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 覚えられない子どもには・・・
2012年07月29日 (日) | 編集 |
最近、指導をしていて不思議なことがあります。小学生で一切覚えない子が多くなっていることです。

例えば、形の分解を教えている時に、攻め手は左の突き、受け手は左の上段挙げ受け、その後中段の突きで反撃したのを、攻め手が受けて…と、決まったパターンで教えていると、最初の動作から間違っている。

私は、その時は懇切丁寧に教えず、「そこ、違うよ!」とだけ言います。全員が同じことをしているわけですから、周囲を観ればわかると思うのですが、周囲を一切観ずにひたすら自分で考え、また同じことをやる。
私はまた、「だから、そこ違っているよ!」と言う。
すると、また自分でひたすら考え、数分後にまた同じ間違えをする。

私は、ついに「自分がわからない時は、なぜ周りの出来る人を見ない?みんな同じことをやっているんだぞ!」と、毎回言わざるを得なくなりますが、今度は何分もジッと観ているのに、またこれまでと同じ間違えをする。

昨日も、こんな生徒が4組ほどいました。たった2~3動作の約束事を1時間かけても一切覚えない。最初の動作から間違っている。

おそらく、説明を聞いている時に、左の突き⇒右の受け⇒左の前蹴りという説明が、耳に言葉としてではなく音として聞こえているでしょう。
また、出来る人を観ろと言われ見ている時にも、間違っている箇所だけをみて、突きは右か左か?足はどちらが前か?とチェックせず、単なる風景として視界に入っているので、何十分見続けても自分の間違いが認識できないのだと思います。

剣道には、見取り稽古という言葉がありますが、空手も同じで教わらなければできないというのではなく、他者の技や動きを見て盗まなければいけません。


試合でも、何度も何年も同じパターンで負けている選手に聞いてみると、同じパターンで負けているという認識自体が欠けている場合が多いのです。他人から、「この入り方ではカウンターをもらうよ」とアドバイスを受けても、同じ入り方をしてカウンターで負ける。それを何年も続けているのに、自分では全く認識できない。


こういった傾向のある生徒に、「なんでできないんだ!?」と叱っても、おそらくわからないのです。自分では間違っているという認識がないのですから。

私は、心理学を専攻しているわけではないので、詳しいことはわかりませんが、このような子は生い立ちの過程で刺激が少なく、脳がまだ活性化していないのではないかと思っています。

ですから、大部分は成長の過程で刺激を受けながら正常化していくものと思っています。ただし、そこで親が極度に手を貸してしまったり、反対に叱ってばかりいると、脳の活性化がはかられずそのまま成長してしまうのではないかと心配します。

では、私はこのような生徒にはどのように対処しているかというと、正直言って空手の稽古だけでは限界があります。こういう子には多くの刺激を与えなければいけないと思っていますから、できるだけ合宿や遠征に多く参加してほしいのです。

一番の薬は、友達と外で思い切り遊び、近所付き合いをして大人とも交流を持ち、いろいろな情報と刺激を脳に与え続ける事だと思っています。

自分の身の回りのことは自分でする。そして、問題が生じれば子供同士で解決する。何か失敗をすれば親以外の大人に叱られる。もちろん、良いことをすれば他人に褒められる。

こんな当たり前のことが、子供の成長や自立を促すことに大いに役立っていると思います。


だから、優秀な空手の道場はと聞かれれば、空手の上達だけを目指さず、地域社会に密着し、みんなで子供の成長を見守っていけるような環境にある道場が理想ではないかと思うのです。
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 ゾーン
2012年07月26日 (木) | 編集 |
私は、試合の数日前、もしくは数週間前に、生徒に試合の日、会場、集合時間、ルールを訊くことがあります。
最近は親がすべての世話をしてしまい、子供が試合の日も知らないということが驚くほど多いのです。

試合の日も知らず、当日の朝親に起こされ、寝ぼけながら朝食をとり、車の中で熟睡し、会場に着いたら親に起こされ、先生方や保護者・他の道場生に挨拶もしない。
試合前の練習も半分寝ぼけていて声も出さない。

そんな子が試合で勝てるはずがありません。


だから、私は親に

「朝起きなければ家に置いてきて結構です。それで棄権となっても私は怒りません。逆に全部親が何から何までやって、中途半端に負けるよりよほど本人のためになります。」

と、言っています。


朝はアラームをセットして自分で起きる。安全具や空手着は自分で用意してカバンにしまう。試合の日を予め調べておく。ルールをチェックしておく。
場合によっては、出場選手や事前にトーナメントが出ていれば、誰と当たるかを自分で調べておく。

