世界がざわついてきた
2016年08月31日 (水) | 編集 |
今月、2020年のオリンピックに空手道が正式種目になり、世界中が随分とざわついてきました。
私の下にも、多くの国から指導依頼とコーチ依頼が来ています。オリンピック種目になって、各国の連盟の予算が数倍、もしくは10倍以上になっているのがわかります。

今後、日本も急速に変わっていくでしょうね。

世間の注目が大きく変わり、技術もこれまで以上に進化の度合いが増して行きます。私の専門は組織の運営ではなく技術分野なので、技術に関していうと、大きく進化すればするほど、変えなくてはいけないものと変えてはいけないものの仕分けが重要になってきます。

変わらなければ周囲からドンドン置いてけぼりになってしまう。しかし、変えてはいけないものはどんなにルールが変わり技術が進化しても守らなければならない。

仕分けができる指導者が今後、生き残っていくのではないでしょうか?

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 「空手をするな」は、まさに空手そのもの
2016年07月29日 (金) | 編集 |
今月、タイランドオープンに行ってきました。大会の次の日に、アガイエフのセミナーがあり、それにも参加してきました。現在、世界で最も注目されている選手のことですから多くの参加者があり、内容も素晴らしいものでした。

何よりも、彼独自の技や戦いの考え方がふんだんに盛り込まれており、私自身大変勉強になりました。

彼のセミナー中、最も印象に残った言葉があります。あることをする前のアドバイスとして、「空手をするな」(No Karate)と言ったことです。普通に考えれば、空手のセミナーで空手をするなということは、「じゃあボクシングをするのか?伝統の空手の技術は使うなということか?」などと、日本だったら捉えられてしまうのではないかと思いました。

しかし、それを聞いた瞬間、私は「これこそ空手だよな!さすがわかっていらっしゃる。」と感心しました。空手をするながなぜ空手なのか?少々性格がひねくれていないとわからないでしょう。
なぜならば、彼は空手そのものをするなと言ったのではなく、固定観念を持つなと言ったのです。
「空手はこうなくてはいけない」という固定観念がどれだけ勝利を遠ざけてしまうか、彼はよくわかっているのです。

彼のこの考え方は、空手からKARATEになったというよりも、私はむしろ沖縄の空手そのものだなと思ったのです。沖縄で、ある先生から教えていただいたことですが、「例えば、巻き藁というと土に板を埋め込んで藁を巻いたもの、それを一本一本魂を込めて突きこむものだと本土の人間は思っているが、それは巻き藁鍛錬のほんの一部だ。一口に巻き藁と言っても色々な種類があって、いろいろな稽古の方法がある。」とおっしゃっていました。

別の沖縄出身の先生のご自宅を訪問し、お話を聞いた時に、角材に藁を巻いたものを持ってこられ、「私はこれで手を鍛えている。」と言い、実際に見せてもらいました。それは巻き藁を突きこむのではなく、目にもとまらぬ速さで連続して打つものでした。

空手の技も同じで、「これは受けだ。」「運足はすり足でなければならない。」「しっかりと狙って、一撃で相手を倒せ。」等、決めつけてしまうとその技のポテンシャルの一部しか応用できなくなってしまいます。

私は、以前「空手のすばらしさは何にでも応用できる汎用性にある。」とこのブログに書きました。ある意味、「実戦に使えればそれは空手である」ともいえるのだと思います。もちろん何でもかんでも良いというわけではなく、空手であることの条件は存在しますが、「こうでなければならない」という決めつけは大変危険です。

私は、アガイエフのNo Karateを聞いて、伝統的な空手と現在の競技空手がつながったと思いました。

彼の動きはまるで、ビデオの早送りを観ているようなスピードでした。私と彼が同じ人間であることが信じられない思いで見ていましたが、一つだけ彼に勝っている点を発見しました。英語は私の方がうまいという点です。

agahev
 子供に感謝しましょう。
2016年04月03日 (日) | 編集 |
私は、先月ほとんど家に帰っていません。たぶん3月は4〜5日しか家にいなかったでしょう。夜帰って着替えを取って朝にはまた地方に出かける。

でも、こうして方々から声をかけていただくのはとてもありがたいことです。感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、3月後半は、アメリカに行き、直後に北海道に行き、試合を観戦しました。
つくづく思うのですが、こうして緊張しながら生徒たちの応援ができるなんて、なんて幸せなことだろうと思うのです。

そりゃ、負ければ悔しいですよ。勝つに越したことはないんです。
でも、子供が頑張って試合に出て、指導者や親を連れてきてくれた。

それを考えたら、勝っても負けても、まずは「ここに連れてきてくれてありがとう。」だと思うのです。

負けたならば、敗因はいろいろあるでしょう。でも、親がそれをあれこれ言う前に、まず子供に感謝してはいかがでしょうか?

