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 型にはめることが悪いのか?
2018年04月10日 (火) | 編集 |
今朝の産経ニュースを読んで大変驚きました。前川前文部次官の講習の中で、以下のような批判をしているということです。

前文科次官の前川氏、特定教科書を批判 「異様」「最悪の部類」… 

 道徳の教科化に伴い、新学期から小学校で初めて道徳の検定教科書が導入されるのを前に、文部科学省前事務次官の前川喜平氏(63)が、多数の公立小で使われる特定の教科書の批判を繰り返していることが9日、分かった。著書で発行会社名を挙げて「異様」と指弾し、講演で一部記述を酷評。事務方トップだった人物だけに、識者から「現場の混乱を招いている」との声が出ている。

 前川氏が批判しているのは、文科省の検定に合格した8社の教科書のうち名古屋、さいたま、浜松の各市など多数の教育委員会が採択した教育出版の本。礼儀正しいあいさつに関する記述を象徴的に批判している。
 この記述は、「おはようございます」と組み合わせる形で(1)言いながらお辞儀(2)言った後でお辞儀(3)お辞儀のあとで言う-の3パターンを示し、次ページで(2)を「れいぎ正しい」としている。(2)は「先言後礼」と呼ばれ、マナー講習などで一般的に扱われる。

 だが、前川氏は2月発売の共著「子どもの人権をまもるために」で安倍晋三政権下での道徳の教科化を論じ、学習指導要領と教科書を「国を愛する態度などの徳目を徹底しようとする政治意思を反映したもの」などと自説を展開。「教育出版の教科書の異様さだけは群を抜いている」と名指しした上で、あいさつ記述を「悪しき正解主義の中でも最悪の部類」と酷評している。

 3月に川崎市などで行った講演でも「型にはめる」「一番ひどい例」などと評し、自ら3パターンをしてみせた。
 講師を務めた2月16日の名古屋市立中の授業でも同じ内容が取り上げられたが、文科省が同市教委に内容の報告を要請したことに対し、前川氏は3月19日、「教育基本法が禁じている『不当な支配』に当たる可能性が高い」とするコメントを代理人弁護士を通じ報道機関に出していた。

 前川氏は平成25年7月から担当局長などとして、教科化の政策決定過程の中心的立場にいた。検定は、天下り斡旋(あっせん)問題で引責辞任する29年1月までの次官在任中に実質審議が行われた。省内では「在職中に教科化を反対せず、辞任後に言うのはやめてほしい」などと困惑が広がっている。

 今夏の中学道徳教科書の採択に影響を与える恐れもあり、教科書業界関係者らも動向を注視している。
 産経新聞は前川氏に代理人弁護士を通じ取材を申し込んだが、回答はなかった。


 とのことです。
 正しい挨拶を「型にはめる」「不当な支配」などと批判しています。このような礼儀を型にはめるのがどうして悪いことなのか私には理解できません。私は、このような挨拶は美しい日本の文化ではないかと思っています。道場の指導やセミナーでも、私は欠かさずにこれを指導しています。また、座礼の時も姿勢の取り方、呼吸、手の形、等を指導していますが、これらすべて型にはめる悪いことだったら、「挨拶も心を込めて言えばどんな形でも良いんですよ。」と批判するのでしょうか?
 ならば、テーブルマナーも必要ないということになります。食べ方なんかきれいに食べればどうでもいいんだよとなりかねません。

 私は、この方の講習は、十分に文科省が注意を払わなければいけないと思います。あまりにも、極端な思考の持ち主は、教育としての講習に呼ぶべきではないと思います。
 以前から、この方の言動には疑問がありましたが、今回の意見はあまりにも酷いものでないかと感じます。
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 勝負って難しい
2017年08月01日 (火) | 編集 |
私は、ほぼ毎年インターハイを観戦に行っています。今年のインターハイは、波乱の連続で本当に面白かったですね。初日から決勝戦まで、手に汗を握る戦いの連続でした。

私も勝負の世界に身を置いて何十年になりますが、未だに勝負というのは難しいなと、つくづく思います。強いところが勝つとは限らない。勢いに乗ったところが最終的に勝つ。では、その勢いはどのようにつければ良いのか?
誰か、ラッキーボーイ、ラッキーガールが登場するか、奇跡の大逆転で雰囲気をいっきに変えるか、人的な影響で勢いがつく場合もありますが、何か見えない力で勝利を手繰り寄せているのかと思うこともよくあります。