(「場合によっては」と書いたのは、子供の性格により、これをしない方が良い選手もいるからです。)


これができる生徒で、不完全燃焼で負ける者はいません。


本番でボ~ッとして良いところなく負けたり、緊張してバランスを崩して負ける生徒は、多くの割合で事前の準備を怠っており、緊張感がないためにそのままのテンションで不完全燃焼となるか、急に緊張しガチガチになってポカをするかのどちらかです。


試合に緊張は必要です。緊張の度合いでパフォーマンスを最大限に発揮できる範囲をゾーンといいます。試合前に調子が悪いのに、いつも本番では実力を十分に発揮する選手は、このゾーンへの持って行き方が上手なのでしょう。

反面、試合になると実力が発揮できない選手は、ゾーンに持って行くことができないのだと思います。



私は、試合前に事前の準備やイメージをすることで、適度の緊張状態を維持していた方が精神的に良い状態で試合に臨めると思っています。


これは、試合前に限りません。常日頃から生活や練習に適度の緊張状態を持つほうが上達が早いのです。


私生活での緊張状態とは、親がビシビシと鍛えることではありません。
子供に家で役割を持たせ、必ずやらせることです。部屋の掃除、食事の用意・後片付け、ペットの散歩等、少しで良いので毎日何らかの役を義務付けさせ、実行させる。
実行しない時は相応のペナルティを課す。
一定期間欠かさずにできた時は、何らかの形で報酬を与える。


それだけで、子供の勝負強さは格段に上がります。緊張を日常化すれば、本番で緊張をコントロールすることができ、ゾーンに持って行くことが容易になります。




子供がやるべきことを話し合って実行させるまでは親の仕事です。親がそこまで子供と話し合って、子供の同意を得たら、あとは子供が実行すればいいだけです。

それを実行しないのであれば、子供は勝ちたくないのでしょう。



本番に強い生徒は、親がしっかりとそこまで子供にやらせていることが多いものです。
期待されながら今一歩で目標まで届かない生徒は、やはり私生活で緊張感が足りないのです。



面白いことに指導員間で、

「最近、〇〇は後輩の面倒をよく見るようになりましたね。それと率先して声を出している。」

なんて会話があると、その生徒は必ず試合で良い結果が出ています。

練習量は同じでも、練習中の気配りや集中力が身に付いたおかげで、本番でゾーンに持って行くことができた証拠です。

技術は練習量を増やせば向上します。体力も練習で向上させることができます。しかし、こういう精神的なものは、日頃の生活から律していかないとなかなか身に付くものではありません。



ですから、親の義務として、試合の日と場所・ルールだけは最低限子供に覚えさせることを忘れないでください。親の為の試合ではなく、子供自身の試合です。

ならば、子供は自らそれを知らなければなりません。
 続・天才の作り方
2012年07月07日 (土) | 編集 |
昨日に引き続き、天才をどのように作るかということを述べてみたいと思います。

まず、私が常々思っているのは、子供の練習メニューと大人の練習メニューの内容は異なるものでなければならず、決して子供に大人のメニューを押しつけてはいけないということです。
過度の負荷をかける補助運動はもとより、基本や形・組手でさえも、子供には子供のためのメニューを考えるべきだと思います。

例えば、小さな頃は空手の練習以外のメニューを増やし、さまざまな動きを覚えさせて脳の神経回路の構築を念頭に入れてメニューを組むべきでしょう。

そして、神経系が完成される小学生中学年から高学年くらいに基本を徹底して身体に染み込ませるべきです。ここで、競技のための形をひたすら回数をこなしたり、試合形式の組手を中心にメニューを組んでしまうと、動きの引き出しが限定されてしまい、その後の伸びしろを無くす結果になるでしょう。

例えば、世界では相手が突いてきたところを後ろ跳び回し蹴りのカウンターを完璧なコントロールで決める選手がいます。日本の選手がこのような大技を出すことが少ないのは、リスクを負っての大技を戒める国民性もあると思いますが、子供の頃に多用な動きを身に付けていないがために、神経回路が構築されておらず、大人になって覚えたくても覚えられないのが一番の原因ではないかと思います。

また、中段逆突き一つとっても、多様な動きを幼少の頃に身に付けておくと、いつも距離とタイミングが同じではなく、相手の動きに応じて突いている途中にタイミングを変えることも可能になります。例えば、相手に受けられると感じたら、手を一瞬先に飛ばしたり、その反対に一人時間差のように突きを遅れて出したりと、さまざまなタイミングで突くことができるようになります。

