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 身体操作あれこれ その2
2012年06月30日 (土) | 編集 |
昨日に続き、海外と日本の身体の使い方編第2弾です。

既に書きましたが、大工道具でも世界のほとんどの国はノコギリは押すほうに刃が付いており、カンナも押す方に向かって刃が付いています。

おそらく、それらの道具を使用して何かを作ろうと思うと、日本人にとっては非常に扱いにくいのではないかと思います。

これは、大工道具に限った事ではなく、格技でも同様の現象が起きています。例えば、柔道は組んで相手を引き込んで崩すことが多いと思いますが、レスリングはタックル等押して崩すことが基本ではないかと思います。
印象的なのは、1996年のアトランタオリンピックで、日本人の優勝候補者の何名かが、朽木倒しという身体を相手に浴びせるようにして、脚を取って後ろに倒す奇襲戦法ともいえる技で1本を取られて敗退したことがあります。

その時に、解説の山口香氏だったと思いますが、「あれはおかしいですよ!」と何度も言っていたことを思い出します。日本人としては、「あれで1本はないだろう」というのが大方の意見だったでしょうが、外国人としては「朽木倒しという立派な柔道の技だし、倒れた時に背中が着いているのだから、1本は当然だ」と思っていたでしょう。

一般的には、日本人は引く力が強く、多くの外国人は押す力が強いです。ならば、日本人の得意分野で勝負するのは愚の骨頂だと思うのは当然ではないかと思います。
組まれたら日本人の引きが有利ならば、組まれないように掴まれないようにすれば良いと考えるのは、競技としては当然のことです。

「柔道は、組んでから始めるものだ」という、日本人の固定観念を逆手に取り、触れた瞬間に勝負をかけた当時の外国人選手の作戦の勝利と言えるでしょう。

参考のためにWikipediaで、朽木倒しを検索したら、下記のような説明がありました。

日本柔道においては双手刈りと並んでこの技を仕掛けて勝利してもいい評価は得られず、むしろ『美しくない』、『邪道な勝ち方』と罵倒されることもある。しかし1990年代以降、世界の柔道の主流になっており、日本人からすると柔道が柔道らしくない試合が多くなっている。前記のような事情があり、日本選手は対応に苦しんでおり、多くの敗因になっている。2009年のルール変更により使用が大きく制限された。詳しくは組み手_(柔道)を参照のこと。

この説明の中で、「日本人からすると柔道が柔道らしくない試合が多くなっている」という部分に大いに納得が行きました。押すことが当たり前の海外の人にとっては、どこが邪道なのかがわからないでしょう。



さて、空手に関してはどうでしょうか?この違いは蹴り方に顕著に表れていると思います。屈筋優位の日本人が裏回し蹴りや後ろ回し蹴りを出す時、伸ばした足を曲げて蹴ることが多いと思います。対して伸筋優位の外国人の蹴りは、まず脚を掻い込んでから伸ばして蹴るようにしています。

ただし、これは単純に屈筋優位と伸筋優位という比較のみではなく、外国人も蹴る前に脚をたたむのは屈筋ですから、腸腰筋をはじめ体幹が強いゆえにこういった蹴りが可能となるということも言えると思います。


突き方も微妙に異なります。外国人の突きは拳を放り投げるように突いています。肩も逆半身になるほど入れるので、日本人からすると流れていると思うかもしれませんが、彼らとしてはそれが普通なのです。日本人も海外に生まれ育ち、共通の身体感覚を持てば同じ程度のことはできるはずです。

その証拠に、海外で生まれ育った日本人選手のそれは、明らかに伸筋優位の身体操作になっているのです。



近年、日本人の中段突きが弱いという理由で、ポイントになりにくくなっています。それは、実際に弱いということよりもむしろ、伸筋優位の民族から見れば、屈筋優位の日本人の突き方が感覚的に理解できないという理由が大きいのではないかと思っています。


これは、私が経験的に知る限りでは、アジアと欧米という区分けではなく、すでに朝鮮半島から西はほとんどすべて伸筋優位の身体操作になっています。。

その証拠に、テコンドーの蹴りは明らかに伸筋優位です。


このような分野での研究を進めて行かないと、日本の競技空手は、海外の人たちに理解しにくいものになって行き、ハンディを背負って戦う度合いが増していくような気がします。
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 身体操作あれこれ
2012年06月29日 (金) | 編集 |
今回は、私が海外で生活していた頃の話です。フランスに語学研修で3か月間滞在し、時間があると市内の道場を訪問し、稽古をさせていただいていました。

ある道場に行った時のことです。フランス人の先生が「形はともかく、組手を日本人に教わると勝てなくなる。」と言われました。最初は何のことを言っているのかわからず、私はそれを流してしまいました。相手も無駄だと思ったのか、話題を変えてしまいました。

その答えがわかったのは、アフリカに住んで1年ほどたった頃でしょうか? アフリカ人は、ご存じのように手足が長く、突きも蹴りも極め際でビヨ~ンと伸びてきます。リズムも、技の軌道も、タイミングも、日本人のそれとは明らかに違います。

例えば、日本人は空手の突きも、野球の投球フォームも、ボクシングのパンチも、腰を使うように指導されます。対して、欧米では投球フォームは背筋を使い、パンチは肩をぶつけるような感じで出すように言われる場合があります。

私がプロボクサーの頃は、トレーナーに「ストレートパンチは、キン〇マを挟むように打て」と言われていました。おそらく、アフリカ人にこれをアドバイスしても果たしてピンと来るかどうかわかりません。

やはり、民族によって身体の使い方は同じではなく、指導する場合は多少の「遊び」が必要であり、そこを金太郎飴の如く日本の常識で100%指導してしまっては、確かに外国人は潰されてしまうなと思いました。

腰の使い方でもそうですが、日本人は、軸の意識が世界で最も強い民族だと思います。ですから、軸を中心に回転するので動きの特徴としては、二次元的と言えるのではないでしょうか?

対して世界の多くの民族は、骨盤をのように、三次元的に動かすことが自然となっています。せっかく三次元的に使うことのできる骨盤を、無理やり二次元的に強要してしまっては、民族の特徴を殺いでしまう結果になるのではないでしょうか?

