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 引き際
2012年12月31日 (月) | 編集 |
松井選手が引退を決断しました。どの世界でも、自分のプレイに納得がいかなくなったら、サッと引く選手がいれば、身体と気力が続く限りいつまでもプレイを続ける選手がいます。

松井選手などは、日本に戻ってくればまだまだ十分にどのチームでも4番を打てたのではないかと思います。しかし、彼の美学ではそれは許されない事だったと思います。
メジャーに挑戦すると決めた時から、メジャーに骨をうずめる覚悟でアメリカに渡ったはずです。だから、メジャーでできなくなったから日本でという選択は、彼の頭に中にはなかったのでしょう。

王貞治さんなどもこのタイプでしょう。引退当時でも十分に30本塁打を打つ力がありました。しかし、自分で納得のいくバッティングができないまま現役を続けることは許せなかったのでしょう。

格闘技では、魔裟斗線選手が印象に残っています。あんなにカッコ良く戦い、カッコ良く引いた選手は珍しいでしょうね。



反面、あくまでも現役にこだわり続ける選手がいます。Jリーグの三浦和良選手や今年引退してしまいましたがゴン中山選手がその典型でしょう。

ボクシングでもそうです。ピークの時に、強いうちに引退をする選手がいれば、ボロボロになるまで戦い続ける選手がいます。


私は個人的には、肉体が続く限り戦い続ける選手に共感を覚えます。だから、それまで得た名声にこだわらず、老いてもボールを追い続ける三浦和良選手を最高にカッコいいと思います。


その昔、私がもっとも憧れていたのは、ボクシングの輪島功一選手でした。壮絶なKOで王座から転落し、その相手に完璧なリベンジをはたし、王者に返り咲きました。それも2度もやってのけたのです。

最後の試合は、さすがにもうボクシングをやれるようなコンディションになく惨めな負け方をしたが、その姿を最高にカッコいいと思いました。

今では、辰吉丈一郎選手がまだ引退をしていません。海外でもロベルト・デュラン選手がいつまでも現役を続けていました。彼らは常識で考えたら大アホです。

でも、自分を信じて黙々とトレーニングを続ける姿を見ると無性にカッコよく思えるのです。でも辰吉選手の場合、それを許している奥さんが一番偉いと思います。


きれいな引き際を選択し、サッと現役を去る選手。
全盛時の面影が消え、もう輝くこともなくなってもひたすら現役にこだわる選手。

来年も様々な引退劇があるのいでしょうね。
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 覚醒
2012年12月29日 (土) | 編集 |
昨日で、今年の全日程が終了しました。最後は3日間の形のセミナーでした。最近の子供は覚えが極端に悪くなっています。

私が海外に出た27年前は、バブルの直前で某首相が「日本は知的水準世界一」と発言し、問題になっている頃でした。確かに、あの頃は学力は日本が世界一だったかもしれません。

当時は、一つの形を覚えるのに順番だけならば1回の稽古で十分だったように思います。私は当時から子供を指導していましたが、何度教えても覚えられない子はいなかったように思います。
そして、海外に出ると子供たちの覚えが悪く、イライラしたものです。

でも最近思うのは、海外どこに行っても子供たちの学習能力は日本の子供よりもはるかに上だと痛感します。いつの間にか、日本は海外に後れを取っていたのです。


今入門してくる子は、小学生になっても右と左がわからない子が必ずいます。中学年になってもズボンの紐を結べない子がいます。

案の定、3日間初心者の形を集中的に教えても全く覚えられなかった子がいました。というよりも、覚えた子の方が少なかったです。


私の勝手な推測ですが、なぜ子供が物を覚えず、自分で何もできないのかといえば、生まれた時から生活の中で刺激が極端に足りないからだと思っています。
エアコンの効いた部屋で1年中快適な温度で過ごし、おしめも吸収が良くて不快感がない。お腹が空けば冷蔵庫には食べ物が揃っている。
お小遣いも毎月もらえ、なんでもほしいものは買える。

つまり、自己主張をする機会が全くなく、知恵を絞る機会も全くない。家を出ても外に怖い大人はいない。というよりも、外で遊ぶことがなくなった。

この環境で、「知恵を育てろ」「周囲に気を配れ」と言っても無理ではないかと思います。



でも、このように物覚えが悪く、自分では何もできない子は、能力がないのかといえばそんなことはないのです。
まだ、脳にスウィッチが入っておらず、十分に機能していない状態だと思うのです。
脳にスウィッチが入り、覚醒さえすれば本来持っている能力が発揮されるはずです。

白帯の子で、何を言っても自分が言われていると思わず、目の前で話しかけてもボ~ッとして気づかない子がいます。
みんなが突きをしている時に、自分だけ受けをしていて気づかない子がいます。
右と左がみんなと違っていても、全然気づかない子がいます。

そんな子でも、空手を続けてさえくれれば、絶対にどこかの時点で脳が覚醒するはずです。


私は、時々キックミットを「パン!」と叩いてビックリさせることがあります。ボ~ッとして耳に音が入らない状態では、いくらこちらが必死に教えても耳で音が遮断されているわけですから絶対脳には届きません。そんな時は、ショックを与えるのも一つの方法だと思います。

事実、白帯の時はボ~ッとしていて、「この子は日本語を理解しているのかな?」と疑問に持っていた子が、今では立派に後輩の面倒を見ている生徒がいます。
白帯から黒帯まで、順番に形でも組手でもさせてみると、技が上に行くにしたがい上達しているのは当たり前ですが、何よりも整列が早い。ダラダラと動くものがいません。そして、「始め!」の号令でいっきに集中がMAXになります。

