我慢を教えるということ
2015年03月23日 (月) | 編集 |
試合に勝ちたいと思ったら、道場内で良い稽古をしているだけでは足りません。稽古以外に様々な刺激が必要です。合宿、遠征、合同稽古、指導者の引率なしでの大会参加等、いろいろな状況に身を置いてみると、自分に足りないものは何かを見つけることができます。

強い道場や強い選手と自分を比較して何が違うのか?常に省みる必要があります。特に親の同伴がない状況下ならばさらに子供の本質が理解でき、他人に指摘されることでより成長を望むことができます。

それは、空手の稽古のみではありません。遠征先で自分の荷物の管理がきちんとできているか?無駄話をしないで集中できているか?試合だけでなく稽古中、常に気持ちが集中できているか?汚い言葉使いをしていないか?下品な態度を取っていないか?等、いくらでも勉強になる部分はあります。

気持ちが緩んでいると、細かな部分に顕著に出るのです。それが試合の最も大事な場面で出てしまい、致命的な敗因となることが良くあります。

これらは、どこでも言われているような当たり前のことです。どのような状況下でも考え方次第では自分にとって有益になるし、逆に否定的に捉えるとせっかくのチャンスを無駄にしてしまいます。

子供も、ドンドン至らないところ(もちろん良いところも)を他人に指摘される。それと同時に親も我が子と他の子を比べて、自分の至らない点はどこなのかを知る必要があります。自分は子供に対し過保護なのか?または、厳しすぎるか?
子供も勉強ですが親も勉強です。

子供にとって、ボロボロに負けてしまった。試合がたくさんできなかった。時には以上に寒かった(暑かった)等、その時々で満足できないことが数多くあります。その時、「もうあそこには行かない」となれば、今以上の成長はありません。親も子供が叱られたからテンションが下がり、子供の習い事に対する情熱が下がったとなれば、それ以上の親としての成長も子供の成長もなくなります。

うまく行かなかった時にどうするかで人間の真価がわかります。親もそうです。

今、最も指導者自身が自覚し、保護者や生徒に指導しなければいけないことは、「我慢」を教えることかもしれません。また、何事も自分の糧にできる知恵を養うこと。
子供に我慢を教えたければ、指導者や保護者が我慢をすることです。些細なことで一喜一憂し、「ダメだ!」と結論を出してしまうことはたいへん危険です。

いつもいつも自分にとって、または子供にとって十分な環境を与えられているはずと考えてはいけません。十分でなくともそれを役立てる方法や考え方を持てば、どんな状況下でも無駄ということはありません。

親が我慢できれば子供も粘り強い子に育ちます。親が我慢しなければ子供もあっさりと諦める人間に育ちます。そこを忘れずに指導者も親も子供を育てて行きたいですね。
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 教育の危機
2013年12月04日 (水) | 編集 |
私は今、日本の危機を痛切に感じています。それは中国や韓国との間の東アジア問題ではなく、天災でもなく、空手のことでもありません。

日本人の学力の低下についてです。40年前は某首相が「日本の知的水準は世界一」と言い、世界中から非難を浴びましたが、今同じことを言っても、世界は「ハハハッ、面白い冗談だ!」と一笑に臥すでしょう。

空手を教えていても1年経っても帯の結び方が出来ない子、初心者の形を全く覚えない子が多くなりました。

さて、こんな私が勉強云々なんて言えるのも、海外の人たちに空手を指導してきたからなのです。高校や大学に空手の特待で入れる国なんて、日本くらいです。勉強での特待はあっても、空手での特待なんて私は海外では聞いたことがありません。


私は、フィリピンで7年間ナショナルコーチをしていましたが、当時の選手たちは練習の合間の10分間でもノートを開き勉強していましたし、WKF世界大会の会場でも帰ったらすぐに試験があると、自国の選手が試合をしていない時は勉強をしていた選手がいます。もちろん、私はそれを許可しました。
当時、ナショナルチームの選手たちは、学生は勉強、社会人は毎日の残業で忙しく、週3回それも朝の5時から7時まで練習をしていました。それしか時間が取れなかったのです。