この典型が蹴りです。おそらく、日本人選手は世界で最も股を割ることができるのですが、蹴りが得意な選手が少ないのです。対して、外国人選手は股割をすると恐ろしく硬いのですが、蹴りを自然に出すことができる。
これは、明らかに骨盤の操作に優れているからです。骨盤をのように使うことができると、蹴る方向に骨盤を引き揚げ、骨盤で足を飛ばすことができるのです。


また、これは賛否両論あると思いますが、日本に住んでいると日本人の身体操作が当たり前であり、海外の人間の身体操作が理解できません。人種のるつぼの海外で生活していると、各民族の身体操作を抵抗なく受け入れることができるようになります。

極論をいえば、海外の審判から見た日本人選手の突きは、腰を使ってはいるが、上半身の使い方(特に胸の意識)が足りないので、弱いと捉えられがちです。
一方、日本人の身体操作しか知らない審判がヨーロパ選手の形を観ると、随分と力んでいると感じるのではないでしょうか?しかし、実際には彼らの側から言わせてもらえば、日本人が思っているほど彼らは力んでいないのです。

私も、日本に住んで日本人の生徒だけを教えていたら絶対にわからなかったでしょう。運の良いことに、初めて海外で本格的に暮らしたのがアフリカの某国で、私以外はほとんどアフリカ人で、一部フランス人がいたという特殊な環境で指導できたことが、今の指導に大きく役立っています。

その後、東南アジアに9年間住み、やはり同じアジア人であるのに身体操作が大きく異なる中で、ナショナルコーチを生業としたこと。その間世界30か国以上を訪問し、空手の指導を行ったことで、日本にいたのでは絶対に理解できなかったであろう感覚が私の身体に宿ったのです。



最初にJKFanに連載を持った時に書きましたが、ノコギリを引いて切るのは、世界でも日本以外にはほとんどありません。カンナも世界のほとんどの民族は、押して削ります。
日本人が、ノコギリを押して切ったら、果たしてきれいに木材が切れるかどうか?
腕の良い大工に海外のカンナを使わせたら、はたして滑らかに削ることができるでしょうか?


最近は、生活習慣の変化やメディアの影響で急速に海外との壁が無くなりつつあります。ですから、日本人の中でも海外の身体操作に近い選手が少なからず出てくるようになりました。
しかし、指導方法が純日本人的なままならば、それらの選手たちは国内にいる限り、芽が潰されてしまいます。

とうことで、私が提唱したいのは、空手のスタイルも早急にグローバル化し、日本人選手が子供の頃から世界に出て、同時に海外の指導者が一人でも多く日本に来て、どんなタイプの選手でも自分に最も適した指導を受けることができるような環境を作ってあげたいということです。
 背中は口ほどにものをいう
2012年06月28日 (木) | 編集 |
 このタイトル、おかしいですよね。普通は、「目は口ほどにものをいう」って言われていますから。

一昨日の記事で、私は「選手の資質を見る時に目と背中を見る」と書きました。目は誰でもわかると思います。
では、なぜ背中でその人がわかるのかということを書いてみようと思います。

 まず、口はしゃべることができる。目も様々な表情を作りうったえることができる。手もゼスチャーで表現できます。
 つまりそれらの部位は、ある程度器用な人間であれば表現が簡単だし、ごまかすこともできるわけです。


 対して、背中は最も動かしにくい部位であり、正面の相手からは見えません。ですから、一切ごまかすことができない部位が背中なのです。
 人を後ろから見ていると、その人間の技の練度や修行過程が背中を通して伝わってきます。

 動かすことができない背中だからこそ、そして正面から見れない背中だからこそ、そこに人間のそれまでのデータ、つまり人生が蓄積しているのだと思います。

 人の広い背中には、それまでの生きてきた証がデータコード化しており、それを容易に読み取ることができるのです。

しかし、だからといって「僕の背中を見てください!」なんて言われても答えることはできません。というのも、いつでもわかるわけではないのです。
その人と波長が合った時、情報がスーッと入って来るからです。


 私が判断するところとして、もう一つ指先があります。指先に意識が行っているか否か、姿勢が良いか否か等に普段の緊張感や意思の強弱が出ます。

 目力は人間としてのエネルギー、つまり人間力がわかります。

 具体的な理由はわからなくとも、ベテランの指導者ともなればそういう観点で生徒一人一人を判断し、最もその生徒に適した指導を行っているのだと思います。
 続・スカウトの目
2012年06月27日 (水) | 編集 |
昨日の、高校の先生がどこを見てスカウトを行っているかが好評でしたので、その続編を書きます。

高校の関東大会にうちの長女が後輩たちの応援に行った時のことです。先生が一人で座っていたので話しかけたそうです。

すると、正面の銅像に打ち込みをしている男の子がいました。突然、先生がうちの長女に、

「おい、あの子どこの子か知っているか?」

と尋ねたそうです。
長女は、

「はい、あれはうちの道場の子です。」

と答えると、

「あいつ、いいなぁ・・・、今度練習に連れて来い!」

と、おっしゃったというので、私は夏休みにその子を高校の練習に連れて行きました。

先生にとっては、長女が答えるまで空手の実力はもちろん、性格も所属道場もまったくわからなかったわけです。

でも、男の子が一人で銅像に打ち込みをしている姿に何かピンときたものがあったのでしょう。

だからといって、他の子が銅像に対し同じことをやっていても先生はピンと来たかどうかはわかりません。先生は、銅像に打ち込みをするという、アホな行動そのものにピンときたのではなく、動いている彼の姿から、運動センスや性格を判断したのだと思います。


何万人という生徒たちを指導し、何百人という空手部員を育ててきた経験からくる感が働いたからこそ、試合とは関係ない部分で「こいつだ!」となったのでしょう。

面構え、しぐさ等、限られた情報でも、その子を査定するには充分だったのだと思います。


人を見る目が肥えている人ほど感が働きます。一見、根拠のない単なる気まぐれと思うでしょうが、そうではないのです。

ですから、一般論としてこういう子をほしがるということは言えますが、長年教育に携わってきたその道のプロは、全く別の部分にも反応することがあるということです。

私も子供の才能を見る時に、練習が嫌だといって駄々をこねる姿に器を感じたり、親への甘え方にピンときたりと、決して練習をまじめにやってる姿だけを評価しているわけではありません。


かえって何気ない時こそが、人間の本性を見定めるには好都合なのではないかと思います。

 スカウトの目
2012年06月26日 (火) | 編集 |
今回は、指導者は選手をどのように評価するかというトピックです。

私がいつも言っているのは、「身体は嘘をつくが、目と背中は嘘をつかない」ということです。身体が小さいとか細いというのは、今後大きく変わる可能性があり、あまりあてになりません。

しかし、「目は心の窓」といわれるように、人間性が如実にでます。背中もしかりで、背中を見ると人間性が面白いようにわかるのです。

さて、高校の先生は、どのような子を自分の学校にほしいと思うのでしょうか?
私は、高校の空手部の先生は人格者が多いと思っています。「さすがに教育者だ!」という人が、私の知っているだけでも多くいらっしゃいます。

さて、その先生方がどんな生徒をスカウトするかという点ですが、面白いことに決して強い選手だからほしいというわけではないのです。
今強い選手ではなく、自分のところに来たら強くなれる子をほしいというわけです。


私の3人の子供は、すべて違う高校に進学しました。それもすべて他都府県の高校です。

二女が全中に出た時のことです。長女がお世話になっている高校と、当時女子の部ではダントツの成績を残していた学校の先生(この3年後に二女がお世話になることになります)が会場にスカウトにいらっしゃいましたが、なぜか試合を観ていないのです。

ほとんどは会場の外にいるか、観客席で試合を観るでなく誰かと話をしています。


私は不思議に思い、外でお二人で話をしている時に訊いてみました。

私「先生方は、なぜスカウトに来ているのに試合を観ないでこのような関係ないところにいらっしゃるのでしょうか?」

A先生「試合は観なくても良いんです。この全中に出られただけで、全員うちに来れるだけの実力がありますから。私は、ここから買い物に来た選手たちが店員さんとどのように会話をするかを観たいからさっきからここにいるんです。買い物をした時にありがとうございましたと言える生徒は、すぐに住所を訊いて当校のパンフレットを渡します。」