同じ練習時間でも、白帯と黒帯では何倍も密度が違ってくるのです。


ですから、出来ない子ほど空手をさせてもらいたいのです。物覚えが悪い子ほど空手をさせてもらいたいのです。他の子はできるのに自分の子はできない。それを見ている親は確かに不愉快でしょう。
でも、脳が覚醒さえすれば、絶対にそれまでの遅れをいっきに取り戻し、もしかしたら1番になれるかもしれないのです。
だから、親は絶対に我慢してほしいと思います。

「うちの子は素質がないので・・・」と辞めさせることはしてもらいたくありません。素質で差がつくのは、子供うちだけです。

脳だけでなく、肉体的にも子供の時の序列と大人になってからの序列は大きく異なります。子供の時に天才と言われた子でも大人になれば凡人になっていた。子供の時にドンくさいと言われた子でも、大人になったらチャンピオンになっていた。そんな話はそこらへんにごろごろ転がっています。

だから、親は我慢が大切です。出来ない子供に切れることなく子供が伸びることができる環境を探したら根気よく居続ける事が大切です。

そんなことを考えながら今年最後の指導をやっていました。
 本当の基本とは?
2012年12月26日 (水) | 編集 |
連休中は、某合宿に参加しました。ここは、選考会もあり参加者をランク分けします。私も選考委員を毎回させていただいています。

で、最近思うことがあります。形は飛躍的に低年齢のうちからうまくなっている。しかし、何か足りない。
組手も、低年齢のうちから様々な技が出て、水準は上がっている。でも、何か足りない。

そんな気持ちで観ていました。

それは、基本とは何かという部分です。形が良くてビシッと決まっていれば、当然点数は高くなります。でも、その時に全身を使って技を出しているのか、腕だけで受けや突きを出しているのか?そこが問題なのです。
特に肩甲骨が使えていませんね。

組手ではそれが顕著に表れます。肩甲骨が使えていればもっと遠くを突けるし、蹴りも流れの中で効果的に出せる。
では、なぜ肩甲骨が使えていないか?それは基本が身に付いていないことが大きな要因です。みんな引手が甘いです。引手をしっかりとできていれば、肩甲骨は自由に動かすことができるはずです。

また、組手の構えの時の姿勢が悪い。まあ普段の生活でも姿勢の悪い子が多いのですが、空手で基本をしっかりとやっていれば、姿勢も良くなるはずなんです。

最終日の練習では、カニステップをしましたが、カニステップを使いこなすには姿勢が悪いのは致命的です。某強豪大学の監督も一緒に選考を行っていましたが、やはり見るのはそこでした。当然、今の子たちが大学生になった時にどこまで強くなっているだろうか?それを考えながら選考していたはずです。

例えば、自分から中段を突く時に、上体を揺らして入れば相手に簡単に反応されてしまいます。脇が空けばその分弱くなるし、やはり相手に反応されてカウンターをもらいやすくなります。

そういう点をしっかりとできるようにするのが、「基本」というものではないかと思いました。
 構え
2012年12月22日 (土) | 編集 |
前回、私は構えただけで勝負は8割方分かると書きました。姿勢もそうですが、双方の構えと攻撃パターンを比較すると、その選手の技がポイントになるかどうか、なりにくいならばどうすれば良いか等、すぐに分かるからです。

例えば、今大会染谷香予選手は神がかり的な強さを見せました。初戦から決勝戦までほぼ圧勝だったのです。決して相手選手が弱かったわけではありません。むしろ、実績では上の選手が何人もいました。

染谷選手の決勝戦の相手は、一見苦手なタイプでした。鍵は、相手の左のガードをどうやって崩すかにかかっていました。左を崩せれば今大会絶好調のツーステップでの攻撃が決まりますが、ガードを崩せないとカウンターでやられてしまうだろうという予想をしていました。

ところが、染谷選手は物凄い集中力で、その問題をあっさり解決しました。それは、空手の理想ともいえるもので、私は個人的に「これができれば一流、出来なければ二流」と選手を分けるほど、重要なことを彼女はしっかりと実践していたと言えます。

それは、相手が攻めようとした時に、自分が攻めるという、書けば単純ですが実際に行うのは難しい事です。それをほぼすべてのポイントは、相手が攻撃を仕掛けた時に自分から飛び込んでいってものでした。

構から、私は相手の選手は刻み突きを切り札に使ってくるだろうと、試合開始早々に感じました。焦って攻撃を仕掛ければ、刻み突きの餌食になっていたはずです。
ところが、染谷選手は逆に、相手が突いた時に自分も飛び込んでいたのです。最初のポイントは、刻み突きの相打ちだったと思いますが、染谷選手の方が若干集中力に勝っていたため、早く決まりました。その後は、相手の刻み突きに合わせて中段突き、蹴りに合わせて上段突きと、動けばことごとくポイントを奪いました。

その集中力と勇気には、恐れ入りました。


さてもう一つ、間合いで印象的だったのは、遠山選手が韓国選手とやった試合です。前半はこう着状態でしたが、相手の裏回し蹴りが決まると韓国選手のペースになり、最後も二度目の上段蹴りを浴びて敗れました。この選手は永木選手とも1勝1敗の五分の選手で、見た目はそれほどでもないのですが、実際にやると強い選手です。
この試合、上段蹴りが勝敗を分けたように思えるかもしれませんが、実はそうではありません。上段蹴りを食らうまでの伏線があるのです。

