることが大事だと思います。

決して、悲観的になれと言っているのではありません。勝つ時は自分の組手ができている時ですから、普段の練習の成果が出ているわけです。だから、問題は少ないはずです。

でも、選手というのは一流になっても、負けパターンというのが決まっています。

うちの選手でも、ある子は距離を取られると弱い子がいます。スピードで負ける場合が多いので、自分の届かない距離に相手がいるとどうしても自分の組手ができません。そこをどうやって自分の勝ちパターンに持って行けるか?これを工夫することが、その子が確実にトーナメントを勝ち上がれる方法です。

また、ある子は相手に詰められると少し距離を取りたいので後ろに下がります。下がった時は9割以上の確率で技が交錯した時に相手のポイントになっています。逆に自分から間を詰めた時は相手の突きが潰され、ポイントになることがほとんどありません。


まずは、この事実を知ることが大事です。次に、どうしたら後ろに下がらずに常に間を詰めることができるかを工夫します。
しかし、時には後ろに下がらなければならない場合もあります。その時に、どうすればポイントを取られず逆に自分が取ることができるか?ここまで考えることができればその子はいずれ安定して勝てるようになると思います。



私も指導者ですから、期待する子には厳しい意見を言ってしまいます。10勝1敗であっても、「10勝したから今日は良かったね。」とはいかないのです。

後ろに下がって1ポイント差で負けてしまうのがその子の負けパターンの場合、事態は深刻です。気持ちの弱さがもろにでているからです。

逆に、常に前に出ているがスピードで負けている、技術が劣っている場合は、時間の問題でその子は確実に勝てるようになります。後は技術的なアドバイスで良いからです。


前半は競っているが、ある時点で一方的に引き離されてしまう。これもメンタル面の問題が大ですから深刻ですね。



私は、自分も見学できる時には親に実況解説をしています。

「ほら、少し後ろに下がったでしょう。すぐに上段を突かれて失点しますよ。」

「今度は取り返そうと前に出ていますから相手の突きが潰れてポイントになりません。」

「ここで、中段を突ければ楽に試合が進めることができるんですけど、あの距離では中段は届きません。」

「上段ばかり突いているから、相手は楽にダッキングして避けてしまうんです。一度中段を突けば流れが変わりますが、まだ彼の中段ではカウンターを取られてしまう。それを彼もわかっているから突けないのでしょうね。でも、彼は理解できているから練習で中段のパターンを練習しています。時間はかかりますが、いずれ克服できます。」

等、あとは親が子供にどう伝えるかでしょう。

一方的に

「先生がこう言っていたぞ。なんでお前はできないんだ?

なんて言ってしまえば、子供は思考を停止させるでしょう。親は、噛んで含むように子供に伝えればいいのです。一方的に言いまくるのではなく、子供にも意見を言わせながら伝えればその子はいずれ良くなると思います。
 ある会話
2013年02月11日 (月) | 編集 |
本日、ある高校に生徒たちを引率して行ってきました。
ここの先生は、私が最も教師として尊敬する先生です。

午前の部は、いくつかの体操から始まりましたが、小中学生がやった後、保護者や指導者たちにもやらせました。子供たちを座らせ、親や先生がやるのを見せていましたが、実は先生は親にさせてみて、親の資質を見ていたのだと思います。
ここで、出来る出来ないにかかわらず楽しんで親がやれば、その子共をほしいと思うでしょう。親が中途半端にやれば、子供もそれを真似します。

小中学生が7~80名はいたでしょうか?ですから、先生は親と子供の顔と名前が一致しているわけではありませんが、親子が何度か練習に来てくれるうちに顔と名前が一致してきます。その時に、親子を総合的に観て判断を下すのでしょう。

子供と同時に親も観る・・・さすがです。


午前中の後半には、私が指導をするようご使命を受け、ちょっとだけさせていただきました。午後の練習試合は審判をして2時半くらいに終わりましたが、子供のどこをみて「うちにほしい!」と思うか、よく分かります。

1、表情が生き生きとしている事
 死んだような表情をしている子よりも、下手でもいいから顔が生き生きとしている子は良いですね。例え空手が下手くそでも、「この子をうちにほしい」と思わせます。

2、最後まで力を抜かない
 先輩の胸を借り、押し合いをしましたが、最後まで力を抜かずに押し切る子は試合も最後まで諦めないでしょう。やはり、意思の強さ。弱さが最後の瞬間にわかります。