さて、今回は優勝候補ではあるが、筆頭ではなかった高松中央と、帝京高校が団体組手を制しました。結果を見れば、ほぼ圧勝で頂点に上り詰めたわけですが、一戦一戦を見ていくと、負けても不思議ではない場面でしっかりと勝ってきたことがわかります。
何はともあれ、関係者の皆さん。本当におめでとうございます。

とりわけ高松中央は、組手の進化を早めたかなという印象がありました。一回戦から決勝戦まで、圧倒的な攻撃力がその凄さを示しています。最近の試合は最小点数差で勝つ選手が多くなり、ぎりぎりの勝負をしている傾向がありますが、高松中央の選手たちは、全員が大量点を獲る力がありました。

男子団体組手で3位以上の高校の平均得点と平均失点をまとめてみました。

       高松中央  日本航空  御殿場西   呉港 
平均得点    5.25    3.67   2.11    2.36
平均失点    1.08    2.14   1.71    1.82
得失点差    4.17    1.53   0.4     0.54

これを見ると、高松中央の圧倒的な得点力と、ほとんどない失点が図抜けています。
今大会の同校は、手の付けられない強さだったことがわかります。3位の両校だと、3点取れれば勝てるのに比べ、高松中央相手では6点を取らないと勝てない。この差は致命的です。

それにしても、勝負の後の「たら」「れば」を語っても仕方がないのですが、オーダー次第では勝敗が入れ替わっていたであろう試合が多かったですね。その典型が、女子団体組手準決勝戦の御殿場西対帝京でした。私は、両校が10回対戦すれば7勝3敗くらいで御殿場西が勝つと思います。もし、今日両行がもう一度対戦し、勝敗予想をするとしたら、私は御殿場西有利と言います。
勝負は、強いものが勝つのではなく、勝ったものが強い。まさにこの両校はその典型でしたね。

今回強烈に思ったのは、団体組手は絶対エースの存在が必要だということです。絶対エースが確実に勝利できれば、監督は後の4人の戦い方のシミュレーションが立てられます。劣勢の場面でも、絶対エースが圧勝すればいっきに雰囲気を変えることができます。
今回、帝京の本田監督のオーダー組は冴えに冴えていました。それも、久住呂選手という柱がしっかりしていたおかげだと思います。単に1勝するだけではなく、エースの存在はメンバーに自信を与えます。
高松中央には崎山選手、帝京には久住呂選手がその絶対エース的存在でした。
つまり、優勝した両校には、精神的支柱が確実にあったということでしょう。

また、オーダーを入れ替えるかメンバーを変えることが功を奏して勝利する場合、相手に知られても良いから、そのままのオーダーで押し通した方が良い場合がありました。
監督の勇気と決断力がものを言いますね。

こんなレベルの中で、毎年上位に食い込んでくる学校は本当に凄いと思います。やはり、そういう学校は選手の意識、保護者・サポーターの意識が違います。「なにがなんでも優勝するぞ!」と本気で思っている学校の中で、たった1校だけが本当に優勝できるのです。

何回か書いたことがありますが、必ず最終日まで残って応援ができることが、一番の親孝行です。そして、必死で頑張るわが子の姿を見ることは、親にとって何事にも代えがたい宝です。
仕事を休んで、金を使ってでも、一番見たいものを見れるわけですから、こんなにありがたいことはありません。

3年生は、これで高校の空手は引退となりますが、全選手に対して本当にお疲れさまでしたと言ってあげたい気分です。

最後にひとつだけ。今回メンバーになれなかった控えの1・2年生の応援する姿を見ていると、新人戦にはメンバーになれるかなれないか、よくわかります。空手の技術ではなく、こういうところに人間の本質が出ますから。練習の姿以上にわかります。
一種の緊張感というか、応援の仕方ですかね。

だから、私はアリーナでの試合もさることながら、そういうところも興味を持って見ています。

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 行けば好きになる!
2017年07月22日 (土) | 編集 |
ただいま、本年14回目の渡航中です。今年に入って4割近くが海外というとんでもないスケジュールになってしまいました。
現在ミャンマーに滞在中ですが、つくづく思うことがあります。私は、1985年に海外に出て、既に約40か国を訪問しました。1985年から現在まで、空手で世界を回っていられるということはなんと幸運なことかと神様に感謝しています。
で、何をつくづく思うのかというと、私がこれまで訪問した国で、嫌いになった国は1か国もないのです。訪問した国すべてが好きになりました。
国が近代的だろうが、発展途上で衛生面に不安があろうが、物価か高かろうが安かろうが、すべて好きにることができたのです。政治的に問題を抱える中国や韓国でさえも、向こうの人たちと交流すれば途端に仲良くなり、その国が好きになる。