相手選手は右構えですから、遠山選手とは右同士となります。彼の右の手が、ちょうど遠山選手が中段を突けないところにあり、あの右手を何とかしない限り飛び込むことができませんでした。
せめて左右に振ったり、右手を触ったり、上段を突くふりをして中段を突く、蹴りを入れる等していれば、遠山選手のスピードで十分に勝つことができたのではないかと思いました。

相手選手は、時々スウィッチしたりして相手を振っていましたが、やはり日本ではスウィッチするという習慣がなく、またスウィッチによってどのような効果があるかも研究されていないので、スウィッチしている選手はほとんどいませんでした。
このように、構えた瞬間に自分が不利な状態にある時、どのように相手を崩していくかを考えることも、今後勝っていく上で重要になると思います。
 姿勢
2012年12月20日 (木) | 編集 |
今回は、選手の姿勢についてです。

荒賀選手が、真横に構えを変えたために上体が起き、これまではつま先に重心がかかり過ぎていたのが、かかとにかかるようになり、安定した試合運びが出来たことは昨日述べました。

反面、小林実希選手は逆に今年に入ってつま先に重心がかかり過ぎているように感じました。世界大会の時も、それが不安材料でした。
ただし、戦いというのは、相手との相対関係で成り立ちますから、それが影響してしまう場合と、さほど影響しない場合があります。

個人戦で敗れたフラン人選手との戦いで、私は開始数秒で、「この試合、やばいな!」と何度も言ってしまいました。というのも、この試合の相手選手との間合いだと、つま先に重心がかかりすぎているために突きが届かないと思ったのです。上体も前傾気味だったのが気になりました。
それは、団体戦準決勝戦の対クロアチア戦でも同じでした。クロアチアは、日本戦の時にオーダーを変えてきました。それまでのオーダーであれば、日本に分があったように思えたのですが、試合開始前に並んだ時、オーダーが替わっているのを見て、「やばいな、大将戦まで持って来れれば日本に分があるけれど、この組み合わせだと先鋒と次鋒の相性が悪いですよ。」と隣の某先生にぼやいていました。案の定、前二人で勝負が決まってしまったのです。

クロアチアも個人戦でメダルを獲っている強豪国ですが、両者を比較すると私は地力では日本の方が上ではないかと思いました。日本は、先鋒と次鋒は固定で大将だけ変えていましたが、クロアチアはそこをしっかりと見ていたんですね。

それでも、選手の身体の状態や現在の調子を把握してバランスを修正できれば、ストレートで負けた試合でも大差で勝てるようになります。今回のメンバーであれば、優勝も十分に狙えたのではないでしょうか。

小林選手の場合も、つま先に重心が寄りすぎたために上体が前傾気味でしたから、本人も決して調子が良いとは思っていなかったはずです。
とはいっても、人間の身体は生ものです。3位決定戦の時は圧倒的な強さを見せ、一方的に勝負を決めましたが、やはりその時も私は試合開始早々、両者が手を出す前に「この試合、大丈夫です!」と隣の先生に言っていました。それほど、姿勢が良くなっていたのです。個人戦と団体戦で日本チームのエースとして何試合もするうちに、本来の姿勢が戻っていたものと思われます。
3位決定戦の強さは異常なほどでしたね。優勝した選手よりも全然強かったと思います。

両者が構えた瞬間に、8割方勝負は決しているます。あとの2割は不確定要素が入るので、勝敗が変わる場合があります。不確定要素によって流れが変わってしまう場合が時々ありますが、そんな時は不利な相手が勝ってしまうこともあります。

今回は、姿勢について簡単に語ってみましたが、次回は構えについて語ります。
 分析
2012年12月19日 (水) | 編集 |
さて、随分と落ち着いたところで、世界大会の事でもボチボチ書いてみようと思います。

日本人選手は、本当に強かった!順位のかかった3位決定戦と決勝戦では10勝1敗、その10勝全部が圧勝でした。唯一、負けた荒賀選手にしても、相手が地元のフランス人選手でなければ、十分に優勝を狙えたでしょう。

しかし、こんなに良い方向に何でもかんでも進んでしまうなんてことは何十回に一度あるかないかだと思います。

時には、やることなすことすべて裏目に出る時もあります。また、2年後の大会には、各国も本気になって強化に取り組みますから、油断は大敵です。

さて、今回はさらにメダルを獲得するためにはどうすれば良いかを少々書いてみたいと思います。結局は、勢いだけに頼らず、分析を徹底して確実に勝利するための手段を考えていくべきだと思います。

気になったことを少しずつ書いてみたいと思います。

1、カテゴリー2を利用する
 今大会で、カテゴリー2の累積で負けた選手が目立ちました。決勝戦でなんと二人も負けてしまったのです。小林選手もフランスの選手に負けて、次の試合でフランスの選手が一方的に負けていましたが、何と勝っていた選手にカテゴリー2の反則が課せられ、奇跡的に敗者復活戦に回ることができました。
 まだまだ、ルールの研究はどこの国も本格的に行っていないと感じましたが、もし日本が各国に先んじて、ルールの研究を行えば、勝利が確実になるような気がします。
 特に思ったのは、-60㎏の荒賀慎太郎選手と、男子団体組手の香川幸允選手の試合は、試合時間1分を残し、相手に反則注意まで行っていました。私の意見に賛同されるか、はたまた否定的に判断されるかは分かりませんが、私はルールを最大限に利用することを考えれば、残りの1分で相手の反則を誘発させる方法を考えても良かったかなと思います。
 具体的には、もっと相手に密着してゆき、もう1回掴みによるカテゴリー2を誘発すれば良かったかなと思いました。