B先生「私も同じです。あえて試合は観ないようにしています。実力を知りたければ練習会場の方がより分かるし、ここにいると生徒の本性が出ますから。」

加えて、A先生がおっしゃるには、「会場でも私は試合そのものよりも、負けて帰ってきた時に親や指導者に対する言葉使いをみます。ふて腐れて帰ってくる生徒はいらないし、悔しい中でも周囲を不愉快にさせない心配りができる生徒には声をかけます。」

「女の子でも、バッグに無造作に下着を入れる子は強くなれません。他人に見られたくないものは、袋に入れるかバッグの下にしまう、そんな気配りのできる子をほしいと思います。」


私は、その先生方に感動しました。決して空手が強い子をスカウトしに来たのではない。人間性をみてスカウトするかどうかを決めるというその姿勢にです。

私も、よく保護者の方々から進学の相談を受けることがあります。
その時に、「うちの子じゃ全中にも行っていないのに取ってくれるところはあるでしょうか?」という方が多いのですが、そんなことはありません。
強豪校の先生ほど、大会の成績よりも自分の目で見た、または感じた評価でほしいかどうかを決めるはずです。


強い選手でもチームの輪を乱す者もいれば、レギュラーになれなくてもその生徒がいると雰囲気が良くなり、良いチームを作れることもあります。


どこの先生もほしい生徒は、第一に「声が大きく、返事がよくできる生徒」ではないかと思います。寮に入れるならば、食べ物の好き嫌いがなく、どこでも寝れることが重要となります。
ですから、空手の技よりも、そういった点を注意して我が子を育てることをお奨めします。
 修正しにくい負けパターン
2012年06月25日 (月) | 編集 |
選手には、勝ちパターンと同時に負けパターンというものも存在します。しかし、勝つ時は気持ちがいいから勝ちパターンは自覚しやすいし身に付きやすいのですが、負けパターンはやはり敗戦の不愉快さが先に立ち、なかなか自分の課題を振り返ることができません。

私も何度生徒たちに、「今のままならばこうしたら負けるから、それをしないように心がけなさい」といっても、やはり自分のスタイルを崩さず、毎度同じパターンで負け続ける生徒が意外に多いものです。

これは、ある生徒に対して行ったアドバイスです。

1、中段がいつも浅いから、もっと深く突きなさい。
2、いつも中段は胸を突くから、腹を突いて上段との上下差を広げなさい。
3、突く前に手を引いているから、カウンターをいつも食らう。引手は突きと同時に行いなさい。

ここで言えることは、

1の理由で、ほとんど届かず中段のポイント成功率が極端に低い。
2の理由で、上段と中段の上下差がないので、受けが同じで良い。中段を腹に突ければ、相手は腕を下げて受けるので上段が空くし、上段を突けば腕が上がるので中段が空く。でも、上段は顎の先、中段は胸を突いていたら、相手にとってこれほど受けやすいものはない。
3の理由で、攻撃の前に前拳を引くことで相手のカウンターを呼び込む形になる。つまり、前拳を自ら引くことで、相手に対し「いらっしゃい!」とサインを送ってしまっているのです。

傾向として、まじめな子ほど、組手を一所懸命にやってしまうので、自分のスタイルや癖を修正できないようです。

一方、ガードを空けているし一切受けないので、いつも出会い頭の上段突きをもらって負けている子がいます。何年も同じパターンで負けているのですが、いまだに直す気配がありません。


ほとんどの選手の戦いを分析すると、一定の勝ちパターンと負けパターンが存在します。相性もこれによって左右されるので、これを押さえておくと対策も立てやすく、勝敗予想も的中率が上がります。


これは、私自身も思うのですが、これは空手に限らず、野球でもホームランを打った時の感触は忘れられないし、配球も全部覚えているのですが、三振した時の配球や自分の考えをすべてリプレイできる人は少ないと思います。

「嫌なことは忘れてしまいたい。」この人間の本質が上達を遅らせているのではないかと思います。

作戦を練る側としては、この考えがある限り何度でも通用するのです。



反省のない選手には同じ作戦が10度でも100度でも通用してしまいます。

ですから、己の失敗を反省する勇気、これが勝利には欠かせない要素ではないでしょうか。
 気のワームホール
2012年06月24日 (日) | 編集 |
もう、8年ほど前になりますが、海外某所に某先生と赴き、当時のWKF世界王者の練習を見ていた時のことです。

当時は、彼女は無敵の王者として世界に君臨し、果たして彼女を誰が倒すのか、想像もつかない強さを発揮していました。

私は、彼女の隙のない動きに感心しながら練習を見学していましたが、彼女のやや左方向から上段を突くと反応できないから、そこを的確に攻撃できればポイントになるだろうと感じました。

一緒に観ていた某先生にそのことを伝えると、「それ、彼女の師の〇〇先生に言いましたか?」というので、私は、「いえいえ!そんなこと軽々しく言ったら、練習を見せてもらえなくなりますから、言ってませんよ」と否定しました。
某先生は、空手の経験はありませんが、長い間JKFanに連載を持ち、DVDも出している方です。

おそらく、それをわかったのは某先生と私だけではないかと思いました。

シミュレーションとして、彼女よりも長身で右構えで刻み突きの得意な選手がいれば、彼女を倒すことができました。

人間は、気のバリアというか、身体の周囲を何かが包んでいます。間を詰めていくと「これ以上近寄ると危険だ」と思わせるポイントが存在します。
そこが気のバリアが張っているところです。
強い選手は、バリアが大きいので、なかなか近寄ることができません。

しかし、どんなに強い選手でも、生活習慣や稽古内容や性格で気のバリアにワームホールのように、穴が空いています。リンゴの虫食いのように、表面から中心にかけて穴が通じているのです。その気のワームホールに沿って攻撃を仕掛けると、面白いくらいに相手は反応しないのです。


三流選手はそのホールがいくつも存在します。一流選手でも最低一つはそのホールがありますね。


さて、そのWKF世界王者ですが、当時勝ちっぱなしの頃は、強豪選手が全員左構で、長身の選手も存在しなかったので、勝ち続けていました。

ところが、2009年の東京での世界大会で彼女は右構えの長身の選手と対戦することになり、刻み突きでポイントを失い敗退しました。


実力は自分の方が上なのに、相性の悪い相手には勝てないことがあります。やり易い相手ややりにくい相手というのは、こういう感じで自分と相手との相対関係で決まるものです。

では、そのワームホールを極力少なくし、死角を小さくするには、やはり動きの癖を無くす努力をすることだと思います。


今回のトピックは、皆さん信じられないかもしれませんね。競技に気の話を持ち込んでしまったわけですから。
 形の稽古例
2012年06月23日 (土) | 編集 |
今回は、動画をアップしてみました。21日に書いた日記の練習方法です。撃砕という形ですが、ふたつのうち上の動画は通常のものです。
そして、これを下記の法則で形を行ったのが、下の動画です。