そして、「次も連れて行ってね。」と、お願いしてみましょう。

「なんで負けたの?」と子供に怒りをぶつけてはいけません。勝負は運も大きく左右します。勝つ時もあれば負ける時もあります。

もちろん、勝つように指導するのは指導者の役目です。勝つために頑張るのは子供の義務です。

ただ、子供が頑張っているから、勝負に一喜一憂できるのですから、まず子供に感謝だと思うのです。

先週、全国高校選抜大会とはまなす杯が終わりました。わざわざ北海道まで応援に行けたのは子供の頑張りのおかげです。
一度、お子さんにありがとうと言ってみてはいかがでしょうか?

そうすれば、夏も中学生は新潟に、高校生は山口に連れて行ってくれますよ。
 匙加減
2015年05月27日 (水) | 編集 |
私はよく、観客席に座って試合を観戦している時や、審判をしている時に、監督の選手に対する指示を興味深く聞く時があります。

試合前の作戦や試合中の指示は、料理に似ていると思います。
一流の料理人でも、家庭の主婦でも、調味料は同じです。塩、胡椒、砂糖、醤油等、品質もこだわりはあるでしょうが、それほど違わないと思います。
食材も高級な物を取り寄せることはあっても、一流レストランで調理されたからこそ、一流の料理に仕上がります。

つまり、最も大切なのは匙加減(さじかげん)だということです。
空手に話を戻すと、ごく稀に凄い作戦や大技を狙わせる場合がありますが、多くの場合、名指導者は当たり前のことを当たり前に指示しているだけです。

ただし、優秀な監督ほど事前の準備が万端で流れを読みながらピンポイントで指示できている。

「間を潰せ!」「今は行くな!」「右に回れ!」等、ひとつひとつは当たり前の言葉でも、優秀な指導者の指示は、まさしく生きた言葉として選手を勝利に導きます。

優秀な指導者もそうでない者も、使う言葉は同じです。微妙なタイミングやアクセントで、選手という素材を生かすことも殺すこともできる。

時々、監督の指示を聞いていて、「ウーン、凄いなぁ…。」と唸るときがあります。
反面、監督の指示に対して、「今それを言っちゃダメ」と思う時もある。

あっ、言い忘れました。監督は試合中、声を出してはいけないのでした。←これ大事です。
 欠点を作れ!
2015年05月13日 (水) | 編集 |
タイトルは、まだ私が大学を出たての頃、師に形を見ていただいている時に言われた言葉です。

当時は、形の意味を全く理解せず、嫌々やっていました。覚えなければ昇段できないなんて程度の認識でしたね。

当然、必死さがないから他人から見て、順番の羅列だけのクソ面白くない形でした。
「お前は、基本はまあまあできている。形も取り立てて減点個所はない。でも、加点箇所もないから、褒めようがないんだよなぁ…。とりあえず、欠点を作ってみろ。そうすれば何か俺も言いようがある。」というような内容でした。

今、指導者になってこの言葉がよく理解できるようになりました。可もなく不可もなく、全てが及第点だが、他人と比べて突出しているものがないのと、欠点だらけだが、他人が真似できないような長所もある者を比べたら、後者の方がはるかに魅力があります。

欠点が多いということは、課題がはっきりしており、それを直せば今よりも凄く上達するということです。
10個の欠点がある者と、100個の欠点がある者では、後者の方が10倍上達できるということです。

思えば、師にこの言葉を言われた意味は、当時からわかっていました。当時は気も力も8割程度でやっていたので、人を感動させることができなかったのです。
だから、形が崩れるくらい目一杯やってみろ!という意味で言われていたのです。
下手くそでも10割、いやそれ以上の気力と力で形を打てば、人の心に響く形になります。

当時、自分が言われたことを、今は生徒に言っている。何気なく言った言葉が、言われた者にとって一生覚えていることがある。
言葉は慎重に、相手の心にひとつでも多く響くように心がけなければいけないと思います。