 その典型が、松久選手がアガイエフに対して行ったように、執拗にプレッシャーをかけ続けることです。
 私は、松久選手がアガイエフに勝ったからではなく、その内容であの試合が彼の生涯のベストバウトではないかと思いました。アガイエフが何もできず、あんなに焦っているのを見たのは初めてです。それほど、松久選手が完璧にアガイエフを封じ込めていたのです。ポイントで8-0で勝つよりも、相手に何もさせず焦らせて反則勝ちの方を私は高い評価を与えたいです。


2、コートを分類する
 予め予想していましたが、このルールでは副審がコートの四隅に座るため、コートをすべて公平に網羅することができません。どういう意味かというと、攻撃の場所によっては死角が存在するのです。例えば、ある位置に立つと自分の攻撃は3人の副審に見えるのに、相手の突きは一人の副審しか見ることはできない。しかし、その死角の位置は非常に微妙であり、数センチずれるとまったく違う結果になるので、分析も綿密に行いそれに従い訓練も綿密に行う必要があります。
 ですから、これは組織的に研究を行う必要があると思います。

 次回は、個人の戦いの中での「たら」「れば」を語りたいと思います。
 距離感
2012年12月18日 (火) | 編集 |
組手を指導していると、多くの生徒が届かない突きを何十回と出し続けています。

「届いていないからもっと踏み込んで!」

といってもやはり届かない。20本突いてようやく1本が届くなんて生徒もいます。これが最近多いんです。自分では届いていないという認識がないのでしょうね。何年も届かない突きを出し続けていますから。
野球でいえば、20回に1回しかボールに当たらなければ打率は1割を切りますから、使ってもらえないでしょう。
野球ならば、ボールに当たったか空振りしたかはすぐにわかります。

厄介なのは、こういう生徒は、単純に踏込が深くなればポイントになるということではないのです。自分では届くと思って踏み込んでいるからです。

いわゆる距離感がまったく狂っているわけです。

原因は次の事が考えられます。

1、他人とコミュニケーションを取るのが苦手
2、指先の感覚が鈍い
3、肩甲骨が固い

1は、意外に思われるかもしれません。しかし、多くはこの1のケースが考えられるのです。普段から家族間の会話があり、友達と遊んでいる子は、間の取り方がうまいのです。整列の時もバランスよく前後左右の距離をうまく取ることができます。
また、他人とのコミュニケーションが日常的に取れていると、相手と自分の間合いを相対的に把握することができますが、脳内に自分しかおらず、自分を中心に間合いを取っている者は、相手に反応されると修正が効かなくなります。

また、2に関してですが、突く時肩に力が入り腕から指先にかけて力が抜けてしまう者もいます。この場合、突きの時に手が握れない場合が多いですね。ひどい場合は、手首も力が抜けているために、突く瞬間に手がブランとぶれてしまいます。

3も2と連動しています。人間は、身体にセンサーが内蔵されています。肩甲骨周りが固いと、センサーが作動しません。指先と肩が固まっていると、目標までの距離が計れません。

ですから、距離を的確に把握するには、上記の3点のいずれかを改善する必要があります。
距離がうまく掴めずに、いつも届かないか当ててしまう生徒は、この辺りに注意して稽古すると良いでしょう。


もう一つ、当てるのが怖いという生徒もいます。中段さえも当てたくないという生徒です。その場合はやはりミット等で当てることを学んでいくしかないと思います。
 好感のもてる形とは?
2012年12月17日 (月) | 編集 |
この記事のタイトルは、非常に微妙な部分です。

実は、昨日某県の某市の大会に審判で参加してきました。参加人数はさほど多くなかったのですが、へたな選手がほとんどおらず、レベルの高い大会でした。

私がもっとも感心したのは、ここに参加した道場の選手たちの形が、いわゆる競技用の作られた形ではなく、強い受け・突き・蹴りを行う、本来の空手としての形だったことです。
もしかしたら、県予選ではなかなか勝てず、形で全少や全中に出ている選手はほとんどいなかったかもしれません。でも、低学年のオレンジ帯や緑帯の子たちも、しっかりと受け、強い突きを出していました。
「見せる形」ではなく、「使える形」を、道場の先生方が教えているということです。

朝に行った基本錬成で選手全員で突きと蹴りを行った時に道場の普段の指導が良く表れていましたね。隣の道場の選手の力強い突き蹴りに比べると、うちの選手はまだまだ弱い。


生徒たちの突きを見るだけで、道場の先生の力量がわかります。
技に勢いがあっても立ち方が緩い、いわば「締め」ができていない選手。
髪をきれいに整え道着も特注で作っているわけでもなく、普通に入場してきて普通に形を行うが、技の一つ一つが力強い選手。しっかりと、指導すべきところを指導している証拠です。

同様に、組手にも特徴が現れていました。強い形を指導されている選手は、組手でも強い技が出ている。やはり、形で下半身の締めができていない選手は、組手でも動きは良いのですが極めが甘くなっている。