1、回転方向はすべて逆
2、軸足は同じ
3、技も同じ
4、演武線も同じ

例えば、左に90度回る時は、右に270度回って同じ立ち方と技を取る。正面に進む時は、360度反対方向に回転してという具合です。

出来る子は、説明だけですぐに強くやってしまいますが、なかなか覚えない生徒も多いです。これは、おそらく右脳型の人間ならば何の苦労もなくできるのではないかと思っています。

出来る生徒とできない生徒を見ると学校の成績とはあまり関係ないように思えます。

さて、これをやってみればわかることですが、まずバランス感覚を保つことに苦労します。特に回転の部分で軸をしっかりと作り、回転半径を小さくして速く回ることが大事です。

実は、この練習の目的は、腰の使い方と手足のタイミングを覚えるためなのです。反対に回って同じ技を出すということは、腰の回転も逆になるので、絞りや締めを体感しやすくなるのです。

また、私の流派は回る時はほとんど(というかすべて)拇指球を中心に回るので、拇指球を使うことも早く覚えることができます。

そして、肝心のイメージです。何度も繰り返して完璧に覚えてしまっては、効果が薄れてしまうので、次から次に設定を変えて、生徒を困らせながら形の稽古を行わなければいけません。

ですから、この稽古は私のレパートリーの中のほんの一部であり、あくまでも参考程度に気楽に観てください。

また、徐々に当道場の練習内容をアップしてゆきます。


http://youtu.be/DODmALhCG6E

http://youtu.be/pV2Fv4hbPm0
 最近親指がおかしい?
2012年06月22日 (金) | 編集 |
最近、気になるのが正拳突きの時に、親指を締めることができない生徒が多くなっていることです。

正拳だけでなく、気を付けの時に親指がダラ~ッと緩んでいる。
手刀受けの時も、掛け受けの時も、回し受けの時も、親指が緩んでいる。

さらに言わせてもらえば、親指だけでなくすべての指先に意識が届いていない者が目立つようになりました。

一流か三流かは、指先を見ればすぐにわかります。

指先に意識が通るだけで、人間はもの凄い力が出るようになるのです。せっかく潜在的に良いものを持っていながら、指先に意識が通わないだけでどれだけ損をしているのかを考えると、もったいない気持ちになります。


正拳突きの時に親指の締めがあるとないとでは、大きな違いが出ます。

空手道は、道具を使わずに己の肉体を駆使して闘う格技です。ならば、人間の潜在能力を最大限に発揮できるようにするのも、空手道を学ぶ上で大きな意味を持って来ると思います。

ですから、稽古の時は気を付けの時も礼をする時も、親指をしっかりと曲げて掌を張る習慣を持っていただきたいと思います。
 形のイメージ力が組手の役に立つ
2012年06月21日 (木) | 編集 |
形が組手に役立つと書けば、ほとんどの人は納得できるでしょうが、それでは多くの人が当たり前のように言っていることで、私が改めて書く必要はありません。

今回のテーマは、形そのものではなく、「形のイメージ力」です。



今から書く形の効果を果たして何人の人が理解し納得できるでしょうか?
そして信じてくれるでしょうか?

私は、よく形でゲームをします。最初は左右対象に動くことから始め、最終挙動から始めて第一挙動で終わる、いわゆる逆再生の形。
昨日行ったのは、すべて反対に回る形でした。形の技と演武線はすべて同じですが、例えば左に90度回るときは背中から270度回るという具合にするので、ほとんど回転の連続です。

正面に進む時は、360度回転しなければなりません。

この練習の目的は、まず回転することで軸足をしっかりと作る事です。バランス感覚が良くないと、敏速に動くことができません。
また、回転することで運足と技の極めのタイミングが把握でき、結果として技が重くなるという効果も期待できます。
さらに回転することで目付も需要になり、空手に必要な多くの要素を学ぶことができます。

しかし何よりも、動く前にこの動作を覚える段階で、頭でイメージできる人間とできない人間では雲泥の開きがでてしまいます。イメージ力に長けている人はすぐにできるようになりますが、イメージできない人は何度やっても覚えることができません。


イメージできる人もできない人も、最初は太極初段程度の簡単な形から始めると良いのですが、慣れてくれば上級の形でもできるようになります。



さて、ここからが本題です。このような形での遊びがなぜ、組手の練習につながるのかということです。

答えは、自分の動作を頭でイメージしながら行うことで、空間を俯瞰で捉えることができるようになるのです。
先日も俯瞰に関することをサラッと書きましたが、私はなぜこれを重視するのかというと、この能力が発達すると組手での位置取りがうまくできるようになるのです。

相手と自分の間を俯瞰で捉えることにより、今の間合いがどちらに有利か?どうすれば自分に有利なポジショニングがとれるか?どこをどう攻めればポイントが取れるか?等、感覚でわかるのです。

考えるということは、一瞬でもそこには時間の壁が生じます。しかし、感じることで時間を限りなくゼロに近づけることができるわけです。


形の効果は、基本操作を繰り返すことで無駄な動きをそぎ落とし戦いに有効な動作を身に付ける事と、技の意味や分解を理解し、実戦に役立てることに加え、イメージ力を高めることでこのような思わぬ効果が期待できるという点で、練習方法次第では形に大幅な時間を割いても組手が強くなれるという現象が起きても何の不思議はないのです。

このように、さまざまな点で形は空手のエッセンスであると感じます。

思うに、空手をやる人は、他競技や他武道の人よりもイメージ力に長けているように思います。


私はよく、試合会場で次にどちらがどの技でポイントを取るかを予測する時があります。これは、両者の構えと位置取りから推測すればそれほど難しい事ではありません。ほぼ8割以上の確率で予測は可能です。

そして、一流の選手ほど私の的中率が高くなります。一流の選手というのは、自分と相手との相対関係を瞬時に把握し、自分が取るべき行動を速やかに判断できるので、私も予測し易いしその時々の最良の手段を選択できるから勝てるのでしょう。

イメージすること。
感じること。

これらが空手において最も大切な要素ではないかと思います。
 天候で技が変わる?
2012年06月20日 (水) | 編集 |
今日は、台風4号が上陸し、外は強い風と雨です。こんな天候の時、ふと昔のことを思い出しました。

うちの子供たちがまだ小中学生だった頃のことです。雨の日に蹴りを出す数が少ないのです。当初はたまたまかなと思っていましたが、何十回も雨の日、晴れの日と大会をこなすうちに、明らかに天候の悪い日は足が上がっておらず、フットワークも心なしか重い気がしました。

私もなぜかわからずにいたところ、ある方からヒントを頂きました。天候の悪い日は気圧が低いので、腹圧がかかりにくいのではないかと。

確かに、よほど入念に観察していないと分からないかもしれません。また、個人差もあるようで、変わらない選手はほとんど変わりません。

つまり、敏感な選手ほどこういった微妙な条件で技が変わってしまうのでしょうね。



そういえば、小学生が使用しているリバーシブルの拳サポーターですが、あれも通常の拳サポとリバーシブルで技が大きく変わってしまう選手がいます。リバーシブルを使用すると脇が空いて技が汚くなってしまうのです。