いわゆる、筋肉を細かに使うことができるわけです。



私は、小さな子供に一流選手の形や組手を真似させたりするのは、必ずしも良いことだとは思いません。子供には、子供の形があり子供の組手があります。
やけに大人びた形をする子供を時折見かけますが、少々将来が不安になってしまいます。

例えば、小学生の頃から高校などに稽古に行くと、同年代の子には負けなくなります。ところが、年齢が行くにつれて周りの子に追いつかれ、高校に上がる頃には普通の選手になっている例などは、小学生でやるべきことを怠って、高校生の技術を学んでしまったということです。



また、良い指導者は生徒をほったらかしておくのが上手です。あれこれ細かく指導しすぎてしまうと子供にとっては、自分で考えなくても言うことさえ聞いていれば勝ててしまうので、以後考える習慣が無くなってしまいます。


最後に、海外の道場は子供の指導をどのようにしているかを書きます。海外の多くの道場は、小さな子供に対しほとんど空手は指導していません。まともな空手の時間よりも、さまざまな体操やゲーム形式を取り入れ、最後に少しだけ空手の基本をやっておしまいです。
ですから、小さいうちはなかなか空手を覚えません。練習の絶対量が少ないのですから当然です。

しかし、小さなうちに様々な動きを身に付けておくことで、高校生くらいになると、急速に技術が上達してきます。

この点で、海外のほうが天才が育ちやすい環境にあるのではないかと思うのです。
 天才の作り方
2012年07月06日 (金) | 編集 |
日本は、どの分野でも世界に名を轟かすほどの天才が現れにくい土壌にあるようです。理由は、規格化を徹底しすぎて、指導者の考えを押しつけ過ぎることではないでしょうか?


空手の基本の稽古メニューは、誰でも強くなれるように構成されています。いわゆる運動能力の低い人でも、時間をかけて稽古すれば一定のレベルを獲得することができます。


しかし、私がこれまで多くの天才といわれる選手を自分なりに研究してきた結果。ある事がわかりました。


 「凡人の常識は天才の非常識、天才の常識は凡人の非常識」 

ということです。

ですから、指導者たるもの、天才には天才の論理で指導しなければならないのだと思います。


私は常々、シアトルマリナーズのイチロー選手の動きを観て、きわめて武道的な動きだと敬服します。

私も高校までは野球少年だったのですが、右打者は壁を右の腰に作れと言われてきました。私は、凡才のそのまた下クラスの選手でしたが、ひとつだけ他と違っていたことは他人と異なる思考回路を持っていたことです。

他人からのアドバイスを聞かない頭の固い、いわゆる監督や先輩からは扱いにくい選手だったと思いますが、独自のアイデアは、ふんだんにありました。

その中で、中学まではスウィングの時には、前の腰(右打ちなので左腰)に壁を作って打っていました。それはすぐに直され、結局は通常の打ち方になってしまいましたが、自分なりの感触として前の腰に壁を作り、全身をそこに向けてぶつけるようにした方が、フォロースルーが楽に取れて飛距離がはるかに伸びたのです。

私自身も野球から離れ、忘れかけていた頃にイチロー選手が登場し、当時「振り子打法」と言われる打ち方で一世を風靡しました。その時に、思ったのが、彼は左打ちなので右腰に壁を作る、いわゆるそれまでの常識とは逆の方法だったわけです。

空手に例えると、従来の打法は逆突き、イチロー選手の打法は、追い突きに近い操作です。

空手の形でも特徴的なのですが、逆突きは後ろ足を張って腰を切ります。しかし、本来の多くの沖縄の形は、後ろ足を寄せながら攻撃を決めます。



さて、競技空手界に目を移すと、面白いことがわかります。世界の競技空手界は、コンスタントに右上がりに発展してきたわけではありません。ある時突然変異的に天才が現れ、それまでの常識を一掃してしまい、彼(彼女)のスタイルがその後のスタンダードとなっているのです。

ですから、凡人の積み重ねの上に天才が現れたというよりも、彼らは突然に現れ流れを強引に変えてしまうのです。


日本で、世界に最も影響を与えた選手といえば、1980年代に世界と全日本の頂点に立った鈴木雄一氏でしょう。
当時、べた足が普通というか、動き回るという概念が全くなかった時代に、フットワークを駆使して日本の頂点に上り詰め、世界では2m級の大男たちを相手に互角以上の戦いをしていました。