私は、日本でも来年から実施される新ルールを歓迎する立場です。なぜならば、突きが本当にしっかりと突けないとポイントにならないからです。ただ合わせただけの突きではポイントにならない。だから、尚更基本や形をしっかりとやらないと、来年からは勝つのが難しくなるのです。

昨日の大会では、私が「この人はただ者ではない」と尊敬している先生もお見えになっていました。道場生は、白帯の生徒から黒帯に至るまで、本当の基本が身に付いているのです。
子供たちには、今全少で優勝できる形や組手ではなく、今はすぐに勝つことはできないが、少しずつでいいから徐々に勝てるようになる空手を指導したいと思います。

その意味で、昨日の某大会は大変勉強になりました。関係者の皆さん、本当にお世話になりました。
 カニの次の次
2012年12月14日 (金) | 編集 |
あんまり未来の話ばかりすると、妄想狂だと思われるかもしれません。確かにその傾向はあります。でも、頭の中では、カニの次がトンボ、トンボの次は・・・などと、ドンドン考えが広がって行き、収拾がつきません。

まだ、トンボを体系化する前にその次を考えるなどもってのほかですが、その前にカニだのトンボだのわけのわからない言葉ばかり書きやがってと10人中9人、いや1000人中999人が思っているでしょうね。

なんだか、私が中学生の時に流行った「ノストラダムスの大予言」みたいで、取りようによっては何とでも解釈できる、みたいな。(当時は、中学1年生でしたが、本当に世界は1999年7の月に終わると信じていました。)


私はついに、ここまで来たらいっそのこと最後までわけのわからない表現で行くかとたかをくくりました。



カニの次の次ですが、風船になると思います。ただ、風船とトンボは併用すべきで、どちらか一方だけでも、両方を合わせても良いので、レベル的にどちらが上と言うわけでなく、単に私の出す順番がそうなったということです。



つまり、私の頭の中は今、カニが風船を持ってトンボと捕まえようとしている光景が支配しているのです。これが出来たら王者になれるな・・・と。

 カニの次
2012年12月11日 (火) | 編集 |
随分と日記の間隔が開いてしまいました。別に書くことがなくなったわけではないんです。世界大会、子供の国際大会、全日本選手権と立て続けに観て、アイデアはむしろ以前よりも膨らんでいるんですけど、どうまとめれば皆さんにわかっていただけるかどうか、情報量が多いためにかえってまとまらないのです。

その中で、技術が進化して新ルールにもなり、点の取り合いが極端に少なくなった。ダッキングが日常化して、すぐにかわされてしまうのでポイントが入らないのですね。

カニステップで高速化し、ガードもしっかりとしてダッキングで攻撃をかわしたりと、10年前の組手とは異質のものとなっています。

私は数年前から、カニを世に出したら反発を買うだろうなぁ・・・と、出来るだけ出さないように、出してもオブラートに包み世間を刺激しないように書いてきましたが、世界が新ルールとなった今年こそ出さなければと思い、カニを出しました。
でも、今思うのは、「出し惜しみをすると先を行くことはできない」ということ。もちろん、カニステップが古いわけではありませんよ。

これから、私は日本中をカニにしていくつもりでいますから。

でも、カニを指導する時には、同時にカニ攻略法も考えておかなければならないなと思ったんです。カニで一歩先んじたら、その先も用意しておかなければということです。でないと世を常にリードすることはできません。

世界選手権も全日本選手権も、雰囲気も技術も全然違いますが、点がなかなか取れないということは共通していました。試しに、5年前の全日本選手権のスコアと今回のスコアの平均を出してみれば明らかだと思います。

私はボクサーだったので、ダッキングは日常的にできましたが、空手でこれを使うと白い目で見られました。
でも、今では猫も杓子もダッキングを使うようになっている。すると、なかなか突きが決まらない。

ならば、今度はカニを広めながら、いつトンボを出すかということなんです。トンボならカニ相手でも点が取れるんです。そんなことをずっと考えながら、世界大会や全日本を観ていました。


トンボとは、いわば逆転の発想なんです。

例えて言えば、星飛雄馬が父一徹の指導で、大リーグボール1号と2号を編み出したが、それを破られて自暴自棄になっていた時、お京さんが左門に投げたリンゴを取れなかったことをヒントに大リーグボール3号を編み出したみたいな・・・。

書いてる私もわけがわからなくなっていますが、とにかくトンボをいつ出すか?もっと効果的にトンボを身に付けるための練習体系は?などと考えていると、まだまだ競技空手はいくらでも進化できるなと思ったりしているのです。

でも、カニやトンボを極めれば極めるほど、古流空手の発想に近づいていくことも面白いと思っているんです。
 他人に預けるということ
2012年12月04日 (火) | 編集 |
昨日、フィリピンから戻り今、ほんの一瞬ですがボ~ッとしています。午後からは、いつもどおり仕事の山を片付けなければいけません。

さて、先月は月の3分の2ほど、地方の指導と海外に行っていました。当道場生には申し訳なかったのですが、指導者も常に他の世界を観て勉強が必要です。
この機会に勉強したことを今後の指導に活かすということで、生徒たちは無理やり納得してもらいたいと思います。



今日は、今回の遠征のまとめとして書いてみたいと思います。

私は過去に、子供たちを引率し多くの国でホームステイをさせてきました。オーストラリア、カナダ、フィリピン等です。
どこに行っても、大変良くしてくれて、大きな収穫になった事は間違いありません。