その中で、「世界でメダルを獲れ、アジア王者を作れ。そのために外国人のコーチのお前を採用したんだ。」と言われました。実際、2度目に呼ばれた時は、世界大会まであと5か月しかありません。もう普通に空手をやっていたら絶対に勝てないと思い、陸上競技場で徹底した走り込みと徹底したイメージトレーニングを週3回行いました。

当然、「なんで空手のチームが空手をしないんだ。それなら日本人のお前を呼んだ意味がないだろう。」と強い批難も起き、選手の中からも「こんなんで本当に勝てるのか?」と疑問を呈する声が上がりました。
そこを、私を理解してくれている役員・選手が「今は、コーチを信じるしかないだろう。どっちみち俺たちは結果を出したことがないんだから。」とサポートしてくれたおかげで、WKF世界大会で初めてメダルを獲ることができました。
次の年のAKFアジア大会でも、日本に次ぐ11個のメダルを獲得できました。

これも、選手たちが皆頭が良く集中力があり、確かな目的意識を持って練習についてきてくれたおかげです。


今週になり、フィリピン在住で現地の方と結婚された日本人女性のアルフォルテさんとお子さんのさくらさんのことでやり取りをしているうちにますます日本の危機を感じるようになりました。

このアルフォルテさんの娘さんは、日本でいう小学校で飛び級をしました。本来ならば5年生なのですがクラス全体が6年生に上ったということです。加えて、AMAFI賞というものがあり、学力、リーダーシップ、スポーツ、音楽、アート、信仰心、語学力の全ての分野で秀でている卒業生に送られる賞があり、娘さんはその候補にノミネートされているというのです。


以下の文章は、アルフォルテさんのご許可をいただき、抜粋・掲載させていただきます。(青字がアルフォルテさんの文です)

さくらは週5日の空手の練習(内3日は片道2時間かけて本部道場)に加え、上級アートのクラスも週2日放課後に学校で受けており、山のような宿題と毎日の様にあるテストの勉強などを練習開始直前まで道場でこなすなどして今まで一生懸命両立させ、学校の成績もFirst Honor(成績トップクラス)をキープしており、学級委員長もして忙しくしています。

去年のマレーシアの大会は期末試験中だったので自分のiPadを持っていき、それこそ月井先生の知る以前のフィリピンの選手と同じく、試合会場でも自分と仲間の試合以外の時間はiPadで試験勉強をしながら、試合には集中して金メダルも2つ取ることができました。

飛行機の中でも空港でも、ずっとお勉強をしていました。



私が、日本の現状を嘆いたメールを送ったところ、下記の返信が来ました。


フィリピンの子供は、本当によくお勉強します。それから、親もしっかり教えています。

フィリピンは幼稚園から既に英語、算数、理科、フィリピノ語、宗教学と科目別にしっかり教えており、算数などは2桁までの足し算、引き算や分数まで習います。

うちも幼稚園のうちから毎日私が予習復習につきあい、間違いがゼロになるまで練習問題を何度も作ってやらせていました。

2年生くらいになると予習復習がだいたい一人でできるようになるので練習問題だけ作ってやらせ、4年生からは完全に一人でお勉強できるようになりました。

そうやって、親が最初に勉強の仕方を教えて勉強するくせをつけさせてあげれば、一人でもお勉強できるようになるのだと思います。

小さい頃からしっかり教えて良い成績が取れていれば、自然と「悪い点は取れない。」というプレッシャーが出てきますので、自主的にお勉強すると思います。

フィリピンは小学校でも成績が74以下ですと進級できませんので、みんな必死にお勉強します。

大学も、例えばラサール大学は学部の多いマンモス大学ですが、入学はできても卒業が難しく、毎年3分の1程度しか卒業できないらしく、土日も授業があるそうです。大学生は勉強 x 勉強です。

(中略)