実は、私は同じ時代に空手を始め、学連にも出ていました。プロボクサーからの転向で、どうして空手をやって良いか分からず、最初のうちはガードを固めて、フットワークを使ってジャブを出していました。
学連の試合に出ると、当然ボクシングのパンチの打ち方ではポイントを取れるわけがなく、副審が笛を口にしながら私を見て笑いをこらえていたのを今でも覚えています。

そりゃそうです。当時の空手の試合でフットワーク使ってジャブをだし、相手の突きをダッキングでかわして、時々間違ってボディにアッパーを打ちこんでしまったりしていたんですから。


そう思うと、振り子打法も空手のフットワークも同じことをやっていたのに、天才は時代を変え私のような凡才は世間に何の影響も与えないという、当たり前の結果になったことは十分に納得がいきます。




さて、ここまで書いておいて一見矛盾するようなことを書きますが、ここからが私の本音です。
空手の基本とはなんでしょうか?

私は、天才の動きを凡人にもできるように修練過程を合理化されたものが基本ではないかと思っています。
ですから、時間をかけて基本をしっかりやれば、凡人でも天才になれるチャンスはあると思っています。



では、最初に書いたことは嘘だったのかといえば、そうではありません。

本当の基本とは、凡人が天才になれる道だと思っています。しかし、一歩間違えば、基本をやり込むことで、レベルの高い凡人を増産することにもなりかねないのではないかと危惧しているのです。


具体的にどういうことかといえば、指導者の身体意識と生徒の身体意識はイコールではありません。ですから、「こうでなければいけない」という指導方法では、指導者と異なる身体意識の生徒を潰してしまいかねないのです。

指導者にとって正しいことは、必ずしも生徒ひとりひとりにとって正しいとは限らないこともあるということです。


ですから、指導者は自己の身体感覚を生徒に押しつけることなく、生徒の感覚を感じ取ってその人間にふさわしい動きを教えることが必要ではないかと思います。


「こうしなければならない」という指導法が主流を占めている限り、日本から天才は現れにくいのではないでしょうか?



 小学生のうちに何をすべきか?
2012年07月05日 (木) | 編集 |
現在は、小学生は全少に代表される全国規模の大きな大会が開催され、関東では7月1日に第1回の関東少年少女空手道選手権大会が開催されました。

さて、ここで誤解されないよう注意して、私の本心を書かなければなりません。

まず、小学生の頃から全国規模の大会で技を競い合うことは、身近な目標ができて自身の励みとなるでしょう。

しかし、子供にとって今、勝つことを追求することが必ずしも将来のためになるかどうか?これを指導者と保護者は心して考えてゆかなければなりません。


海外では、よほどの英才教育をしない限り、または社会主義諸国でのオリンピック競技でない限り、ひとつの競技をそれも本格的に厳しく行うことはありません。

人間は、9才から12才の期間に神経系が最も発展し、ほぼ完成します。その間に限られた情報しか与えなければ、発達が制限されると言われています。

私が、知っている欧米の空手道場は、小学生の時は厳しく指導はせず、その代わり様々な動きやゲームをさせていました。そして、毎日のように稽古を子供にさせる道場はありませんでした。

空手の稽古も、基本ー形ー分解ー古武道とバラエティに富み、自由組手は極端に少ないのです。
空手以外にもクロストレーニングで様々な競技を経験し、空手もバラエティに富んだ稽古内容です。
また、稽古に入る前の体操や補強運動が長いのです。


ですから、欧米の選手は、小中学生の時は競技レベルは高くありませんが、高校くらいから急速にレベルが上がってきます。
競技が増え、全日本規模の大会や国際大会が増えるのは良いのですが、やはり子供のうちは楽しんでやらせることが第一で、競技結果は二の次で良いのではないかと思います。

指導者は、成績を残したいために必死に勝たせようとしがちですが、勝たせない勇気も時には必要ではないかと思います。

今勝ちたいのか?
五年後に勝ちたいのか?
十年後に勝ちたいのか?

どこで勝ちたいかで、指導方法は大幅に変わってきます。今勝つことが悪いわけではないのですが、今だけ勝てるのであれば、子供は先々苦労します。

ですから、子供のうちから競技に偏ることなく、バランスを考慮した稽古メニューを作成する必要が指導者にはあるでしょう。

私自身も、「勝たせたいけど勝たせない」というジレンマの中で指導しています。

一時期のみ頂点に立つ人間よりも、一生空手に関わる人間を作りたい。
多くの指導者はこのように考えているのではないかと思います。

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