しかし、ホームステイ先が何をしてくれたということよりも、日本人の子供たちがどう感じたか?こちらの方が大事なのです。

今回も、ホームステイ先のお母さんから、「できればもっといてほしい。滞在を延長できないか?」と真剣に言われた子がいます。
反面、海外の食事に馴染めず、一人での滞在が心細く、わがまま放題で滞在先のファミリーを困らせた生徒もいました。いつもつまらない顔ばかりしていれば、ホームステイ先も受け入れたことを後悔したことでしょう。


私も人の親になってわかりましたが、子供が外で評価されるかどうかは親の躾にかかっています。最低限の礼儀を子供に教えるのは親の義務だということです。

「こんにちは」という日々の挨拶ができ、何かをしてくれたら「ありがとう」と感謝し、迷惑をかけたら「ごめんなさい」と謝る。

これだけ徹底して教えることが出来たら、あとは子供は勝手に育ちます。



今回の子供たちは行動が別だったので確認が取れませんでしたが、最近は食事の時に箸がちゃんと持てない子が多くなりました。昨年アメリカに行った時にやはり生徒を2人連れて行きました。ジャパニーズレストランに行った時、アメリカ人は全員が箸をちゃんと持っていたのに、日本人の生徒が2人とも箸をちゃんと持てなかったのです。
また、最近は茶碗を持たずにテーブルに置き、口を茶碗に付けて食べる子が多くなっています。


共働きのご家庭も増え、一家団欒で食事をとることができない事情もあると思います。しかし、日本人としての最低のマナーはご家庭で教えてください。


日本人は、よく遠慮をすると言われます。しかし、最近私が言っていることは逆です。あまりにも緊張感がなさすぎる子が多いということです。「外に出たら少しは緊張しなさい」と言わなければいけないほど、はめを外す子が多いのです。
家でしているのと同じように他の家でもふるまう。親に接するのと同じように他の大人にふるまう。そうなった時に、他人に「いい子だな」と感心されるか、それとも「育ちの悪い子だ」と辟易されるのか、家庭での躾がそこでわかります。


今回、小学生をホームステイさせて感じたことは、年齢は関係ないということでした。もっとも困らせたのは最年長のひとりでした。最年少の子は、意外なほど自分でできたのです。


家でわがまま放題に育っていれば、他人の家に泊まった時に、ベッドが違うと寝れない、外国の食事はまずい、言葉が通じない等、不自由が絶えません。
反面、自立心があれば初めて経験することすべてが面白く、心から楽しむことができると思います。同じ経験をしても文句ばかりが出るのか、初めての事ばかりで驚きの連続を楽しめたのか、それはその子次第です。



今回、最後まで私が言わなければならなかったことがあります。情けない話ですが、「挨拶をしなさい」ということです。朝は「おはようございます」昼間は「こんにちは」、夜は「こんばんは」、寝る時は「おやすみなさい」、当たり前のことができていません。
不思議なことに、各ご家庭に訊くと、「家ではちゃんと言っています」というところがほとんどなのです。


試合の会場に来た時も、現地の子供たちは知っている先生方、そして他のご家庭の人達全員に挨拶ができるのに、日本人の子は数名を除き、会場でボ~ッとしているだけでした。
そして、昨日空港に集まった時も、何も言わずにボ~ッとしている子が数名いました。おそらくホームステイ先でも朝、何も言わずに眠そうに起きていたのでしょう。


家の中では言っている、練習の時は挨拶ができるとしても、外で何も言えなければ空手をやっている意味がありません。それは単に条件反射的にみんながしているから挨拶をしているだけで、習慣となっていない証拠です。



ここまで厳しいことばかり書いてきましたが、私はいつも「できない子供ほど外に出してください。」「叱られる子ほど預けてください」と言っています。

誉めてもらうために子供を外に出すのではないのです。褒められればドンドン外に出す、でも叱られたらもう外には出さない。親の自尊心を満足させるために子供が存在しているわけではないということです。


できないからこそ、子供を外に出さなければならないのです。親はそこでドンドン恥をかけばいいのです。親は「すみません」と子供のために他人に頭を下げるのが役目です。何でもかんでも子供を庇うために存在しているわけではありません。
もちろん、時には庇うことも大事です。親はいつも子供の味方であるべきです。でも、いつも庇ってばかりいれば、子供は何をしても親が尻拭いをしてくれると学習し、周囲に迷惑ばかりかけるように育ちます。


ですから、今回私に叱られた子ほど次の合宿や遠征には参加してほしいと思います。子供は、親だけでなく社会全体で育てるものです。最低限の事だけは親が躾け、あとは他人にお願いすれば良いと思います。
 国を好きになるということ
2012年12月03日 (月) | 編集 |
 ようやく、フィリピンでの行事がすべて終了しました。セミナーは、大会後にも関わらず120名が参加してくれました。

 最近、海外のお話は可能な限り断っていました。若い時は、ホイホイと海外を飛び回っていただけでなく、日本を出たと思ったら11年間も放浪してしまいましたけど、さすがにこの年齢になるとそういうわけにもいかず、海外は年に2回までと思っていましたが、ここのところ断りきれない話が続き、海外三昧になってしまいました。