テストも小学校1年から、全ての科目で答えを選択方式や答えを書くだけではなく、説明文で答えさせるようになったため、文章能力や自分の考えを伝える力が養われます。

日本はその点、

「小さな子供にこれはかわいそうだ。とてもこなせないだろう。落ちこぼれも出るかもしれない。」

などといって、フィリピンのようなプレッシャーをかけながら力を伸ばしていくカリキュラムは組めないのだと思います。

例えば今年度みんな飛び級しましたので1学年上のお勉強をしていますし、フィリピンは通常アメリカの2学年上くらいのレベルの勉強内容を教えていますが、それでも子どもたちはみんなついていっています。

大変は大変ですがやればできてしまうのに、日本はやらせていないんですね。
もちろん落ちこぼれも出てきますが、学校は有料で補習クラスを設けて教えています。

(先生達にも熱意があり、みんな誇りを持って仕事をしています。
優秀な先生には、毎年表彰もあります。)

空手の試合だって、プレッシャーがかかって緊張感を持って初めて出る底力や集中力というものがあると思います。

お勉強も同じだと思います。頑張らないでこなせるレベルに設定するのではなく、頑張ればこなせるレベルに設定しないと、世界から取り残されてしまいそうです。

が、保守的な日本ではいつまでもそんなやり方は適用されないのでしょうね。



私が先日インドに行った時に訪れたインターナショナルスクールでの空手の進級審査でも、素早く整列し高い集中力を持って試験に挑み、約250名全員を合格にしました。日本人ならば、数十人は不合格だったと思います。

インドネシアでも15年前は英語を話す人がほとんどおらず、私はインドネシア語と簡単な英語で指導していたのが、今では小学生にも英語だけで指導ができます。

以前、自分の生徒に対して、親に「勉強の時間を増やしてもダメです。この子には勉強のやり方をまず教えてあげないといけません」と言ったと書きました。

空手の時間を減らして、大会にも出ないで勉強の時間を増やして成績が上達する子もいますが、そもそもどうやって勉強すれば良いかわからない子に勉強の時間を増やしても成績は伸びません。

アルフォルテさんは、具体的な方法も書いてくれています。

長時間勉強させて40点...これでは子どももかわいそうですね。

私は、逆に「長時間のだらだら勉強はしちゃダメ。」と子供に言っています。
長時間になると集中力もなくなるし、だらだらしてしまって頭に入りません。
極端な話、何もやらなかったのと同じだと思います。ただ勉強嫌いになるだけ。。。

いつも、例えば数十ページ分のテスト範囲だとしたら、

「40分間でレビューしてね。後でちゃんと理解したか私が確認するから。」

と言ってレビューさせ、その後にテストをしてみて、わからないところがあると再び時間をあげてレビューさせ、その後に私がテスト...としています。

レビューさせるだけだとだらだら緊張感なくやってしまうので、制限時間を設定して、しかも後でテストがあると言っておくと、必死に覚えようとします。
さくらは今は私はテストしていませんが、自分で自分にプレッシャーを与えながらお勉強できるようになったみたいです。

さくらは2年生の2学期に空手を始め、その後練習でお勉強の時間が少し減りましたが、始めは少し大変でしたが私もさくら本人も短時間で効率良くお勉強する”コツ”を掴みましたので、成績はキープしていました。

4年生になって、本部道場に通い出したり国際大会や全国大会に出るようになって練習時間が急に増え、その分お勉強の時間が極端に減ってしまいましたが、より効果的にお勉強するコツをさくらが掴み、集中してお勉強できるので成績は変わっていません。

(中略)

私だけじゃなくて、フィリピンの親はみんな頑張っています。親が時間的にできない場合はやはり家庭教師を雇っています。

みんな85~90点台というテスト成績が普通で、70点台はかなり悪い感覚ですし、60点以下を取ると学校から「警告書」が渡されてしまいます。

日本の学校の評価も、「たいへんよい」「よい」「がんばりましょう」の3段階評価や5段階評価ですが、もっと評価を細かくしたり、学期毎に成績優秀者を表彰したりしてやる気を出させる方法を考えればいいのにと思います。