3、身体を目いっぱい使う
 体操の時、押し合い、基本を通じ、身体を目いっぱい使っている子は、魅力があります。おそらく、思考がポジティブだから、身体の使い方も大きくなるのでしょう。卑屈な子は、手足が伸びず、胸を開くことができません。

4、自ら前に出る
 「先輩の前に立って」と言われ、あとの方から出る子よりも、スッと前に立てる子は良いですね。

5、試合の時に、相手のエリアで試合をする
 「はじめ!」の声と共に間を詰めて、試合の大半の時間を相手方のエリアで戦える子はいずれ勝てるようになります。間を取ろうとして必ず下がる習慣が付いた子がいますが、こういう子は感の良さに頼った組手をするので、最初はリードできても、後半に逆転されてしまいます。
 自分のエリアで試合をする子は、気持ちの弱い子です。何でもかんでも前に出ろとは言いませんが、やはり間を詰めて前に前にという気持ちは基本中の基本です。

6、自ら手を挙げて試合をする
 後半になり何試合もやって疲れてきた時、誰も立たない時に自分からメンホーをかぶって何試合もできる積極性は高評価です。何試合かして「もういいや」と後は座っているだけの生徒はほしいとは思いません。

7、強い相手の反対側に行く
 自分の側に強い子がいても対戦することはできません。その子と試合をするために反対側に移る生徒は「買い」ですね。向上心があれば自ずとそうなると思います。


と、ざっと私の感想を書いてみましたが、今日のタイトルのある会話を、練習終了後に先生としました。


私「試合を観てると、相手のエリアで戦っている生徒は今は例え勝てなくてもいずれ勝つ可能性が高いですね。それが良く分かりました。」

先生「そうなんです。そういう子は中学の時に1回戦2回戦負けでも、高校になって勝てるようになります。」

私「午前中に先生が保護者に体操をさせましたが、あれで保護者を観ていらっしゃるのだと分かりました。親の態度を観ても、子供の可能性がよく分かりますね。」

先生「子供が強いうちは夫婦で来るが、勝てなくなると片方だけになり、いずれ両親とも来なくなってしまう家庭があります。練習だって、親がずっと観ていて叱るのは子供も納得するでしょうが、すぐに外にタバコを吸いに行ってなかなか帰ってこないのに、負けたからと言って子供を叱ったら、子供は納得しませんよ。」

という内容でした。

子供が負けると、原因を的確に理解し、どこをどうすれば良いかを考えている親。
子供が負けると、感情で叱ってしまうが親自身も具体的にどうしたら良いか全くわかっていない親。

上の段のような親の子供は、自分なりに考えて試合をしています。
下の段のような親の子供は、何度も同じ技、同じパターンで失点し、それを延々と繰り返しています。

まさに「子は親の鏡」です。


「なんで、うちの子はこんなに考えないんでしょう?」と思ったら、ご自分の胸に手を当てて考えてみましょう。技術は指導者でも親でも簡単にアドバイスできます。
でも、精神的なものは口で言ってわかるものではありません。家庭環境・道場環境を変えなければ子供は変わらないのです。

 親は謝る姿を見せなさい
2013年02月10日 (日) | 編集 |
最近、何カ所かで子供が何かやってしまった時に、目撃者がいるのに親が「うちの子はやっていないと言っています。」と庇うのをを見たり聞いたりすることが多くなってきました。

確かに、何でもかんでも言われたら無条件で「うちの子が悪いです」と認めろとは言いません。


しかし、目撃者がいるのに「僕はやっていない」と子供が言うのであれば、もう少し慎重に真実を追求しなければいけません。
落ち着いて、本人がプレッシャーを感じないように話を聞いてみる、目撃者の話を聞いてみる等、出来るだけ客観的に真実を探り出すことが大切かと思います。

親がなんでもかんでも「うちの子がやりました」と我が子のせいにすれば、子供は心を閉ざします。しかし、何でもかんでも子供を庇おうとすれば、子供は嘘を平気でつくようになります。

子供に真実を言ってほしければ、または子供に態度を改めてもらいたければ、親の謝る姿を我が子に見せることが最も効果的です。
逆に、態度を悪化させたければ、親が他人と喧嘩するところを我が子に見せれば良いのです。

我が子が他人に叱られて親が憮然とすれば、子供はいつまでも態度を改めません。いずれ子供は親が叱った時に憮然とするでしょう。
親が我が子のことで謝れば子供にとってそれが一番堪えます。