 で、来てみると「やっぱり来てよかった!」って、思っちゃうんです。懲りない性格なんですね。


 さて、私が住んだ国も訪問した国も、圧倒的に途上国が多いのですが、理由は途上国の方が自分にできることが多いということ。そして、人々が暖かいことが理由です。

 今回のフィリピンは、私の第二の故郷とも言える国ですが、子供たちを連れて空港に着いた途端、空港の女子職員が「キャ~!可愛いぃぃぃ、写真撮ってもいいですかぁ?」と私に訊いてきました。もちろん可愛いのは私の事ではありません。連れて行った子供たちの事です。

それほど愛想が良いというか、人懐こい人種なんです。



 そして、今回お世話になったホームステイファミリーは、4日間付っきりで面倒をみてくれました。「どうしてこんなに他人の面倒を見てくれるのだろう?」と思うほど、とことん面倒を見てくれたのです。

 今日、私が思ったのは、果たして海外の子が日本にホームステイに来たら、ここまで家族全員で面倒を見ることができるだろうか?」ということです。
 我々日本人がフィリピンの人たちにしてあげている何倍も、フィリピンの人達は日本人にしてくれていると感じます。

 ここの人たちは、代償を求めているわけではありません。客人に喜んでもらうことが自分たちの喜びなのです。私は25年前に勝手にこの国に来て、ナショナルコーチにしてくれと売り込んで7年間過ごしました。その時の生徒たちは既にほとんどが家族を持ち、立派な社会人として各分野で活躍しています。

(因みにほとんどの生徒が私よりもお金持ちです。)

 私がアメリカに行けば、アメリカに移住した当時の生徒たちが何人も全米各地から集まってくれた。そして、フィリピンに住んでいる生徒たちは、昔の友情が全く冷めずに同じように接してくれます。

 私が貢献できることといえば、国際大会で選手を勝たせることでした。週3回という限られた練習時間の中で、効果的な練習を追求し、選手たちも仕事で残業の毎日、学生は練習の合間にに教科書を広げて勉強していた。
 世界大会の会場にも試験が近いと教科書を持ち込んで、応援していない時は勉強していた選手もいました。

 そんな状況下で、世界大会でメダルも獲り、アジア王者も作ることができた。ある程度の貢献はできたと思っていますが、こうして日本の子供たちをいつも快く受け入れてくれて、今では逆にお世話になっている。


 人がどの国を好きになるかというと、決して文明が発達していることが理由ではないと思うのです。経済的に不況であっても、国が汚くても、その国の人を好きになればそれが一番の理由になる。どんなに文明が発達しても人々が不親切ならばその国を嫌いになります。

 私は、アフリカにも住んでいたし、30か国以上を訪問しましたが、その中で嫌いな国は一つもありませんでした。それは、みんな私のことを面倒を見てくれて親切にしてくれたからです。


 「他人が喜んでくれることが自分の喜びとなる」素晴らしい事だと思います。今回20年前まで住んでいた貧民街の近くを通りましたが、当時と何も変わっていませんでした。相変わらずの喧騒の中で人々は逞しく生きていました。

 私は、この国に限らずアジアが好きです。若い人たちには、アジアを見下すことをせず、同じレベルで将来に向けて付き合ってもらいたいと思います。だから、こうやって子供のうちから海外に連れて来て、交流をさせるのです。

 フィリピンでは、一部の私立の学校では、既に教科書はなくiPadで授業をして、宿題も連絡もすべてオンラインで行うそうです。私が今世話になっている家では、家族全員がiPadを持っています。子供たちがiPadで授業を行うからだといいます。2歳の女の子も自分のiPadを持っているのには驚きましたけどね。

 英語ができる、ITの知識も技術もあるとなると、何十年か先には日本と東南アジアの立場が逆転しているかもしれません。

 もう、どこの国が優秀だという時代は終わっています。誰が優秀かを問われる時代です。以前のように日本のパスポートを持っていれば、少々のわがままは許されるなんて時代は過去のことになりつつあります。

 もっと、日本人は勉強をいっぱいして、海外とたくさん交流しましょうよ。そうすれば、世界中で共存共栄が少しでも可能な時代になると思います。




 今日は、文章が長くなりましたが、最後に問題です。2枚のうち、上の写真で私はどこにいるでしょうか? 正解者には何もありませんので、わざわざメールはして来ないでください。

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 凄い身体能力!
2012年12月02日 (日) | 編集 |
大会2日目は、12歳以上の形と組手を行いました。やっぱり今回も、年齢が低いうちは、こちらの選手たちは日本人の子供たちの比ではありません。練習量が違います。厳しさが違います。

でも、年齢が上がるにしたがい、徐々にレベルが上がってくるのです。日本と比べれば練習量は何分の一かです。毎日練習している選手などいないでしょう。高校や大学でみっちりと空手ができるのは日本くらいのものです。
普通は、学校ではみんな勉強しています。(笑

今回インドネシアからも選手団が来ていましたが、こちらの人はどうしてあんなにバネがあるのでしょうか?ジャンプ力と俊敏性が半端ではありません。形も技では日本人のトップと比べることはできませんが、強さだけならば日本のトップの選手にも負けないでしょう。特に前腕の筋肉が自然に発達しているのが凄いです。握力が半端ではない人間がたまにいます。

私は、形を審判していて、「技があんなに強いのだから、ちゃんと教われば凄い選手になるな」と感心しきりでした。私の悪い癖で、審判しているのに指導者としての欲求が湧いてきてしまう。判定なんかどうでもいいから、今すぐに教えたくてたまらなくなるのです。

組手も、蹴りがとんでもないタイミングで出ます。それが訓練の賜物ではなく、おそらく自然にできてしまうんです。でも、やはり突きが荒い。蹴りではいくらでもポイントが取れるのに、突きになるとほとんど取れない。
こっちもちゃんと教わっていればどこまで強くなるか?