ならば、日本を好きになってもらうには、どんな形でも良いから日本に来てもらうことが一番なのではないでしょうか? 本当に私は幸せだなと思うのですが、日本にほとんどいない今月でさえも3か国から客人が来てくれます。そりゃ、時間も食われるし、費用もかかります。でも、その何倍もの満足感を彼らは私に与えてくれるのです。

そして、私がどこかを訪問すると、どの国に行っても「こんなとこニ度と来るか!」なんて思わず、「また来ます。ありがとうとう。」と心の中で思って飛行機に乗ることができるのです。

私は、今の若い世代に少しでも私が経験してきたことを受け継いでもらい、国際交流を生涯続けてくれる人を作ることが使命ではないかと思っています。今回も、大学生を5名引率して来ましたが、彼らにも今後も続けて交流を持ってもらいたいと思います。

行けばその国を好きになる。来てもらえば日本を好きになってくれる。これが今回の結論です。

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 無駄話は集中力を欠く
2017年05月01日 (月) | 編集 |
久々の更新です。最近は、書きたいことは相変わらずたくさんあるのですが、パソコンの前に座ることが少なくなってしまい、更新が難しくなっています。 すみません。

さて、昨日私が主催するJKFan/Yoshida Cup in Aichi 2017が行われました。

北は埼玉、南は沖縄、そして今年も海外からフィリピンと韓国が参加して昨年よりも120名も参加者が増えたことは本当に喜ばしいことです。
大会決勝戦のもようは、後日you tubeにアップしますので、ご覧ください。

さて、当道場生の試合を観ていて、思うことがたくさんありました。優勝した選手の何名かは、技術ではなく精神的な成長で勝つことができたと思います。今までは自分の都合で組手をしていました。つまり、相手のことは全く考えず、攻めたい時に攻め、相手が強いとどう攻めようか考えているうちに先にポイントを取られてしまう。そんな子が、相手の動きに合わせて技を出せるようになった。これは、間違いなく精神的な成長の証です。
また、「絶対に勝つ!」という意気込みが全身に表れ、気迫で勝利した生徒もいました。

一方、思うような結果を出せなかった生徒は2種類いたように思います。一つは、現段階では結果はそれほど気にする必要はなく、この方向性で頑張ってゆけばいずれ結果が出る生徒です。もう一つは、普段の練習で言われたことをやろうとせず、今回もその注意されていることが原因で負けてしまった生徒です。

前者は、とにかくこれまでどおり頑張ってゆけば大丈夫です。しかし、後者は事態は深刻です。「こうしたら勝てるよ。」「これを気をつけないと負けるよ!」というアドバイスは一切念頭になく、ひたすら自己流で闘い、決まって同じパターンで負けている。
しかし、こういうタイプの生徒は指導の責任もあるので、私も今よりも工夫して指導することを考えなければいけません。

昨日、最も気になったのは、会場でべらべら知り合いを見つけてはおしゃべりをする。真剣に調整をしている選手たちの隣でゲラゲラ笑ってふざけている。コート脇に並び、今から始まるのにまだベラベラと話している。
まして、それが先輩だったら。もう後輩たちはボロボロになります。つまり、先輩が後輩の邪魔をしていることになるのです。

その生徒たちには、これまでも何度か注意したことがあります。勝ちたい生徒はそういう先輩には近づきません。黙々と自分の調整をしています。人の良い生徒は、そういう先輩につかまってしまい、逃げることができずいじられていました。結果は、言うまでもありません。先輩だけでなくつかまってしまった生徒も最悪でした。

面白いもので、上記に書いた人間的に成長して勝利した生徒は、過去は同様にベラベラとおしゃべりをしていた生徒たちでした。本気で勝ちたいと思った時に、無駄話が自然になくなりました。
ですから、年齢にかかわらず本気の生徒は自分で調整の仕方を心得ているが、本気でない生徒は必ず他人を巻き込んでしまうのです。