実は、昨日コンビニに昼食を買いに行った時、中学生と思われる少年が、買ったカップラーメンにお湯を入れたところ、お湯が温かったと文句を言いに来ました。その態度を見ていると、この子はどういう育ち方をしてきたのだろうと疑問に思いました。


40~50代の店長と思われる人が、「すみませんでした。ただいま新しい製品と取り換えます」と言っているのに、ブツブツと「冗談じゃねぇよ。」「ふざけんなよ」「なんだよこれ・・・」と文句を言い続けていました。
挙句の果てに「もう、食べたくないので金を返して」と言い、返金を要求しましたが、あまりの酷い態度に、返金の時に何か文句を言うのであれば私はその子に説教をしようとしばらく店を出ずに観ていたほどです。


おそらく、この子の親は周囲の批判ばかりで、感謝の気持ちが全くない人なのではないかと勝手な想像をしてしまいました。


盲目的に我が子ばかりを庇って他人を批判ばかりすると、彼のような他人に対し失礼な少年に育ってしまいます。



私は、体罰は基本的にない方が良いと思っていますが、現在のように教師の体罰ばかりが表面化され、学校内での生徒の非礼な態度はまったくトピックに上がらないのもおかしいと思っています。

年間、何人の教師がストレスから休職または退職に追い込まれているかご存知ですか?
どれだけ多くの教師が生徒にどれだけ非人間的に扱われているか親は知るべきです。


我が子を守ることも大切ですが、真実を隠すことが守ることにはなりません。ですから、他人に迷惑をかけた時には、親が「すみません」と謝罪する姿を見せてください。結果的にそれが子供を守る最高の手段だと思うのです。


我が子が他人に叱られたら、「うちの子に余計なことを言わないで」と思うか、「叱っていただいてありがとうございます。」と思うか、この差は大きいですよ。
 触感
2013年02月07日 (木) | 編集 |
今日は、投げの練習に多くの時間を割きました。相手を力任せに崩すのではなく、どうすれば不安定な状態に陥れることができるか?そこが問題なのです。

また、足の位置も大きく影響しています。足の位置をほんの数センチ変えるだけで、何分の一かの力で相手を崩すことができる。やってみせるとすぐに会得できる生徒と、何度やってもできない生徒。それは、相手に触れた時の感覚に左右されると思います。振れた時に、相手の力を察知し、どの方向に崩せばよいか感覚で分かることが大切ではないかと思っています。

ほんの少し、力を加える角度を変える。それも相手に気づかれないように。すると、面白いように相手はこけてくれます。
今日やったのは、わざわざ遠くから稽古に来てくれている学生がいたので、先日某県で行ったセミナーよりも一つ先の内容を行いました。
空手の投げは、掴まなくても大丈夫だし、だんだん慣れてくると手で掛ける事も必要なくなります。それには、ある秘密の立ち方があります。この立ち方が出来ると、本当に触れただけで投げることができるようになります。


それは、後日写真でアップします。

さて、突きも蹴りも崩しも、私が基本としているのは力を加える角度です。これさえ分かれば、あとは応用するだけでほとんどの技を掛けることができます。

写真は、人差し指1本で、3人がかりで押してきたのに押し勝つというものです。3人がかりで押されて、まともに押し返せば一瞬で負けるような場合でも、足をほんの数センチ動かしただけで指1本で簡単に押し勝つことができます。

足を動かしても、私の力は少し強くなっただけで、3人にまともに押し勝つほど力は増大しません。そんな力を出せば、指1本で押しているのですから、指が折れてしまいます。
そうではなく、角度をほんの数度変えるだけで、3人がかりで押してきても相手がまったく力が入らない状態にするから、指1本の力で十分なのです。

一見不思議に感じるかもしれませんが、力学的に理解すれば簡単にできると思います。


今回のセミナーは大柄な参加者が多かったので、実験台には困りませんでした。(笑


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 続ける事が一番!
2013年02月04日 (月) | 編集 |
昨年末をもって、九州の某県に引っ越した兄妹のお母さんから、所属道場が決まったと連絡がありました。写真も送られてきましたが、本当に元気そうで安心しました。

過去に私の生徒が他所に引っ越して行った例は多くありますが、何よりもうれしいのは、新しい土地で空手の道場を探して空手を続けてくれる生徒が多いことです。

この子たちは、他の生徒の面倒をよく見てくれてクラスのリーダー的存在だったので、いなくなってさびしくなりましたが、引っ越してまでも空手を続けてくれることに感謝しています。