海外でも、勉強はできないがスポーツで頑張ってトップまで上りつめた選手はいます。でも、そのほとんどは貧困層に生まれ、勉強する機会に恵まれなかった人たちです。

日本のように、勉強する機会がふんだんにあるのに、まったく勉強をせずにスポーツだけやって、大人になってもローマ字で自分の名前も書けない一流選手がいるなんてのは、外国では聞いたことがありません。


私は、中学生になると中間試験、期末試験の点数を全員に聞きます。生徒同士が何点か教え合っている時、「〇〇ちゃん、5教科で350点だって!スゴ~イ!」と驚いていますが、上記にもあるように70点はかなり悪い点数です。


日本のお父さん・お母さん、学校の先生!(空手の先生も含みます) もっと、子供の教育に力を入れましょう!

教育とは、その字の如く「教え育む」ことです。教育は、人を作り、人が国の基盤となり、繁栄をもたらします。

「日本の子供たちよ、もっと勉強しなさい!勉強しないと私みたいになっちゃうぞ!」と、反面教師の私が叫びます。


因みに、下の写真と本文とは、何の関係もありません。

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 子供のサイン
2013年04月08日 (月) | 編集 |
空手を指導していると、いうまでもなくさまざまなタイプの子供を指導しなければなりません。そして、子供のタイプからある程度、家庭内の状況をはかり知ることができます。

例えば、試合後の反省会で、歯がゆい内容の試合でも格下の相手に負けても自分に合格点を付ける生徒は、要注意かもしれません。というのは、こういうタイプの選手は、ふがいない試合をすると家で親にけちょんけちょんに言われている可能性があるからです。
おそらく、長時間言われ続けるので、自分を守るために無意識のうちに自分では反省しないのでしょう。反省すれば親からだけでなく、自分自身も自己を否定することになるわけですから、反省をしないことが自己の精神破壊を免れる方法となっている可能性があります。

面白いことに、反省の弁がない生徒はプレッシャーがかかると萎縮してしまうタイプが多いのです。これも、負けたらまたけちょんけちょんに言われると予想し、思い切って戦うことができなくなるのではないかと思います。
頑張ろうという気持ちと一緒に、常に「負けたらどうしよう」という不安と共に戦っているのだと思います。


また、過度にプレッシャーを受けている子は、幼児化の傾向にある場合があります。これも無意識だと思いますが、プレッシャーがかかると、くだらないことにはしゃいだり、言葉が幼くなったりと精神年齢が下がってしまうのです。
顔つきもポワ~ッとした表情になります。
これも、幼児化することで敗北の際の責任を回避したいというサインではないかと思います。

私が試合前に生徒の表情を観て、「随分と幼い顔をしているなぁ・・・」と思う時がありますが、決まって結果は悪い方に出ます。


意見を訊くと、大人の期待どおりの答えを探すあまり、なかなか言い出せない子は、おそらく自分の意見を言うと親に論破されてしまうのでしょうね。だから、考えた挙句、答えたと思ったら当たり前の答えしか言えない。



いくら教えても、自らそれを試そうとしないが、それを試すように言うとちゃんとできる。でも、言わないとまた試すことがなくなる。これは、指示待ち人間の典型ですから、自立心のない子がこの傾向にあります。親が何でもかんでも面倒を見てしまい、子供はいうことだけを聞いていれば良いのでしょう。



私も自身の指導で反省すべきことが多いのですが、叱られた者が「自分は能力がない」と思わせないよう叱らなければなりません。「やればできるのにやらなかったから叱られたんだ」と思わせることができれば、人間は頑張れると思います。

だったら誉めれば良いのですが、誉められてばかりだと人間というものは気が緩んでしまうのではないかと思います。誉めるにしても、叱るにしても、「やればできるんだ!」ということを忘れずに接しなければいけないと思います。
 些細なところで良くわかる
2013年04月07日 (日) | 編集 |
子供たちと遠征や合宿をしていると、本当に些細なところでその子の器というか、将来の可能性が分かることがあります。