私は動きが変わった事は明らかにわかるのですが、なぜ変わるのかわかりませんでした。当時、私が運動理論に関して神と崇めていたある先生にリバーシブルの拳サポーターを見せて、「これをすると動きがこうなるのですがなぜでしょうか?」と質問したところ、「この構造上、〇〇の経絡を締めつけているので、脇が空いてしまうんです。」と的確な答えを頂きました。

これもみんなが変わってしまうわけではなく本当に一部の選手だけではあるんですが、確実に技が変わるんですよ。


空手着だってそうです。空手着を替えると技が変わるんです。こんな部分も実験でデータを蓄積し、新タイプの空手着や拳サポーターを開発してみたいですね。
おそらく、オリンピックの正式種目となった競技は、こんな微妙な部分も研究されているのではないかと思います。


 組手のこつは二つに一つ
2012年06月19日 (火) | 編集 |
組手で相手を制するのは下記の2つの要素のうちのどちらかだと思うのです。

一つは、相手が反応するよりも早く決める事。もう一つは、相手に山を張らせてそれを外すことです。

相手が反応するよりも早く自分が決めるために、より速く動けるようにするのですが、人間の目というものはスピードには徐々に慣れてくるものです。だからといって私はスピードを否定するわけではありませんが、少なくともスピードに頼ることは危険だと思っています。

100m12秒で走る人をどんなに鍛えても6秒で走ることはできません。

ならば、動きの中で極力相手が反応できないような入り方をして、少しでも反応を遅らせるほうが効果的だと思います。私は、そのために基本があるのだと思っています。基本には、自分の無駄な動きを極限まで省き、相手の反応を遅らせる効果があるのです。

考えてもみてください。時速40km/hの突きが10分の1秒でどれだけ進むか? 計算上は1m以上進むのです。
もちろん、Maxが時速40km/hならば、突きの始まりはゼロからスタートですから実際には数十センチでしょうが、空手で数十センチ突きに反応が遅れれば、まず受けることは不可能となります。

もう一つの方法は、山を張らせてそれを外す方法ですが、山を外されると相手は一瞬固まります。止った相手に技を決めるわけですから、これほど簡単なことはありません。
これは相手に間違った情報を与え、それに反応したところを外して決める方法で、相手に余計なことを考えさせる場合と本能的に反応させてしまう場合があります。


口でいうのは確かに簡単です。これを実際に使えるかどうかが問題なのですが、やはり最初は自分で考えて一つ一つものにしてゆくしかありません。

私は指導する時に、その生徒と戦う場合に私ならばどうするかを考えます。動きざまにガードが開くならば動いた瞬間に入ればいいし、攻撃の後にガードを下げればそこを狙うし、踏み込みが浅くて届かない突きを延々と出しているならば、相手が突いた直後にカウンターを狙う等です。

今後、少しずつ相手に反応させないためにはどうすれば良いか?
逆に相手に山を張らせるにはどうすれば良いかを書いて行きます。


 なぜ腰を落とすのか?
2012年06月17日 (日) | 編集 |
組手の時に、「もっと腰を落とせ!」と指導者に言われることがあります。物体は、重心が低く支持面積が広ければ安定します。

世間では、安定した体勢を作るために腰を落とすと思われているのではないかと思います。

しかし、私は戦いの場での重心の安定は必ずしも良いことだとは思いません。
安定することで即座に対処できなくなることもあり得るからです。つまり、その場に居着いてしまうこともあるということです。

では、なぜ腰を落とすのか?
私は、もっとも速く反応し、敏速に動くために腰を落とすのだと解釈しています。

徒競走を思い出してください。「位置について」「よ~い」「ドン!」の三段階のうち、腰を落とした状態とは、この「よ~い」の状態だと考えます。

いつでも、「ドン」と攻撃できる状態を維持ことが目的です。

しかし、「よ~い」の状態は、カウンター狙いの時は良いのですが、腰を落としすぎると自由に運足を駆使することができません。

通常は、股関節と膝を抜いた状態でフワフワと構えるのがベストではないかと思います。


ですから、何が何でも低く構えるのではなく、やはり臨機応変が一番ではないでしょうか?

因みに、低く構えた時に、太ももの前部(大腿四頭筋)に体重を感じることは良くありません。できるだけ、大腿四頭筋は緊張させずに、脚の裏で立つ感覚が良いのではないかと思います。
 運足は運体 (骨で動く)
2012年06月16日 (土) | 編集 |
昨日に続いて、今日も運足について書いてみます。運足においては、前後への移動、左右への回転、どの場合でも必ず同じ立ち方でなければいけません。
よくありがちなのは、前進よりも後退の時の方が縦の幅が狭い、左右に回った時に横の幅が広い、というものです。

これは、足で移動しようとする、つまり足先に意識が行っている人の典型です。もちろん運足は「足を運ぶ」のですからその通りなのですが、足を運ぶだけではダメなのです。足と共に体も同時に運ばないといけないのです。

ですから、まず頭に叩きこむことは、「運足=運体」であるということです。

では、足と共に体全体を運ぶには、どのような意識で動けばよいかということになります。一言でいえば「骨盤の意識で動けばよい」ということになりますが、骨盤といっても人間の骨の中で最も大きな骨なので、かえって意識しにくい場合があります。

分かりやすく言えば、一枚の板のような骨盤を左右に割ってみることです。

図にすると、 「 _ ⇒ / 」ではなく、 「 _ _ ⇒ _ - 」となります。

このように、骨盤を左右に割ると、面白いように上体が下半身に乗って、安定かつ敏速に動くことができます。

骨盤の意識ができてくると、単に左右に割るだけでなく、回すそれも上下左右方向だけでなく、斜めにも回すことが可能となります。そうなれば、骨盤の動きを手足に伝え、技を出せば良いわけです。

加えて言えば、骨盤は脊髄を通じて肩甲骨につながっているので、骨盤と肩甲骨が連動して動作に活かせれば素晴らしいですね。

いわば、 「筋肉で動くのではなく、骨で動く」 高度な身体操作とはこのような感覚ではないかと考えます。
 究極の重心移動とは・・・
2012年06月15日 (金) | 編集 |
私が思うに、やはり空手はマットではなく、板の上で稽古する方が良いのではないかと思う時があります。ただし、投げなどはやはり板の上では怪我をしやすいので、注意しなければなりませんが。

理由は、足裏の感覚です。言葉にするのが難しいのですが、板の感覚とマットの感覚では、どちらが動きやすいとか、心地良いとかではなく、何かが致命的に違うのです。

なんて書きながら、子供たちの安全を考えて私の道場にはマットを敷いてしまっていますけど・・・。



とりあえず、今日は運足について書いてみます。究極の運足とは、氷の上で動けることだと思います。もし、ツルツル滑る氷の上で動きたければ、決して足で氷を蹴ってはいけません。その途端にスリップして転倒してしまうでしょう。

足裏の摩擦を極力小さくすれば、重心をコントロールして動かなければならなくなるのです。この重心のコントロールで動くことこそが、究極の運足を実現するのではないかと思っています。