これまでも、私がセミナーで行った際に、引っ越した生徒が空手を続けてくれていて、セミナーに参加してくれたこともあります。

普通に考えれば、空手は決して面白いものではありません。野球やサッカーなんて練習自体が面白い。でも、空手の基本が面白いと思う人はいないでしょう。


「じゃあ、なんであんたは空手を続けているの?」と訊かれたら、「空手の楽しさが分かっているから」と私なら答えます。

空手って、面白いものなんです。日々発見の連続だし、ちょっと体の使い方を変えただけで、何倍もの威力が出る。自分の身体で直接いろいろな効果が実感できる。


子供たちが空手が楽しいというのと、私のように年齢が行って空手が楽しいというのは違うと思いますが、やはり空手をできるだけ多くの人に好きになってもらいたい。


だから、こうやって、私の下を離れても空手を続けてくれることが何よりもうれしいのです。

高校に進学しても空手を続けてくれる。転居しても空手を続けてくれる。

指導者としての一番の喜びは、こういう生徒を持てたことではないかと思います。拓磨 理紗

 空手の投げ
2013年02月03日 (日) | 編集 |
昨日の某所のセミナーでは、午前と午後に一般の部、最後に指導者の部と3部構成でセミナーを行いました。わざわざ他県から4時間かけて参加してくれた人たちもいる。本当にありがたい事です。


指導者の部では、形に含まれる投げを中心に行いました。私は、柔道や合気道を習ったことがないので、そちら方面の投げはど素人です。

誤解を承知で、空手の投げと柔道の投げの違いを私なりに言わせてもらえば、空手の投げは掴まなくても投げることができることではないかと思っています。触れただけで投げが可能ということです。

例えば、相手を崩す時に最初に掴んでしまうと、空手の投げはうまく行かないことが多いです。では、掛けたり引っかけたりするのかというと、私の感覚では「挟む」という方がふさわしい気がします。ある方向から力を加えると、人は動きが大幅に制限される。だから、わざわざつかむ必要がないのです。

これだけは、実際にやってみないと何のことかわからないと思いますが、肘と膝を殺しておけば相手を崩すのは簡単です。
その時に、前回の記事で書いた「どの部分を意識して技をかけるか」ということが大切だと思っています。


また、ある投げの時に使っていない方の掌を上を向けているか下を向けているかで、効き具合が大きく違ってくる。相手に接していない掌の向きや、手を握っているか開いているかで、技のかかりが異なるのです。

これを経絡で説明すれば良いのか?力学で説明すれば良いのか?専門知識のない私にはわかりませんが、効くか効かないかを見せることは可能です。



また、私のセミナーでのトリックも少々ばらしました。
まず、「思い切り踏ん張ってくださいね。」と言い、抵抗させます。私が力いっぱい投げようとしても相手はまったく動きません。しかし、次は相手を踏ん張らせたまま、人差し指1本で相手を投げてしまうというものです。

思い切り踏ん張っている人が指1本で投げられるので、皆さん不思議に思ったかもしれませんが、種明かしをすると相手が踏ん張ったから指1本で投げることができたのです。

どういうことかといえば、人間はある力の方向に対して踏ん張ることはできますが、360度すべての方向に同時に踏ん張ることはできません。そこで、予め私が力いっぱいある方向に相手を踏ん張らせ、次に微妙に角度を変えると、相手は力の方向を誤り、指1本分の力で簡単に崩れるというものです。

だから、最初に相手を踏ん張らせ、「この人はこんなに強いでしょう。」と見せていることが種だったのです。かえってフニャフニャにされた方が技が効かないのです。


また、体格の良い人3人と私で胸に手を当てて押し合いをするというのも、同様のトリックです。まずまともに力対力で押し合いをすると、私が簡単に押し負けます。そりゃ3人の大人を相手に勝てるものではありません。

次に、後ろ足をほんの数センチ動かして押し合いをすると、私は人差し指1本で簡単に3人の大人に押し勝つというものですが、これも相手の錯覚を利用するるので、何人とやっても指1本で押し勝てるのです。


これを実戦で王者を指1本で倒せと言われてもできませんけどね。


ただ、技の原理原則や意味を説明するにはこうやって一つ一つ検証することも大切ではないかと思います。



空手って本当に凄いと思います。立ち方や受け・突きに信じられないような秘密が隠されている。それを見つけることはとても楽しく感じます。
また、それを競技に活かす、その体系付を行うことが私の空手界での役割ではないかと思っています。