例えば、車の中で寝ている姿です。これから出稽古や試合に行くのに車で移動する時、子供が車の中でどのように過ごすか、これは本性が良く出て面白いものです。
やはり、本番で実力が発揮できる者は、車の中で既に集中が始まっています。寝るにしても、大きな口を開けて股を広げて寝ることはしません。

本番で力を発揮できない生徒を見ていると、車の中の寝姿に共通点があります。緊張感が足りないのです。これは、大事な大会前のしぐさや態度でも同様で、ほんの些細なことでその選手の違いが良く分かります。
本番に強い選手は、試合時間が近づくにつれて徐々に集中力が増してくるのがわかります。選手によっては、それが不可解な単独行動になったり、わがままになったりなんてこともありますが、とにかく、勝ちたいという意思が良く伝わってきます。

いつも本番になると力を発揮できない選手は、逆に試合時間が近づいても、集中が増さず、行動も極めて普通です。



子供の器の判断は、突然インスピレーションのように湧いてくる時もあれば、私なりの独断と偏見の基準を設定して試す時もあります。
例えば、道場に寝泊まりしていて、「ここまでには起きてほしい」という時間を私は勝手に設定します。子供たちに起床時間は伝えません。つまり、起床に関しては自由として子供たちの様子を見ると、適度な緊張感を持っているものと、ダレているものでは起床時間が違うのです。
それも、ほんの10分ほどなのですが、私は「やっぱりな」と思ってしまう。

例えば、本番で必ず実力を発揮できる生徒は8時10分に起きるのが、本番に弱い生徒は8時20分になる。逆にそれよりも早く、7時30分に起きてしまうのもよろしくない。

というのも、

「前日の子供たちの疲れ具合や何時ごろ寝たのかを予め知っておき、私なりに朝何時から練習が始まるので、緊張感が伴っていればここまでには洗面や着替えの用意ができているだろう。それをするには何時に起きていなければ・・・」

なんて計算を私は頭の中でしているのです。これは、早ければ早いほど良いという類いのものではありません。あまり用意が早すぎても練習が始まった時には緊張感が持たず疲れてしまいます。

だから、この10分単位の時間でその子の器を計っているのです。

センスと言っいいのかどうかわかりませんが、ピタリと期待通りに起きて用意をする子供は、ちゃんと今日の行動と明日の予定を頭に入れて、逆算して起床時間を決め、計算通りに行動しているのです。


最近の子は、家での緊張感が足りないから、大事な場面で実力が発揮できない者が多いのではないかと思います。普段緊張していないから大事な場面でかえって萎縮してしまう。
大会の日に寝坊しても親が優しく起こしてくれますし、何をしなくても食卓には朝食が並んでいます。大会会場までは親の車で移動するので、ずっと寝たままで会場に着いてしまう。こんな選手が大事な場面で勝てるはずがありません。



それと、子供のそういった態度でセンスが最もわかるのは挨拶なんです。遠くから互いを確認し近づいてくる。先生に最初に「おはよう」と言われ、あとから「あっ、おはようございます」という子は、総じて本番に弱いです。緊張感が足りない証拠ですから。
だからといって、相手が遠くにいるうちに挨拶をしたらいけない。互いの間合いに入った時にいち早く言えるかどうか、これがポイントなのです。

ですから、自分の生徒だけでなく、全国クラスの大会で他道場の生徒さんに挨拶される時も、その子の間が良いかどうかを知るのが楽しみになっています。


これを考えると、子供が良い選手になれるかどうかは家庭環境に左右される場合が多いと感じますが、じゃあ子供の頃はだらしないと一生ダメなのか、家庭環境だけがその子の将来を決めるのかというとそうではありません。