私にもし財力があれば、スケートリンクを借り切り、そこで移動稽古や組手をさせるのですが、さすがにそんな余裕はありません。

仕方がないので、知恵を絞ってその状態に近い状況を作り、練習するしかありません。
 双子の扱い方
2012年06月14日 (木) | 編集 |
私がこれまで指導してきた中で、双子を教えることが意外と多かったのです。

今日は、この双子の指導で私が注意していることを書いてみます。

双子の場合、外見がそっくり(特に一卵性双生児)ではありますが、明らかに性格は異なります。ですから、別人格であるということを肝に銘じ、決して同じ扱いをしてはいけないこと。

周囲はどうしても二人で一人前と判断してしまいがちです。周囲がそのような目で見ると、自分たちもそういうものだと思いがちになり、自立の時期が遅れるということもありえます。
ですから、両者を比較しないということ。一緒に誉めない。一緒に叱らない。

一人を誉めて一人を叱る時もあるし、二人ともよくやった時はそれぞれを誉める。あくまでも、個々の行為に対して評価をするということです。


親御さんも同じ服を着せない。学校も同じクラスにしない。本人たちも双子だからという理由で同じ学校(高校と大学)に行かない。あくまでも一人一人の人格に基づいて育てることが重要かと思います。

しかし、何が何でも別々にするということではなく、本人たちが同じ道を歩みたいのであればそれはそれで良いのではないでしょうか?


私が言いたいのは、双子だからという理由で周囲が同じ道を強要することが良くないと言いたいのであり、自分たちが一緒の道を歩みたければ、それは尊重すべきだということです。

兄弟(姉妹)もそれなりの扱い方があり、一人っ子もその扱い方がある。しかし、それは一般的な傾向としてそうなのであり、最も尊重すべきはそのようなマニュアルではなく個人の人格であるということではないかと思います。
 感じるということ
2012年06月13日 (水) | 編集 |
数年前に犬と猫の鳴き声を翻訳する「バウリンガル」と「ニャウリンガル」というものが発売され、話題になりましたが、あれはいまだに販売しているのでしょうか?

今回はコミュニケーションの話です。皆さん、犬はどのように鳴くかご存知でしょうか? 犬はけっして「ワン!」とは鳴きません。悲しい時も「ク~ン」とは鳴きません。猫も「ニャ~ッ」とは鳴きません。

では、どのように鳴くのかと言われれば、私も言えません。なぜならば人間の言葉や文字で表すことができないからです。

しかし、鳴き声から動物の感情を感じることはできます。こちらの感情を伝えたい時も、言葉には表さず感情のままに鳴けばいいのです。

いえいえ、わざわざ無理して動物の言葉を真似るよりも、人間の言葉で伝えても感情ならば確実に伝えることはできるはずです。


動物とコミュニケーションを取る時に、もっとも良くないのは、いちいち人間の言葉に置き換えて理解しようとすることではないでしょうか?

「鳴き声を人間の言葉に訳さず、動物の感情を鳴き声を通じそのまま自分の感覚に投影する」

私は、いつもそうしています。




動物もそうですが、空手の指導や分析も同じかもしれません。

私は、選手の動きを解析する時も、同様の手法を用いています。映像でも良いのですが、直接見る機会がある時は、後ろに立ってその選手の身体意識を自分の身体に投影すると、どこをどう使っているか良く分かります。

試合会場で,例え選手の後ろに立てなくても、先日の日記で書いたように、俯瞰で空間を把握して自分の意識を選手の後ろに置けば大丈夫です。

すると、「上半身を振り子のように振って入っている」「胸の意識で拳を飛ばしている」とか、「かかとから踏み込んでいる」等、その選手の特徴を感じることができるのです。


対戦相手の傾向や習性、自分の選手の欠点と長所、私も以前は徹底してデータを取り、戦術・戦略を錬ったりしていましたが、結局最後には直感が一番信用できるものです。
だから、データに基づいて事前に作戦を練っても、直前になり変更するなんてこともあったりします。



そのような感性を磨くには、もしかしたら言葉はかえって邪魔になるのかもしれません。言葉の通じない外国に一人で住んでみるとか、ひとりで動物と暮らすことができれば、このような感覚は自ずと鋭くなってくるかもしれないですね。
テーマ:空手
ジャンル:スポーツ
 突きは突くから突けない
2012年06月12日 (火) | 編集 |
突きは、その人その人でタイミングも軌道も、威力も距離も異なります。
しかし、実戦を中心に据えて物事を考えれば、どんなに威力があっても、当たらなければ相手は何のダメージもないということを念頭に置かなければなりません。

理想は、相手がこちらの攻撃にまったく反応できないことではないでしょうか?

それには、最短距離を速く突けば良いと単純に考えていませんか?もちろんこれらは技を仕上げる上で必要不可欠です。しかし、これだけではやはり相手は反応出来てしまうのです。

動きは速ければ速いに越したことはありません。しかし、スピードには限界があることもまた事実です。みんなが時速40km/hの突きを出している時に、自分が時速100km/hの突きを出すなんてことはできません。

私がこれまでの調査や指導の中で、明らかに相手が反応できていない突きというものが存在します。それは、決して他の突きの何倍も速いわけではないのです。むしろ、スピードに関しての優劣はほとんどないのではないでしょうか?

では、その突き方とは何かといえば、原理だけを説明するならば、奥義でもなんでもないのです。むしろ、人間だけでなく、猿でもチンパンジーでもそれをやっているのですよ。
霊長類であれば、みんなやっています。その延長で空手をやれば良いのです。

突きを突こうと思うから突けないのです。

物を取りに行くように突けば、命中率は何倍にもアップします。猿がテーブルに置いてあるバナナを取るように突けばよいのです。

私は、実際の戦いの時は足よりも手が先だと言い続けてきました。手が先に目標に向かって飛び、足はそれにつられて身体全体を運ぶ。決して足が先に動いてから手が出るわけではないのです。
しかし基本では、例えば追い突きなどを例に取れば、足が先に出てから突きますが、これは足と共に身体を運ぶ作業を学習しているのだと思っています。これができれば、手から先に行っても身体は自然についてきます。

だいぶ前に、私はJKFanの記事で、「高速上段突きは、相手の顔に付いた米粒をつまむように」と書きました。当時は賛否両論ありましたが、なぜ米粒かというと、小さなものをつまみに行くことで、コントロールが抜群に良くなることです。狙ったポイントを的確に突くことが出来るし、距離もドンピシャリと合わせることができます。

また、物を取ってみれば、逆突きよりも追い突きの方が自然な動きであると理解できるのではないでしょうか。

騙されたと思って一度テーブルに物を置いてそれを取ってみてください。加えて物を取りに行く感覚というのは、一連の行為の中で一切の力みがありません。それも、相手が反応しにくい理由でもあります。


最後に付け加えますが、この物を取りに行くようなイメージの突きは、想像以上の威力がありますよ。槍で突き刺されたような、身体を突き抜かれるような感覚です。

 突きは下半身で、蹴りは上半身で。
2012年06月11日 (月) | 編集 |
先週末は、3件での指導で車の移動距離が1200kmになりました。私がストレスも溜まらず元気でいられるのも、こうやって何百人もの子供たちを指導する中で、元気をもらっているからだと感謝しています。