やはり、高校生くらいの子を連れてきたかったです。あの驚異的身体能力の選手と拳を交えるだけで、凄い勉強になったでしょう。

2日の最終日は、私のセミナーです。最後にしっかりと仕事をして帰国します。
 自立
2012年12月01日 (土) | 編集 |
今、9名の子供たちを連れて海外に遠征に来ています。全員をホームステイさせ、私も指導者宅にホームステイです。

昨日、大会を行いました。気が付いたことを書いてみます。

① 朝、会場に来て挨拶ができない。私と目があっても離れて観ているだけの子がいました。現地の子たちは私のことを直接知らなくても次々に挨拶に来ましたが、日本人の子たちの多くは朝来て挨拶もせず、ボ~ッとしていました。

② 何人かの現地の生徒は自ら練習を始めていましたが、日本の子たちはベラベラしゃべっていて、結局午前中は形の試合にも関わらず、ほとんど形を行いませんでした。おそらく勝とうという気持ちがなかったのでしょう。

③ 事前に説明したにも関わらず、やる形を間違えて失格になった生徒が2名いました。私が直接日本語で説明しましたが、日本語が通じなかったのでしょう。

④ 現地の人達は日本人の応援をしてくれましたが、日本の子は応援を一切しませんでした。他人の試合を観てもいなかった子もいます。自分の事しか考えていない証拠です。

⑤ 午後の組手はWKFルールだったので、足甲と脛にも赤と青のサポーターをして試合を行いましたが、生まれて初めてつけるにも関わらず、事前にサポーターを付けて練習していたのは一人だけ。あとは動き難かったのでしょう。いったん付けてすぐに外しました。やりたくないことはやらない。例えルールでそれを付けることになっていても、関係ないのでしょうか?

⑥ 「拳サポーターの親指のカバーはしないように」と組手の試合直前に全員を集めて言いましたが、何人も親指のカバーをして試合をしていました。もちろん、私が説明したので日本語です。



 親から離れると子供の本性が出ます。「うちの子は、こんなに練習しているのに何で上達しないのでしょうか?」と思う親は、一度親抜きで外に出し他人の意見を聞いてみてください。
 練習で強くなるのではありません。普段の生活で強くなるのですから、普段だれていればどんなに練習をしても上達は無理です。


 たった今説明したことを質問してくる子がいます。話を聞いていない証拠です。それも難しい質問ではありません。

飛行機の中で、

「今から一人一人の用紙を先生が記入するから、順番に紙を出して」と言った直後に、

「先生、この紙どうやって書くんですか?」

と訊く子がいました。その子には、「とりあえず話を聞いて」と他の件についても何度も言いました。おそらく学校でも先生の話を聞いていないのでしょう。


 子供たちが集まっていると通路をふさぎ、私が何度も注意し空港係員にも注意されましたが、それでも通路をふさぐ子がいました。周囲への気配りがゼロです。

 飛行機の中でも、離着陸の時は荷物を足元に置きなさいと私が何度言っても手に持っていて注意された子がいます。規則に従うという習慣が身に付いていない証拠です。



 と、ここまで苦言を呈してきましたが、実は大きな発見もしました。子供の本性が出るということは、良い事も分かるということ。
 凄い能力のある子もちらほらいるのです。「こいつ、将来凄い人間になるかも?」と思う子がいます。今は挨拶の一つもできません。何をやってもモタモタしています。でも、精神的に自立したら、その子の才能がいっきに開くのではないかと楽しみな子たちばかりなのです。
 だから、今のうちに厳しく叱るんです。見込みがあるから叱る。やってもできない人間に「なぜできない?」と言っているわけではない。やればできるからそれを分かってほしいために叱るんです。

 また、「言われていないのでできません」と言う子は、例え言ってもできないと思います。その場その場で臨機応変にふるまえるようでなければ、この先の人生はうまく乗り切れないでしょう。

 例えば、ひとりこんな子がいました。

 挨拶ができない。何をきいても答えが遅い。集団で同じことができない。

 でも、この子を観察していると、知能の高さがうかがえます。頭の中でいろいろと考えを巡らせているので、答えが遅いのでしょう。
 だからこの子は、ダメな子なのではなく、優秀すぎて今はうまく立ち振る舞うことができないのです。
 こんな時、周囲の大人はただ叱り飛ばすだけでなく、それを分かってものを言わなければなりません。


 親も子供も恥をかき、周囲に叱られながら、そして誉められながら育てていかなければなりません。子供をいつまでも庇っていると自立がそれだけ遅くなります。いいえ、遅いだけならいいです。一生自立できないかもしれません。

 本当に子供の可能性は凄いです。それを開花させるかさせないかは保護者と周囲の大人の責任です。そういう意味ではまだ小学生のうちに日本語の通じないご家庭に一人でお世話になるということがどれだけ役に立つことか。

 それを分かって親も子供を外に放りだしてほしいと思います。外国ですから不自由があって当たり前です。何でもかんでも至れり尽くせりを欲するならば、五つ星のホテルに泊まって日本語のガイドを高額で雇えば良い事です。


 今回、本当に貴重な体験を現地の方々のご好意ですることができました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 あと2日間、子供たちは、現地の人たちと少しでも触れ合ってほしいと思います。


firi14

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