やはり道場、高校や大学に入ってからの指導者次第でも大きく変わることがあります。



私は、仕事が空手になっちゃっていますから、頻繁に高校や大学にも顔を出させていただいていますが、「えっ!あのだらしないどうしようもなかったやつが随分立派になったものだなぁ・・・」と感心することがよくあります。

環境が変わって、その子の潜在能力がグンと引っ張り出されたのでしょう。面白いもので、人間は人格が向上すると人相が変わります。眼に力がなく口を開けてアホ面していたやつが、生活態度を改めるとキリッとしまった顔になるのです。

他の道場生でも、立派になった生徒を見ると、無性にうれしくなります。
 思いはうつる
2013年04月02日 (火) | 編集 |
子供は、常に頑張り続けるとは限りません。ふがいない試合をした時などは、指導者も親も選手を叱りたくなります。

実際、私も気持ちの入らない負け方をした時は、叱ります。それも、相当きつい言葉を使ってしまう時が多いです。

俗に、「負けて一番悔しいのは選手本人なのだから、叱ることは良くない」という言い方もされます。しかし、一番悔しい時だからこそ、きつく言った方が良い場合もあります。

このあたりは、選手の心理状況を見ながら判断を下さないといけませんね。私が最も気を遣うのは、家庭環境です。親がガミガミ言うタイプだと、指導者もガミガミ言ってしまうと子供の逃げ場がなくなります。また、夫婦二人ともきついことをいうタイプか、片方はなだめ役になるか、それとも二人とも優しく言うタイプか?

親がガミガミ言いすぎるならば、指導者はガミガミ言うわけにはいきません。親が優しすぎて子供がダレている場合は、指導者は厳しく接しなければいけないでしょう。


これを考えると、生徒一人ひとりが状況が異なるわけですから、同じように誉め、同じように叱ることはできなくなってしまいます。だから、指導者はこういう一人一人の状況に応じた指導を差別と思われないよう、注意すべきだと思います。私なども、随分とそのあたりのところを誤解されたことがありますね。
やはり、多くの人がそうであるように、期待が大きければ大きいほど、その選手には要求が厳しくなりますから。

差別はダメですが、区別はしないと生徒一人一人を最大限に伸ばすことはできません。



さて、前置きはこのくらいにして、今日の本題に入ります。親が子供にどう接するかということは大事ですが、たとえ言葉に出さなくても、親の思いが子供に伝わることがあると思うようになりました。

どういうことかというと、親が「うちの子はダメかもしれない」と思うと、言葉に出さなくても子供は、「自分はダメかもしれない」と思ってしまうものです。

親が、「今はダメかもしれないが、絶対にうちの子は何とかなる!」と思っていると、子供は不思議に頑張るのです。もちろん、言葉に出すのは大切ですが、何も言わなくても親の思いも子供に影響していることが不思議でなりません。

過保護や子供の過大評価はダメですが、子供を信じ続けることは大切だと思います。子供がダメになる時は、親が先に諦めてしまうことが多いなと、30年以上の指導経験で感じます。

だからといって、親が信じ続けても子供が勝てるかどうかはわかりません。というよりも、短期間では無駄に終わることの方が多いでしょうね。
世の中、そんなに甘いものではありませんから、どんなに親が信じて応援しても、ダメなときはダメだと思います。

ところが長い期間でみれば、親がいつも子供の可能性を信じて育て続けているとそうでないのとは雲泥の差が出てくるのではないかと思います。

親はあくまでも強気でポジティヴに考えなければ、育つ子供も育たないということでしょうか。

もしかしたら、今は1回戦負けでも、10年後には全日本王者になっているかもしれません。選手としてはダメかもしれないが、指導者になったとたん王者を次々に育てるかもしれません。空手はダメでも、社会に出て大成功をおさめ社会に貢献しているかもしれません。


私もこの歳になって思うのですが、学校の同級生の今の状況を見ると、当時では絶対に考えられなかったほど出世している者が結構多いのです。「あのアホが・・・」とか、「あのビビりが・・・何で?」なんてやつが山ほどいるのです。