また、各県でもトップクラスの子や、これから絶対にトップに絡んでくるだろうという子が何人もいて、その成長ぶりを見ることができることが何よりの楽しみです。


さて、昨日の某所でのセミナーで言ったことです。突きは下半身、主に腰で出し、蹴りは上半身、特に肩甲骨をうまく使用して蹴るということ。
どうしても、突きは腕で、蹴りは脚の力を使って出したくなりますが、それでは軽い技になってしまいます。

股がしっかりと割れて股関節の内外旋・内外転と肩甲骨の開閉が正しく行われれば、突きも蹴りも格段に上達します。

「蹴りで肩甲骨を使う」これが盲点です。基本でしっかりと引手ができている人は、肩甲骨の使い方が上手なので、この感覚がわかると思います。
テーマ:空手
ジャンル:スポーツ
 突きの踏み込みは力士のように
2012年06月10日 (日) | 編集 |
私が、空手歴30数年の中で、いまだに理解できないのが、突く時になぜ足をドンと強く鳴らすのかということです。

未だに、このドンと鳴らすことは当たり前のように指導されており、むしろ音を立てない選手の方が少ないのですが、私は個人的にはこのドンドンは無駄だと思っています。


なぜならば、ドンドンと鳴らすことでリズムが単調になり、踏み込んだところでしか突きが決まらない、つまり点でしか突きが決まりません。また、突きの距離も短くなりいずれかかと・膝・腰を痛めるでしょう。

唯一の利点としては、審判にアピールできることですが、選手が音でアピールすることで、審判の技術を落としてしまうという、審判の立場から言えばマイナスに作用しているように感じます。

ドンドン踏み込むことで、単調なリズム・短い距離・単純な技・効かない突き・音が出ることで審判が楽な状況を作り出します。

すると、国際大会では、技を見落としやすくなるのです。


良い選手が良い審判を育て、良い審判が良い選手を育てる。ニワトリと卵の関係と同じで、どっちが先かはさほど重要ではないのです。要は、双方共に良くなければいけないということです。




さて、では踏み込みは必要ないのでしょうか?
私は、必要だと思います。しかし、踏み込みとは床を強く鳴らすことではなく、力士が四股を踏むようなものだと思うのです。

しっかりと着地をした足に体重を乗せるには、強くドンと足を鳴らすよりもソフトランディングで身体全体を沈ませるような感じではないかと。


感覚がわからない人は、四股を踏んでみれば分かります。ぜひやってみてください。
 突き方いろいろ
2012年06月09日 (土) | 編集 |
私が、今もっとも悩んでいるのが、拳の握り方です。「そんなこと初心者の時に習っただろう」なんて言わないでくださいね。
著名な先生方でも、拳の握り方には諸説あるのです。

私が知っているだけでも以下の4種類の突き方があります。

1、最初から正拳をしっかりと握って作り、握りながら突く
2、ゆるく握っておいて、目標に当たった瞬間に握り込む
3、最初から最後まで握らない
4、握った拳を開きながら突く

1と2は説明の必要はないでしょう。問題は3と4です。3は半開きのまま目標に当てても、拳頭部が目標に当たれば、拳を痛めることはありません。
さてさて、4は、やったことのない人には皆目見当もつかないでしょう。握った時に掌の丘のところに指をひっかけて、指が伸びないように突くものです。

で、実際にはどれが正しいのかといえば、すべて正しいのだと思います。結局は使えれば良いのですから、握り方は「こうでなければいけない!」なんて事はないはずです。

しかし、どの方法を選択するにしても、そのやり方をしっかりと学ばなければ中途半端になってしまいますから、自分で試すことは必要ですが、自己流にならないよう気をつけなければなりませんね。

因みに、私の場合は単純には4が突き易いのですが、呼吸の使い方・拳の角度(縦拳か正拳か?)・意識の置き所等で大きく変わって来ます。


また私がボクサー時代、サンドバッグを叩く時に自分では当たる瞬間拳を握っていると思っていました。ところが、注意してサンドバッグを叩いてみると、当たるまで握っていませんでした。2だと思っていたら実は3だったということです。

最近は、立ち方や呼吸・拳の握り方等の方に、より興味がわいています。
テーマ:空手
ジャンル:スポーツ
 なぜ、触れない?
2012年06月08日 (金) | 編集 |
近年の世界の空手界は、ますます高速化が進んでいます。技そのものも速いのですが、何よりも反応の早さに加え、縦横無尽のステップワークが目を引きます。
加えて、ダッキングの技術が進歩し、これまでのような攻撃のタイミングでは、相手に触ることさえもできないという現象が起きてしまいます。

さて、自分よりも速く動く相手に技を決めるには、どうすれば良いのでしょう?実は、発想そのものはきわめて単純なのです。
自分よりも速い相手に勝つには、ゆっくり動けば良いのです。

最近、子供たちが野山で遊ぶことが少なくなり、私たちの少年時代とのギャップにショックを受けています。つまり、昔の人間であればその感覚は既に持ち合わせているのです。

もったいぶらずに答えを言うと、トンボを捕まえるのと同じ要領で間を詰めるのです。

トンボは、明らかに人間よりも反応も動きも速いです。しかし、気配を消してソ~ッと寄って行くと、逃げるタイミングを逸してしまい、飛ぶことができません。
また、手を前に出して間を詰めますね。これも非常に大切なことなのです。突く時に手を伸ばして突くのではなく、手を飛ばして身体がそれについて行くような感覚で入れば、相手の反応は明らかに遅れます。

私がセミナーや記事で書いている「相手の顔に付いている米粒を摘まむように」というのかこの感覚です。

試しに、組手の時に相手がトンボだと思って間を詰めてみてください。もちろん、人間はトンボと違い、自ら攻撃もしてきます。ガードをしっかりとして、先に攻撃されたら確実に防御できる心構えで間を詰めることは忘れないでください。

また、私は小学生の頃、家でニワトリを飼っていました。卵は自給自足だったわけです。外にいるニワトリを小屋に入れる時、これも相手をコーナーに追い込んだり逃げる相手を捕まえる感覚と同じです。
人間よりもはるかに速いニワトリを追いかけたら、ニワトリは四散します。膝を抜いてソ~ッと寄って行くと、ニワトリもゆっくりと動いてくれます。ゆっくりと小屋に追い込んでいくと、複数のニワトリをいっきに小屋に入れることができるのです。

組手の時にニワトリを小屋に入れる要領で相手を追い込むと、面白いくらい相手は逃げることができません。
とはいっても、ニワトリを小屋に追い込んだ経験のある人は、ほとんどいないと思うので、わかりにくいでしょうかね?