また、ある生徒が0-6でストレート負けをしました。負けたこと自体は問題ありません。問題は、1ポイントも取れず負けたことなのです。これが1‐6であれば私は褒めるつもりでいました。1-6はいずれ3-6になり、そして5-6になり、最後は6-5で勝つ可能性があるからです。しかし、何度も突きが極まっているのに審判の旗はピクリともしない。
気合が小さい、思い切り技を出していない、残心が足りない。だから、審判の心が動かないのです。組手競技は、拳が目標に届いたから得点ではありません。得点を与えるのは審判という他人です。審判の心が動かなければ旗は動きません。
ならば、どうすれば審判の心が動くのかを考えなければなりません。そして、実行しなければなりません。

審判の心が動かないということは、人間力が足りないのです。必死さが足りないのです。だから、何度も拳が届いているのに旗が動かないということは、たとえ試合時間が10分に伸びたとしても、得点は0のままなのです。

私は、1‐6の負けよりも、0‐1の負けの方が差が大きいと考えます。前者は5点の差、後者は1点の差ではありません。自分がゼロであれば、相手との差は無限大なのです。
普段の稽古で言われていることを忠実に実行する。それができれば勝負は何とかなるのです。


話は変わりますが、とても幸運なことに、今年も沖縄から伊波光忠先生が生徒さんを連れて大会に参加してくれました。伊波先生は、古武道の世界では沖縄はもとより、世界的に名の知れた第一人者です。その伊波先生の演武を生で観れるということは、それだけでこの大会に参加した価値があるというくらい凄いことだと思いました。

ひとつだけ、心配したことがあります。技というのは、凄ければ凄いほど、理解しがたいということです。つまり、見る人が見なければ、本当の凄さがわからないということです。棒先のスピード、予備動作なくサッと飛退く身の軽さ。これは理解できますが、その元となる身体の使い方は果たして何人が理解出ているかな?なんて心配して観ていました。

門下生の皆さんも伊波先生の前に演武してくれましたが、棒・ヌンチャクの振り方が、腰➡肩➡腕を伝って手から道具の先までが見事に連動している。当然身体をクネクネさせるわけですが、あのクネクネがないと真の威力は出ない。

感心を通り越して、感激、感動する演武でした。

古武道は良いですよ。空手には不可欠のものではないかと思います。形と組手は両輪だと言われますが、本当はそれに古武道を加えて、3輪ではないかと思います。


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伊波光忠先生の演武


 WBC
2017年03月24日 (金) | 編集 |
WBCは、22日に準決勝戦が行われ、日本は惜しくもアメリカに敗退し、前回に続き準決勝で姿を消しました。

1次・2次予選と全勝で来た日本ですが、私は、敗戦した対アメリカ戦が最も内容の良かった試合だったと思いました。アメリカのほぼベストのチームを相手に真っ向から勝負して僅差の勝負に持ち込んだのですから立派です。

予選の時は、選手起用や継投策が失敗し、不安もあった小久保監督ですが、準決勝戦は継投策も代打もピタリと当たりました。

エラーが絡んで2点を失いましたが、ものすごいプレッシャーの中で闘っているのですから、これは私としては想定内のことでした。

最大の課題は、アメリカの2シームを投げる投手陣をどう打ち崩すかが最大の問題だったと思います。日本が放った4安打は、菊地、坂本、小林、内川で、クリーンアップはノーヒットでした。

ツーシームを打てていたのは、球を引きつけて打てる選手だと思いました。バットが少々遠回りする選手は手元の変化についていけないような印象を受けました。

菊地のホームラン、代打内川のヒットは、きれいに右に流し打ちでの結果です。

これで私が思い出したのは、イチロー選手がメジャーに移籍した1年目です。代名詞となった振り子打法を封印し、シーズンが始まる直前まで、イチロー選手は流し打ちばかりしていました。チームメイトは「彼は野球をバカにしているのか?」と思ったといいます。

手元で変化するメジャーの投手を打つには、ギリギリまで引き付けて打つことを徹底していたのでしょう。その後、引っ張るようになった時も、普通に引っ張るのではなく、小さくスウィングをしていました。

これを考えると、このチームにイチローがいればどんなに若い選手の参考になっただろうかと悔やまれます。

次回のWBCまでには、ツーシームを苦にすることなく打てるようになって、3大会ぶりの優勝を味わいたいですね。

野球の良いところは、素人もああだこうだと講釈を垂れることができることです。
日本チームの皆さん、お疲れさまでした。

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