私の現在の空手の指導のヒントは、空手の稽古そのものではなく、むしろ幼少の頃の野山で遊んだ経験や、学生の頃に部活としてやっていた野球、上京してすぐに始めたボクシングからの方が圧倒的に多いような気がします。


実は私、幼稚園の頃は、今でいう不登校児でした。いや、学校じゃないから不登園児というべきでしょうか?当時は園に行かないで1人で遊んでいるなんて子供はいませんでした。
人と交わるのが億劫で、いつも野山で一人で遊んでいたものです。

身体が極端に弱く、皆さん信じないかもしれませんが、小学校の運動会は1年生からの6年間で、3回しか出ていません。
筋肉が硬直する原因不明の病で、足がビッコでした。自分では自覚がなかったのですが、走るとピョコン・ピョコンとビッコになっていたようです。

体育も見学が多かったわけですが、その時に見取り稽古の習慣ができてしまったのかもしれません。
それを思うと、世の中何が幸いして何が災いするか分かりません。

まさか、一人で遊んでいた頃のトンボ採りや、家の手伝いでニワトリを小屋に入れたり、体が弱くて体育の授業を見学していたことが、今の指導の役にたっているなんて、当時は夢にも思わなかったですからね。
 それぞれの才能
2012年06月07日 (木) | 編集 |
野球界には、「名選手必ずしも名監督ならず」という言葉があります。中には野村克也氏や落合博光氏のように、偉大な選手が名監督になることもありますが、やはり選手としての才能と監督としての才能は別だと思います。

空手界でも、だいたい同じ傾向がありますね。選手としての才能、指導の才能、加えて経営者としての才能も加わります。選手としてはパッとしなくても、指導者になったとたんにチャンピオンを続々と作る者、選手としても活躍しなかったし、指導も取り立ててうまくはないが、支部を多く立ち上げ傘下に指導者を多く持ち、1000人を超える会員を持つなんて人もいます。

兵の将となるか、将の将となるか?経営能力がある人は、将の将と言えると思います。私はどうかというと、どうも経営者としての素質は全くないようです。せいぜい兵の将どまりかもしれません。

子供の中にも、選手としてはいまいちだが、見事な指導力を発揮する子がいます。リーダーとして皆をまとめる力に長けている者がいます。

最近は、皆をまとめるのが女子が多く、男子は女子の言いなりなんて傾向が強くなっているのは、私の周辺だけでしょうか?

いずれにしても、指導力も経営力も、才能を開花させるのに欠かせない要素は、「人が好き」ということではないかと思います。

 自立度と空間把握の関連性
2012年06月06日 (水) | 編集 |
子供の自立度は、整列の時にわかります。他人に対して依存度の高い子は、間合いが近いのです。前の人を蹴飛ばすような背中のすぐ後ろに立ったり、隣の人とぶつかりそうになっていたり。
注意をすると離れるのですが、次にまた同じ間合いを取ってしまいます。おそらく、空間としての間合いよりも、精神的な間合いが優先されているのではないかと思います。
良い道場は整列が早くてキレイです。
指導者がうまく生徒の自立を促して空間を俯瞰(ふかん)で感じ取り、全体の中の自分の位置を正確に認識しているのでしょう。

俯瞰(ふかん)といえば、空間を自分の目からみた映像ではなく、感覚で感じ取れる人間がいます。つまり、もうひとりの自分の目が離れた所から空間全体を見ている状態とでもいいますか。
そういう選手は、絶対に場外に出ないのです。頭の後ろにも目があるごとく、ラインぎりぎりで回り込むことができてしまいます。

ところで、俯瞰で間を感じ取れるとどうなるかわかりますか?
基本的には、相手と自分の距離は変わりません。自分から相手が遠ければ、相手からも自分は遠いものです。そうなると、身長の高い者が絶対的に有利になります。
しかし、ほんの数センチだけ左右にずれることで、相手の手数が激減しこちらの攻撃に反応できなくなるなんていうことが現実に起こります。
時には片足だけ数センチ左右にずらすこともありますが、位置取りを数センチ変えるだけで、相手が何もできなくなる。
位置取りは相手と自分の相対関係であり、やはり俯瞰で感じることができれば圧倒的に有利になると思います。
空手の面白さってこういう部分にあると思うのです。

感覚が分からない人にはチンプンカンプンでしょうが、右脳を鍛えるとこの感覚がよく理解できるのではないかと思うのです。

あれ? 当初は子供の自立度は整列でわかることだけ書く予定でしたが、「俯瞰」が出た瞬間に私の脳のスイッチが入って、余計なことを書いてしまいました。
このトピックについては後日ゆっくり書いてみようと思います。
 差別と区別
2012年06月05日 (火) | 編集 |
指導をしていると、生徒のレベルや心理状態はまちまちです。その時々で生徒への態度を変えることがあります。今、叱った方が良いのか?それとも誉めた方が良いのか?
Aという生徒は、良く誉められる。対してBは同じことをしているのに叱られる。

指導には、こういうことがよくあるのです。私の尊敬する元プロ野球監督の野村克也氏がうまいことを書かれています。人間は、「無視」「賞賛」「非難」の3段階で試されると。

加えて野村氏は言います。「人間をダメにしたければ、誉めればいい」
ところが、「人は誉められて育つ」とも言われています。

これは、「何でもかんでも誉めれば良いというわけではない、誉め時を誤るな」ということだと思います。

しかし、大して頑張ってもいない時に褒められることが必ずしも悪いとは限らないこともあります。
私も経験があるのですが、必死にやっているわけでもないのに、「こいつは凄い努力をしている!お前らも見習いなさい。」などと言われ、バツが悪くなって以後頑張らざるを得なくなってしまったなんてこともあるのです。


私が何を言いたいのかというと、人間の指導や教育はマニュアル通りにはいかないこともあるということです。
10人生徒がいれば10通りの指導法がある。全員が同じことをやっていても、かける言葉は同じではないということなのです。


保護者は、わが子が誉められればうれしいものです。叱られれば気分が良いはずはありません。でも、指導者は常に「この子にとって一番良い選択」を模索しています。

だから、子供一人一人に異なる態度を取っても、それは「差別」ではなく「区別」ととらえていただきたいのです。


もちろん、指導者がいつも正しいわけではありません。時には、誉め時と叱り時を誤る場合もあります。でも、全員に同じ態度を取れば、潰れる生徒もいなければ伸びる生徒もいなくなるでしょう。


私は、「平等」とは、全く同じ態度で接することだとは思いません。生徒ひとりひとりにとって最善の方法を本気になって考えることが真の平等だと思っています。
テーマ:空手
ジャンル:スポーツ
 始めます!
2012年06月04日 (月) | 編集 |
遅まきながらブログ始めます。JKFanにお世話になり、いろいろと偏見に満ちた記事や評論を書き始めて10年が経ちました。その間、セミナ-やら競技の達人DVDを出し、技術論を展開してきましたが、やはり補足が必要だと痛感していました。

あまり固い事を言わず、ブログに気楽に書いて行こうと思っています。ということで、ここでは、私が技術について思うこと、生徒の指導法、実際の練習を映像でアップしたりと、ほぼ100%近く、空手に関する内容になると思います。

言ってみれば、私の脳みその中身を少々お見せすることになるかと思います。

ということですが、初っ端は空手とは関係ない、猫の写真をアップしましょう。

今朝起きたら、枕元でこんな格好で寝ていました。

ダレ猫5
テーマ:空手
ジャンル:スポーツ

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